もうあのラスクは食べられない。
ガーリックラスクも好きだけど、シュガーラスクもけっこう好き。地元にあるアンローゼというパン屋さんに立ち寄ると、いつもラスクがあるかどうかを探していた。
何故なら、けっこう人気商品で遅い時間ではまず品切れ。どうも学校から下校する途中の女子高生たちが買い占めていくらしい。おかげで私は滅多に買えない。
このパン屋さんは、パンだけでなく、ケーキやクッキーなども作っており、個性豊かな品揃えで評判の高い店であった。ラスクも調理パンの作成過程で出るパンくずから作っているらしく、手作り感が好ましいが、大量には作れないのでいつも品薄であった。
だから帰宅時に立ち寄ってラスクがあれば、その日の夜は紅茶を飲みながらラスクをつまむ楽しい時間が約束される。私の密やかな楽しみでもあった。
ところがだ、このパン屋さんが閉店してしまった。
予兆はあった。昨年暮れだが、店の入り口に張り紙が貼られて、店主の事情により当面休店しますと書かれてあった。噂では急病で倒れたらしい。
なんとなく私は納得してしまった。店主はけっこうなお年のはずだ。実のところ、お店では店主を見かけることは、まずほとんどなかった。おばちゃんと、女性の店員が数人でお店を切り盛りしており、店主はいつも二階の工場にこもっていた。
お店は夜8時前には閉店なのだが、二階では明かりが灯っていて明日の仕込みをしていることが窺われた。また偶然早朝に通りかかった時、二階を見上げるとまだ4時前だと言うのに、二階の工場の明かりが付いていたこともある。店主、いつ眠るのだ?
このパン屋さんは手作りに拘っていて、しかも可能な限り添加物を減らしたパン作りをしていた。つまり日持ちの悪いパンでもあり、一人暮らしの私には、いささか都合が悪いパンでもあった。
だいたい食パンだと三日が限度だったと思う。菓子パンなども、あまり日持ちのしないものが多く、出来るならその日のうちに食べきったほうが良い。
無添加のパンなんて、そんなものなのだろう。ついでだから書くと、無添加だから美味しい訳ではない。だが素朴な香りがするパンであり、スーパーなどで売られているパンとは味が違ったように思う。
こんなこだわりのパン屋さんだけに、二階でパンを作っていた店主は、さぞかし多忙であったと思うのだ。だから店主の事情と書かれた張り紙をみて、私は過労と高齢を思い浮かべ、無理もないかもしれないと納得してしまったのだ。
正直言うと、私はラスク以外ではカレーパンと菓子パンぐらいしか買わなかった。日持ちがしないので、サイズの大きいパンは買えなかった。だって、すぐにカビが生えてきてしまうのだ。
そのせいかパンを大量に置く店ではなかった。でも小さな店ではあったが、固定客もついている地元の名店であった。添加物を嫌い、素材の素朴な味を愛する人が好むパン屋さんでもあった。その休業後、しばらくしてから、週に三日ほど営業していた。
が、パンの種類も減っており、店に元気がなかった。小さいながらも賑わっていた店だけに、寂しさがより一層募る。こんな手作り感のあるパン屋さんで、ありそうで、そうそうない。
そして遂に3月24日に閉店してしまった。やはり後継者がいなかったことが閉店の理由だろうと思う。残念ながら、もうあのラスクは食べられない。そうなると、一層食べたくなるのが人情だが、あの手作り感のあるラスクはそうそう売っていない。
つくづく残念に思います。そして、今まで美味しいパンとラスクをありがとうございました。