(1)事の発端は、厚生省がかかわった郵便不正事件捜査で取り調べ調書が「改ざん」されていたとして元局長が無罪判決となったことだ。
その後の捜査で、同事件の捜査関係者が「取り調べメモ」を破棄(break off the examined memo)していたとして、「改ざん」にかかわる証拠隠滅容疑、犯人隠避容疑で告発されたがこれを最高検が不起訴処分(容疑なし)としていた。
①「取り調べメモ」をもとに②「調書」が作成されて公式なものとして、通常は③「証拠」として裁判で採用される。「調書」に集約される「取り調べメモ」は、調書が作成されれば付属的、補足的(付随)個人文書として法的効力はないと考えるのが一般的だ。
そうでないと同一記載内容物に「メモ」と「調書」の二つの公式「見解」が存在することになり、仮に相互間の意見が割れた時にどちらを選択するのかの、より正当性(記載効力)があるのかの判断が必要となって問題を殊更複雑化することになるからだ。
(2)法的効力のある「調書」一本化、公式化と言っても、それを個人的に補足するために「メモ」を活用することは、取り調べ当時の状況(判断)を再現できる再確認する非公式資料となることはある。
事が「調書」の「改ざん」という前代未聞の事件となっただけに、その元データとなる「取り調べメモ」がクローズアップされた。
最高検は08年に取り調べ中の個人的メモについても、「証拠開示になる場合を想定」して「適正管理」を通知している。すでに自虐的にも09~10年の郵便不正事件の調書「改ざん」を見越していたかのような念の入った通知だった。
(3)検察審査会は、08年にすでに最高検が取り調べの個人的メモの適正管理を通知していたこと等を根拠に、郵便不正事件の関係者の取り調べメモ破棄による証拠隠滅容疑などの告発を最高検が不起訴処分にした「判断」を「不当」(「公文書に当たるものがなかったとは言い切れずに、故意に破棄した可能性がなかったとはいえない」)と議決した。
(4)裁判証拠となる調書が改ざんされたことによる異常事態での「個人的メモ」の存在が焦点となったものだが、個人的なメモは取り調べ事実の再確認には有効文書ではあっても、それ自体を公文書扱いまたは相当の効力文書とするのには文書体系上無理があるのではないのか。
あくまで取り調べ過程の集約内容は「調書」に一本化して公式化して、調書のみが公式に事実を証明代表するとするのが責任文書体系の原則論だ。
そうでなければ、あちらこちらから取り調べの異質文書が出てきたとしてそれに惑わされては事態を複雑化し、事実、真相究明の障害となるばかりだ。
もちろん適正管理の通知に反して取り調べメモを破棄した行為は職務上の規律違反として、その故意性、事実隠しの「そしり」、疑惑は免(まぬか)れない、十分に不注意なものではある。
その後の捜査で、同事件の捜査関係者が「取り調べメモ」を破棄(break off the examined memo)していたとして、「改ざん」にかかわる証拠隠滅容疑、犯人隠避容疑で告発されたがこれを最高検が不起訴処分(容疑なし)としていた。
①「取り調べメモ」をもとに②「調書」が作成されて公式なものとして、通常は③「証拠」として裁判で採用される。「調書」に集約される「取り調べメモ」は、調書が作成されれば付属的、補足的(付随)個人文書として法的効力はないと考えるのが一般的だ。
そうでないと同一記載内容物に「メモ」と「調書」の二つの公式「見解」が存在することになり、仮に相互間の意見が割れた時にどちらを選択するのかの、より正当性(記載効力)があるのかの判断が必要となって問題を殊更複雑化することになるからだ。
(2)法的効力のある「調書」一本化、公式化と言っても、それを個人的に補足するために「メモ」を活用することは、取り調べ当時の状況(判断)を再現できる再確認する非公式資料となることはある。
事が「調書」の「改ざん」という前代未聞の事件となっただけに、その元データとなる「取り調べメモ」がクローズアップされた。
最高検は08年に取り調べ中の個人的メモについても、「証拠開示になる場合を想定」して「適正管理」を通知している。すでに自虐的にも09~10年の郵便不正事件の調書「改ざん」を見越していたかのような念の入った通知だった。
(3)検察審査会は、08年にすでに最高検が取り調べの個人的メモの適正管理を通知していたこと等を根拠に、郵便不正事件の関係者の取り調べメモ破棄による証拠隠滅容疑などの告発を最高検が不起訴処分にした「判断」を「不当」(「公文書に当たるものがなかったとは言い切れずに、故意に破棄した可能性がなかったとはいえない」)と議決した。
(4)裁判証拠となる調書が改ざんされたことによる異常事態での「個人的メモ」の存在が焦点となったものだが、個人的なメモは取り調べ事実の再確認には有効文書ではあっても、それ自体を公文書扱いまたは相当の効力文書とするのには文書体系上無理があるのではないのか。
あくまで取り調べ過程の集約内容は「調書」に一本化して公式化して、調書のみが公式に事実を証明代表するとするのが責任文書体系の原則論だ。
そうでなければ、あちらこちらから取り調べの異質文書が出てきたとしてそれに惑わされては事態を複雑化し、事実、真相究明の障害となるばかりだ。
もちろん適正管理の通知に反して取り調べメモを破棄した行為は職務上の規律違反として、その故意性、事実隠しの「そしり」、疑惑は免(まぬか)れない、十分に不注意なものではある。