4年ほど前だったっけ?
還暦同窓会とか言うのをやっていて、その会場から僕の消息を知って電話をもらって
という話がありました。
結局それから翌年の同窓会に出席して、という話。
今回、入院先の病院でWi-fiスポットで遊んでいて、中学・高校と同じだった
旧友とSNSで繋がって、高校のミニ同窓会が開かれる情報にたどり着きました。
開催は来週の土曜日で、体調のこともありとても参加はできないものの、その
同窓会の連絡などで無料通話アプリのLINEでグループトークが設定されている
ことも知りました。
取り敢えず二人のクラスメイトだった奴らと話が出来て、45年ぶりに消息を
交わしました。
中学の同窓生の中では噂話で「ドイツに留学したまま現地の人になっている」と
なっていて大笑いしましたが、高校ではどうなっているのか聞きそびれました。
丁度僕らが中学から高校に上がるときに、大阪市の一部の区で住居表示の大幅変更が
なされて、中学校の卒業アルバムに記載されている名簿の住所が全く変わってしまい
よほど連絡を密にしていた友達以外は、翌年の年賀状も届かなくなっていました。
と言ってもね、LINEのグループのアルバムに載せられている数百枚の過去の
写真を眺めてみてももう、浦島太郎状態でまあほとんど顔と名前が一致しません。
これからも毎年11月に定期同窓会をやるから来年は出席してくれと言われましたが
かなり不安があります。
今日はリハビリの階段昇降に加えて4Kmほど散策の距離を増やしました。
割と近いところにコスモス畑があるのを発見しました。
別の処では貸し家庭菜園のエリアがありまして、耕作者の几帳面さが明らかに
偲ばれる、雑草一つ無さそうな菜園を見つけました。
それにしても大和盆地は昨日よりも野焼きの範囲が広がって、視界が悪くなって
風も少ないのも重なってダイオキシンの底なし沼みたいになっています。