いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

極刑と控訴の勧めとは。 recommend an appeal

2010-11-18 19:24:18 | 日記
 (1)死刑判決がこれだけ注目される、さらにこれに同判決の裁判長から被告に控訴(appeal)
を勧める発言があったことは、社会正義、規範のパラダイム(paradigm)になる裁判制度に
いくつかの問題点を提起した。
 経営者から依頼を受けて男性2名を残虐な方法で殺害した強盗殺人事件の裁判員裁判だ。
最高裁の判例に基づき死刑判決の基準とした9項目に照らして、裁判員裁判として初めて死
刑判決となった。

 ①動機の軽さ、行為の残虐性から極刑(capital punishment)以外に選択肢のない事件と
思われるが、裁判員はそれだけに重い選択を前にして「すごく悩み」、公判中何回も涙する
ことがあり「今も思い出すと涙が出る」重圧の中での判決である。(「 」内は報道)
 人間が人間を裁く不条理(unreasonableness)の中での生命にかかわる通告判断をしなけ
ればならない裁判員は、日頃は生きていることが当然の日常性の中にあり、相互に助け合
い、人生の終幕を自然に迎えることが基本理念の文化観、倫理観の人々だ。

 そういった市民感情を人間を裁く不条理の中に、短時間の内にどう持ち込めばいいのか、
これは究極のパラドックス(paradox)方程式だ。裁判員誰もが判断に確固たる核心を持つ
ことはできない非専門性(経験も含めて)がある。

 高度な専門教育と経験を受けた裁判官でも、極刑判決には重圧があり過去にも被告に控訴
を勧める発言はあると聞く。ましてや、市民感情を裁判に期待する裁判員制度には苛酷な期
待で、日本文化のステージでは制度上の問題がある。
 だからこそ、パラドックスとして合議制(多数決)と言いながら裁判官の意見を必要要件
としているのだ。

 ②裁判官による裁判でも自らの極刑判決に対して被告に控訴を勧める発言があり、今回も
裁判長から自らの判決に対する控訴を勧める発言には、人間が人間を裁く不条理の限界が見
える。
 一部には裁判員の重圧、責任論に配慮したものとの報道もある。人間が人間を裁く限界が
あると言っても、社会正義は守られなければならずそのために他とは分立した独自の機関権
限の中で、高度な専門教育と経験を受けた専門性の高い裁判官の合議制による、公平で公正
な総合的な裁判判決を社会正義、規範のパラダイムとしてきた。国民の合意する社会構成要
件の基本原理だ。

 裁判官にはどれもが究極の判断判決であるだけに、社会正義、規範のパラダイムとしての
確固たる信頼、信念の発言が求められる。
 あたかもその責任を先延ばしをして他に委ねるかのような「控訴の勧め」発言には、裁判
員と同じ人間味は感じられても、究極の判断判決への社会からの信頼と責任を大きく損なう
ものだ。そもそも人間が人間を裁く不条理の世界に自ら生きる裁判官なのだからだ。

 ③人間が人間を裁く不条理の中で、死刑廃止論がある。裁判の判断としては、安全弁とし
ての効果はある。不条理の中での取り返しのつかない責任はまぬかれる一定の整合性はあ
る。無期で一生を償う人生の拘束も、ある意味では大変な重い負荷だ。
 刑法は報復主義をとらないので、被害者感情をどう斟酌(しんしゃく)するのか、本来、
平和に生きて相互に助け合い、社会生活を構成する「人間」の不条理(unreasonableness)
が立ちはだかる。
 

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就職。氷海をさすらう期。 wandering refrigerating ocean age

2010-11-17 19:35:55 | 日記
 (1)大学生就職内定率が「予測どおり」調査開始以来最低の57.6%(10.1現在)とな
った。03年の就職氷河期を下回る最低率で、さしずめ「氷海をさすらう期(employment
of wandering refrigerating ocean age)」を迎えたと言いたい。
 最低率が新聞の一面に大きく掲載されて、大学を卒業して前途に希望と意欲を持つはずの
若者には気の毒な気もするが、「何を今更」のメディアの取り扱いだ。

