いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

物憂い8月。 lazy August

2017-08-21 20:16:35 | 日記
 (1)8月を迎えるともはや夏休みの思い出よりは、6日(広島)、9日(長崎)の原爆投下の日に15日の終戦、敗戦の日と暑さと反比例のそれだから余計に物憂い、けだるい季節感(lazy August)を覚えるようになってきた。

 戦争を知らない世代だが、まもなく日本は戦争を知らない世代で占められる。若者の中には原爆投下、終戦、敗戦の日を知らない人も多くなってきた統計もある。

 (2)安倍首相も戦争を知らない世代の政治家で、かっての日本のアジア侵略植民地支配の責任をなかなか認めようとせずに正当化しようとした時期もあった。
 戦後70年談話でようやくお詫びを表明したが、そういう政治指導者に戦争否定教育が出来るのか、するのかの疑問はあり、憲法解釈の変更により集団的自衛権の行使容認にまで踏み込んで憲法第9条の改正に意欲を示している。

 (3)戦争否定教育の象徴としての戦力を保持せずに、交戦権を有しないと戦争否定の論理が憲法第9条には書かれている。日本は唯一の戦争被爆国であり、戦後は戦争をしない国として自由主義経済圏にとどまらずに中国、ロシアなど共産主義経済圏との経済貿易協調主義世界の中で一定の推進力としての役割を果たしているが、その先進国としてひとつぐらいは戦争をしない国(づくり)があってもいいだろう。

 (4)日本は平和憲法維持の中で、米国の核の傘のもとに日米安保体制で防衛、安全保障政策を実施している。そのため国内に駐留米軍基地を提供し、その70%以上が沖縄に集中して過重負担、不公平政策が政治、社会問題化している。

 米軍の意向もあってなかなか県外、国外への基地移転は実現しないが、平和憲法があって日米安保条約での日本の防衛、安保保障政策を考えるならば、国民として沖縄過重負担、不公平政策についてやはり真剣に沖縄の負担軽減、公平な負担を考えなければならない。

 (5)戦争を知らない世代の安倍首相は事あるごとに自衛隊が違憲のままでいいのかと、憲法第9条に自衛隊を明記する憲法改正を主張、主導している。
 憲法第9条に自衛隊を明記すれば、現憲法の戦力の不保持、交戦権の放棄との抵触問題はあり、自衛隊が軍隊なのかそうでないのかの位置付けもあり、もちろん簡単にはいかない。

 自衛隊が軍隊ということになれば、仮に戦争をしない国づくりとは相反するものであり、現在72年前となる終戦、敗戦の日の記憶、伝承は間もなく戦争を知らない世代で占められる日本にとっては教訓としても忘れ去られることになる危惧は大きい。

 (6)原爆投下による数十万人の国民犠牲による戦争、敗戦の教訓は世界が共有すべきものであり、ことさら戦争を知らない世代の教訓伝承の責任は大きい。
 

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