九州男児、画風からそう判断できる漫画家の一人に先月亡くなった、いわしげ孝がいる。
自伝的な匂いの強い「ぼっけもん」や、ボクシング漫画の「二匹のブル」などが知られるが、私が好きだったのが柔道漫画の「花マル伝」だ。小柄で勉強も不得意、得意なスポーツもなかった花田少年が中学で出会った友人は、自分が持っていないものをすべて持っていた。
それが生涯のライバルとなる木元だった。眉目秀麗なだけでなく勉学優秀であり、真っ当な正義感と気骨も持ち合わせ、なにより柔道が強かった。彼に強烈なコンプレックスを抱きつつも、憧れであり、目標ともなった木元の存在が、地味で目立たぬ花田少年を成長させた。それは文字通り汗と涙の結実であり、木本自身からお前はライバルだと云われるまでになる。
そんな花田少年の成長の物語でもあるこの漫画は、当然のようにヒットして、続編「新・花マル伝」にまで続く。中学では同じ柔道部の同志として共に闘った花田と木元だが、高校進学で袂を分かちそれぞれ別の高校で互いを意識しつつ柔道部で練習に励む。
目指すは日本一であり、かつては仲間であったことがむしろ激しい敵意を燃え上がらす。柔道漫画としても、また少年の成長の物語としても屈指の傑作だと断言できる。
ところで、いわしげ孝の漫画を読んだ人は、すぐに彼が九州出身だと分かるはずだ。理由は簡単、科白がほとんど九州弁なのだ。それだけではなく、主人公をはじめ登場人物の多くが、九州男児の気風を強くまとった人ばかり。
私はいわしげ孝の漫画を思い出すと、晴れ渡った青い空と輝く太陽のしたで、汗をほとばしらせながら走る花田少年を思い出す。汗は時として涙に代わることもあるが、いずれにしても熱い想いの結晶としての汗であり、涙であった。
実を言えば、私は九州男児がちょっと苦手。あれは大学4年の卒業間際。就職が決まっていた会社の研修旅行でのことだ。不思議なことに最初はバラバラであった同期たちだが、夜の宴会ではいつのまにやら出身地ごとに分かれていた。
そして九州出身者たちの集団から「東京もんには負けないゾゥ~」との雄叫びが上がり、それを契機に大阪軍団(としか言いようがない)も立ち上がって雄叫びを挙げる修羅場と化した。いや、ただ盃を飲み交わす勢いが増しただけなのだが、私ら東京出身者たちはやり玉に挙げられたことに戸惑い、呆れつつ、その場をクールに躱すことに終始した。
すると「東京もんは逃げっとやァ」と余計に絡んでくる始末である。面倒な奴らだなァと思いつつ、酒を薄めて酔ったふりして、その場を切り抜けた。このあたりの小狡さが嫌われるもとなんだろうなァと思いつつ、さっさと宴会を抜け出したものだ。
宿舎の裏手の駐車場の傍で、自販機のジュースを飲みながら酔いを醒ましていると、やはり私と同じく逃げ出してきた同期たちは、当然のように東京出身者ばかり。なんだよ、あの田舎者はさ!とぼやきつつも、なんとなく敗北感を否めない。
九州と大阪勤務は避けたいなァと口にすると、皆一様に頷いていた。やっぱり皆、苦手意識をもっていたようだ。ただ、苦手ではあっても嫌いではなかった。少なくともこ狡さや厭らしさは感じなかった。
知る人ぞ知るが、九州は武道王国。柔道だけでなく剣道でも有名校は多い。野球にせよサッカーにせよ、九州の学校のチームは強豪揃い。真正面から小細工なしでぶつかってくる姿勢には、武道の薫をそこはかとなく感じていた。
いわしげ孝の漫画にも似たような薫りを感じていた。それだけに早過ぎる死は惜しまれます。