 今年はデフレ円高不況の中で、企業の半数近くが新規採用を控えて、就職戦線の厳しさは
十分予測された事態だった。デフレ円高不況の国内解決策もないまま企業マインドは来年も
この傾向(新規不採用)は続くとみられている。来年も大学卒業者の就職戦線は厳しいこと
が十分予測される。

 企業は、自己防衛のために生産拠点を需要と円高メリットの海外に移転して、ますます国
内の雇用情勢には厳しい環境で展望が開けない時代だ。
 企業マインドの中には、HV技術力で業績回復基調にあるトヨタのようにできるだけ国内生
産にこだわり下請け保護、雇用促進にも配慮しようとの方針を表明したパイオニア(pioneer)
企業もあり、また債権回収不能の破たんで国の援助(税金)で再生した銀行の中には、よう
やく法人税を納めれるまでに回復基調のところも出始めている。
 ただし、デフレ円高不況の長期化で先行きが読めない経済事情が足かせになっている。

 また、介護や医療機関では逆に人手不足が問題となっているところもある。ともに資格の
ともなうもので雇用の即効性には乏しいのはネックだが、①視点を多様に持てば国内企業に
も雇用開発力(development faculty of employment)はある。

 (2)大学も専門性を活かしてこうした経済情勢、企業環境、就職情報を分析、整理して学生
に的確な先見的就職データを提供して不安解消と展望を開くべきだ。大学の専門性が就職活
動で適正に機能していないのは残念だ。

 学生個人の自由、自主活動にまかせて(キャリアーセンターのアシストはあるが)の早期就
職活動により本来の授業に影響を与えている現在事情には、大学自らのこの分野での専門
性が機能していない事情もある。先見性のある的確なデータ分析力、提供で学生に進む方向
性を示す必要がある。

 そして政府は、景気回復には雇用が第一と言いながらの雇用促進に障害のデフレ円高不況
、企業の海外移転に打つ手なしの現状で、ただ企業マインドの自己回復力を待つだけの無力
ぶりだ。
 政府も企業も、前途に希望と夢を持つ若者の意欲を損なってはならない。日本の将来を支
える大切な財産力であることをももっと認識すべきだ。

 氷海をさすらう期の就職事情では、学生が早期に活動する以前に政府、企業からの早い情
報提供と仕掛け(①視点を多様に持つこと、②先見性)が大切だ。
 学生も、従来の企業基盤に依存するだけではなく、フロンティアな企業開発気概が必要な
時代を迎えている。

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尖閣ビデオ流出事件の本質。 essential of outflow video affairs

2010-11-16 19:42:18 | 日記
 (1)尖閣諸島沖ビデオ映像流出事件(outflow video affairs)で任意取調べの海上保安官
の逮捕が見送られた。本来、国民に事実隠しをすることなどあってはならない国家機密など
の存在を持ち出して、国益に不利益などあるはずもない加害国中国の横ヤリでの事実映像
の非公開で、外交措置の不手際を不問にするための取ってつけた公務員守秘義務違反容
疑だ。

 政府が「都合よく」国家機密と位置付けたビデオ映像は、しかし海保庁では教習用教材と
して数日間同庁関連の共用PCの共有フォルダに残されて、関係者なら誰でもダウンドロード
できるオープンスカイな状態だった。
 政府が国家機密と言いたいビデオ映像は、外交の不手際を不問にしたい政府と中国船の不
法行為の事実関係を社会正義を守る職責として共有したい海保庁との思惑、認識の違いがあ
った。

 (2)今回、統括責任者の政府と現場管理の海保庁との間に事実関係への対処の思惑、認識
の差異のあることがわかったことは、ひとつの「果実」である。
 ①政府が海保庁と社会正義の目的概念で共通理念を持たずに、②海保庁もまた犯罪行為
を取り締まる強大な権限としての庁内組織の中で統制が効かずに、自憤のままに(多分)捜査
記録を手続きを経ずに個人としてデータ開示する不適正な勝手が通っていた。
 当該者の職務上の規律違反は、当然厳しく問われる。

 政府も海保庁も組織としての不手際責任を、個人の法的責任で処理しようとした公務員守秘
義務違反容疑だ。検察の流出容疑者逮捕見送りは当然の帰結であり、今後は今回一貫性の
なさが露呈した政府と海保庁の統括の有り様、実態についての検証で、問題点を明らかにして
の主権の安全管理の見直し、整備こそが国益だ。

