幾度か書いているが、私は広大な大地が苦手だ。
そのことに気が付いたのは、初めての欧州旅行で、現地駐在の友人の車で各地を巡った時だ。とにかく凹凸のない平原ばかりの風景に、私の心は疲れてしまった。
おそらく東京とはいえ、郊外の緑豊かな地域で育ったので、凹凸のない風景に馴染めなかったのだと思う。野山のある風景が好きなだけでなく、都会の高層ビル群もけっこう好きなので、平坦な風景はどうも落ち着かない。
国土の7割が山で、平野に人口が集中する日本ならば普通の感覚だと思っていたが、意外なほど大陸によくある広大な平地に憧れる日本人もいるようだ。
そんな一人が、表題の作品のモデルになった小日向白朗だろう。彼をモデルにした主人公は中国東北部に渡り、馬賊に襲われて、命乞いの替わりに仲間になってしまった破天荒な人生を送った人物である。
馬賊というのは、文字通り馬に乗って集団で活動する盗賊団である。ただし、日本とは社会風習がかなり異なるシナの盗賊団である。元々は清末の混乱したシナにおける村などの自警団が始まりである。だが次第に大きくなって、政府の言うことを聞かないアウトローとなっていたが故に馬賊と呼ばれる。
この馬賊を足掛かりにして出世したのが有名な張作霖である。完全に実力制の集団であるがゆえに、日本人でも上記の小日向氏以外にも伊達準之助など数人、馬賊の頭目になった人もいる。
日本的な常識ではあり得ないと思うが、政府が役に立たないことが多いシナでは、実力ある盗賊が地域の首長となることは珍しくない。後の日本軍の満州国設立にも、馬賊たちが裏で関わっていたことは正史には載らない史実である。
それだけに、その馬賊を主人公にしたこの漫画は面白かった。他に似た作品がないこともあり、また教科書では教えないシナの近代史を知る意味でも貴重な作品であったと思う。
この作品が週刊少年マガジンで連載されていたのは、1975年ごろだ。日中国交回復してまだ日が浅い時代であり、だからこそ描くことが可能であった作品であったようにも思う。
「三国志」や「水滸伝」などシナを舞台にした作品を数多く描いている横山光輝だが、案外と近世のシナを舞台にしたものは数が少ない。機会があったら、是非目を通して欲しい佳作だと思います。