いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

線引き論。 draw a line

2023-10-02 20:19:41 | 日記
 (1)戦後78年経っても戦後復興、高度経済成長の歪(ゆが)み、ひずみは終わっていない。黒い雨、水俣病と裁判問題を抱えて被害補償対象者の線引き(draw a line)で争われて、これは政治の問題そのものであり、政治のとるべき明確な責任の問題でしかない。

 (2)原爆投下による放射能を含んだ黒い雨の被害がどの地域までなら国の補償責任であり、そこから外の地域の被害には責任を負わない、一線を画するなどとは、国が起こした戦争責任の大きさ、結果を考えれば区別などできない、するべきではないことだ。
 当日は原爆投下の広島、長崎の補償対象外の地域は晴れで雨は降っていなかったというのが根拠といわれて争われて、そこまでして国の戦争責任を認めず逃れようとするのも国民を愚弄(ぐろう)した間違った論理だ。

 (3)水俣病問題もチッソ工場から海に排出された化学物質廃棄物に冒された魚介類を食べた人が難病に苦しみ損害賠償を起こした裁判で、国はどこまでの海域の魚介類は被害対象でそれ以外の魚介類を食べて発症した人は補償対象外という判断は何を考えて区別しているのかわからないおかしな判断だ。

 (4)さすがにこのおかしな判断は最近の裁判ではようやく国は汚染魚介類の海域を線引きして区別することなく、発症した人すべてを対象に補償責任を負うことを認めた。それだけのことに数十年の歳月を要した。
 しかし黒い雨問題ではまだ解決に至っていない。両事件とも地域、海域の一線によって被害対象を区別する国の責任の取り方であり、戦争責任、高度経済成長の環境汚染責任の補償範囲を過少に評価して解決を急ぎたい国、政府の姑息な思惑がみてとれる。

 (5)驚くのはその手法が福島第一原発事故での東電の賠償責任として、当初、原発事故を受けて政府が避難勧告をする前に自主的に避難した住民を賠償責任対象としなかったことと同じで(さすがにこの方針は撤回した)、今も間違った理念が続いていることだ。
 前例同様に、踏襲してか賠償責任を過少に評価して解決を急ぎたい東電の姑息な思いが通用するものではない。

 (6)国民は信じるべきもの、信じるに値するものを手にしているのか、こちらの戦後の一線も終わってはいない。

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