 (3)一部メディアには今回の逮捕見送りが、加害者の中国船長は事実を不問して釈放し、流
出容疑者逮捕ではおかしいとの世論に配慮したものだとしたら問題だという見方もある。もちろ
ん、公正、公平であるべき判断が外的圧力で左右されてはならないのは今回の政府の不手際
を見るまでもなく当然であるが、そもそも今回の犯罪の構成要件の思惑が政府の不適切なもの
であったから、取調べを維持できない成立要件のないものだったのだ。
 今後の取調べ継続で、「意図」してビデオ映像を取得可能にし提供したことの新事実が証明
されても守秘義務違反での立件はむづかしいのではないのか。

 日本の主権、平和、安全を守る政府と関係機関との適正な文民統制、統括関係がコントロー
ル整備されて、相互に適切に機能して国民に透明性のあるシステム組織とするのが、今回の
事件の本質(essential)だ。

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アウンサンスーチーの20年。 anti violence

2010-11-15 19:45:44 | 日記
 (1)ビルマ(現ミャンマー)独立運動、建国の父、アウンサン将軍を父に持ち国民的人気
も高い政治勢力「国民民主連盟(NLD)」を率いるアウンサンスーチーさんが7年半ぶりに
軍事政権から自宅軟禁を解かれた。そういった紆余曲折をくり返して、20年も自宅軟禁が
続けられてきていた。

 アウンサンスーチーさんが率いるNLDは90年の総選挙で圧倒的勝利(80%支持)しな
がら、軍事政権がその事実結果を無視して政権を維持して、アウンサンスーチーさんを反
国家的な運動を煽動したとか理由をつけて、自宅軟禁状態に拘束していた。

 20年間の拘束の間、アウンサンスーチーさんは国外退去の方法もあったと思われるが、
国外に退去すればミャンマーの民主化活動に直接的な影響力を失い、国内の民主化活動
も衰退することが目に見えている。拘束されるという手段を取りながらも暗殺された父に代
わって国内に留まって民主化運動に精神的な影響力を与えるスタンスを選んだのだろう。

 軍事政権も、独立運動、建国の父として国民的敬愛を集める故アウンサン将軍の娘のアウ
ンサンスーチーさんを国外に追放すれば、国民の根深い反感を買い統治上も打撃を受けるこ
とが目に見えている。また国外で自由に反軍事政権民主化運動を展開されるよりは、理由を
付けて自宅軟禁処分で行動の自由を奪う方が民主化封じ込めに有利と判断したのだろう。

 (2)軍事政権は、今年極めて高いハードルを設けて反対勢力の政治参加を実質上不可能に
して、形ばかりの総選挙で政権政党の勝利を決めて都合のいい民政移管へのシナリオを展開
して、国内外に軍事独裁性をカモフラージュする手法に出た。
 アウンサンスーチーさんも今回の総選挙からは排除されて、反対勢力が組織倒壊した中で
の政治的影響力の基盤を失ったのを見越した、ただ国際世論に配慮してみせるポーズの自宅
軟禁解除となった。政治活動は実質上不可能な身辺事情だ。

 アウンサンスーチーさんの生い立ち、政治的能力、忍耐力、精神力、国民的人気に、軍事
政権も服従決定力を持たない、つまり打つ手のない問題事を抱え込んでの拘束、解禁のくり
返しの20年だ。20年というのは余りにも長い。

 (3)軍事独裁政権が今も存在することが、パラドックス(paradox)としての政治の「自由」を実
感する。自由というのは、可能性を広く多様に開くものであり、またパラドックスとして平衡感覚
から大きくはずれて偏狭に独善的なインバランス(imbalance)を生むのも自由の側面、弊害だ。
そこには「平衡感覚」を阻害する少数の独善、独裁の多様性のない「自由」が存在する。
 「平衡感覚」とは、多様な価値観を享受する民主的行動の「自由」だ。人間性の「自由」だ。

 しかし、いくら揺れ幅の広い自由だからといって、20年もの間、非暴力(anti violence)への
政治的抑圧のために人間を拘束、自宅軟禁するのは、あってはならない非人道的扱いだ。
 国のことはその国が決める統治の大原則(内政不干渉)はあるが、それは制度上のことであ
って人間性の抑圧、人道上の問題は別だ。良識ある世界のパラダイム(paradigm)は、世界共
有、共通のものとして守らなければならない。

