ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「ヒーローになりたい」 山本弘

2008-04-03 09:30:48 | 
世の中にはトンデモ本と呼ばれるものがある。非科学的であったり、根拠の薄い思い込みであったりする。しかし、それなりに理屈っぽく構成されているので、読者はその熱意にほだされ信じてしまうことがある。

具体例を挙げれば、G・ハンコックの「神々の指紋」や春山茂雄の「脳内革命」あたりだろう。もちろん矢追氏の一連のUFO本もそうだし、ノセタラダマスもといノストラダムスの予言本なども典型的なトンデモ本だ。

そんなトンデモ本を、著者の意図とは異なる視点から楽しんでしまおうと考えたのが、「ト学会」の連中だ。表題の本の作者である山本弘が会長を務めている。

トンデモ本を、ユーモアたっぷりに、あるいは皮肉を込めて切り裂き、時には指弾するやり口は、けっこう物議をかもしたが、私は外野で興味深くみていた。あの山本弘がねえ~と不思議に思っていたからだ。

ト学会が活動を始める以前から、私は山本弘の名前を知っていた。ただし、若手のSF作家としてであり、ファンタジー小説の書き手としてであった。多趣味な人だなと、妙に感心したものだ。

デビューは「ラプラスの魔」であったと思う。不確定性原理をねたにしたSF小説に、若手らしい新鮮さを感じたものだ。その後、富士見ファンタジア文庫で、ソード・ワールド・シリーズの書き手として幾つも作品を発表しだした。短編がほとんどだった。

ソード・ワールド・シリーズには何人もの書き手がいるが、山本はなかなかの力量だと私は思っていた。そんな矢先に発表されたのが「サーラの冒険」シリーズだった。表題の作はその第一作目にあたる。

長閑な山村で密かにヒーローに憧れる少年が、村を飛び出して冒険家の仲間入りを果たし活躍するありきたりのストーリーだった。陳腐だが王道でもある。利発な以外、さして才能もない少年サーラの冒険は、予想に反して面白かった。順調に4巻まで刊行された。が、そこで止まってしまった。私が30代の頃だったと思う。

さすがに30過ぎると、この手のファンタジーものは読みづらいのだが、このシリーズの続きは読みたかった。SFでは、理系出身者らしい科学的アイディアを楽しませてくれた著者だが、このサーラの冒険では、素直に穏やかに活劇ものを描き出す手腕に期待していたので、続きが読みたいと切望していた。

この頃、既に山本弘はト学会をはじめ多方面に活躍しだし、ファンタジーからは遠ざかっていたようだ。私は少し残念に思っていた。トンデモ本をばったばったと切り裂き、皮肉な笑いで覆い尽くす山本が、ファンタジーものでは一転して別の側面を見せることを楽しみに考えていたが故だ。

10年の歳月が過ぎ、ふと立ち寄った本屋の棚にサーラの冒険の続刊が出ているのには驚いた。しかも5巻、6巻で完結していた。あとがきを読むと、山本弘自身が書きたいと思いつつ、書けずにいた苦悩が述べられていた。無邪気にヒーローに憧れたサーラも、性の渇望に悩み、愛に悩み、苦悩に身悶えする大人への階段をのぼりつつあった。

40過ぎて、少年向きのファンタジーを読むのもどうかと思うが、白状すると楽しい時間であった。サーラの苦悩同様、山本も苦悩したようだが、その苦しみが見事に昇華したエンディングだった。その後のサーラを読みたいとさえ思ったが、外伝一冊で終わりの意向らしい。完結せずに、尻切れトンボで終わる本もあることを思えば、これはこれで良かったのだろう。

次はSFで私を楽しませて欲しいもんだ。
コメント (2)
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