思えば冒険には縁遠い人生であった。
まだ50を迎えたばかりなのに、人生を振り返るのはいささか早すぎるが、私の人生に冒険はなかったと思わざるを得ない。
山登りをやってきたが、あれは私にとっては冒険ではなかった。計画を緻密に立て、それを実践する楽しみはあったし、命の危険を感じつつ、生きることの充実感を得ていたのは確かだった。でも、危険を避け、未知なる不確定要素を排除することに傾倒する安全重視の登山は、冒険からは程遠い。
私自身の生き方は毀誉褒貶が激しく、日向の明るさと、日陰の暗さのコントラストが明確な落ち着かない人生であった。でも、冒険をした気にはなれない。
冒険て奴は、平穏無事な日常から離れて、未知と不安、運と勇気に彩られた非日常的な別世界の物語だと思う。
勇気に欠ける私は常に安全策を求め、運の要素を排除し、成功への確率を高める努力ならしたが、不確実で不安定で不運に襲われるような冒険は、ついぞやらずにすませた。
だからこそ、冒険小説を読むのだと思う。
表題の作品は、冒険小説の大家ディズモンド・バグリイの処女作だ。マクリーンやヒギンズほど派手ではないが、常にハイレベルな冒険小説を提供してくれる。とりわけ厳しい自然を舞台にして、絡み合う人間たちを動かしての冒険には定評がある。
マクリーンほどワクワクしないし、ヒギンズほど魅惑的な登場人物は出てこない。フォーサイスほど大掛かりでもなく、ラドラムほど複雑な構成でもない。だが人物造形は確かだし、厳しい自然に奔走させられながら、必死でもがき、あがき、駆けまわる人間を描き出す名手だ。
ストレスだらけの日常生活から、ちょっと離れて気分転換をしようと思ったら、バグリイの冒険小説は最適なひと時を約束してくれるでしょう。機会がありましたら是非どうぞ。