 アウンサンスーチーさんの「自由」は極めて限定的なもののようだ。20年貫いた非暴力
(anti violence)の人間性の強い意思、精神力、多様な自由は、世界の良識が守らなければ
ならない。

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指揮者のこころ。 heartful , passionate conductor

2010-11-14 19:32:23 | 日記
 (1)1960年から米国、ヨーロッパで音楽家、指揮者活動を本格化した小澤征爾さん。
02年にウィーン・フィルハーモニー・オーケストラのニューイヤーコンサートを日本人と
して初めて指揮し、その後定期的に同オーケストラを指揮し、ボストン交響楽団・ウィーン
国立歌劇場の音楽監督を歴任して、日本人音楽家、指揮者の海外活動の先駆者(pioneer)
として長年リード、活躍している。

 今年、世界最高峰のオーケストラのひとつと言われるウィーンフィルハーモニーオーケス
トラの名誉団員に、日本人音楽家、指揮者として初めて小澤征爾さんが選ばれた。
 どこでも「日本人初めて」の付く、クラシック音楽家のパイオニアだ。

 芸術文化、音楽、生活の基本リズムが違うアジア圏、日本からの類のないクラシック音楽
の理解力、表現力、情熱、貢献力が高く評価された。
 かって、小澤征爾さんの音楽ドキュメントを見たことがあるが、分厚い譜面が擦り切れる程
くり返し読み解く努力、情熱に圧倒されたものだ。クラシック音楽の本場の欧米での活動に
は人知れずの苦労も当然つきものだが、それを感じさせない情熱と意欲と気迫が、小澤さん
を極めて楽天主義的に見せていた。
 大病を克服して、今夏の松本市のサイトウ・キネン・フェスティバルでは7分間、オーケスト
ラを力強く指揮して復帰してみせた。

 (2)秋晴れの陽の射す日曜ともなると、あちこちからピアノの旋律が聞こえてきて気分を思
わず軽やかにしてくれる。もうどこでもめずらしくない日常の光景だ。
 小澤征爾さんは、毎年、恩師をしのびサイトウ・キネン・フェスティバルの開催のために帰国
した際に、夏休みを利用したクラシック音楽塾を開いて、若手音楽家、子ども達を指導してき
た。日本のクラシック音楽の底辺拡大にもたえず尽力する、ハートフル(heartful)でパッショ
ネート(passionate)な音楽家のパイオニアでもある。

 (3)そのクラシック音楽の底辺拡大の効果が見られた。今秋ドイツで開催されたバイオリニ
ストの国際的な登竜門コンクールで、13才~21才の若い日本人女性バイオリニスト4人が、
全3部門で受賞、表彰された。国際コンクールで日本人参加者が一度に4人もが受賞、表彰
されるのは大変めずらしい快挙(報道)だそうだ。

 (4)日本人は、総じて日常生活では「箸(はし)」を使って食事をする器用性を自然習慣として
持ち合わせて手先が器用と言われて、音楽の技術的な表現力(artistic skill)では本来的に
特殊な能力があるのだろう。
 あとは、伝統的な芸術、音楽文化のリズムの違いの中で、欧米音楽の旋律、クラシック感
性をどう体内に取り込むのか。子どもの頃からの音楽教育の感性の果実が、ピアノの辻井伸
行さんに続き、若いバイオリニストの受賞につながっている。

 世界的な日本を代表する音楽家、指揮者の小澤征爾さんの日頃からの子ども、若手音楽家
育成の「こころ」が、多くの音楽指導者にも流れて日本のクラシックをはじめ音楽の底辺拡大
を促進しているのは確かだという、今回の快挙だった。

 (5)ここ10年間で世界6番目という日本人研究者のノーベル賞受賞者、世界共通芸術文化
のひとつの音楽分野での国際的な評価、存在感は、日本の研究力、文化力、芸術力、情緒力
の高さを示すもので、先進的、平和で文化的な国際社会に貢献できる日本の役割、スタンス
の意義もある。音楽、芸術力がつくる「世界観(world wide view)」を大事にしたい。

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