文明の進化は、人間を弱体化させた。
少なくとも1万年以上前の人間は、野生的な強さがあったはずだ。現在の人間がほとんど失った強さである。
私がそのことに気が付いたのは、20の頃だ。大学が夏休みで、クラブの合宿も終わり、バイトも入れなかったため、久々に東京西部の高尾山近くの里山にカブトムシを取りに行った時だ。
イイ年して虫取りなんてと思うだろうが、角の形の良いカブトムシは結構な値段が付く。近所の児童館で子供たちに売りつければ、案外と稼げるものだと知っていた。ペット店で売られているカブトムシは、大半が養殖もので、色は奇麗だが、正直あまり逞しくない。その点、野生もののカブトムシは、やはり力強い。
カブトムシを獲るのは、やはり夜が一番だ。昼間のうちに樹の蜜が出る場所をチェックしておき、夜半に行けば虫たちが集まっている。もちろん昼間の時に、蜂蜜を固めた奴を塗りつけておいた効果でもある。
その時は天候に恵まれ、月夜であり、懐中電灯が不要なほど明るい夜であった為、少々油断した。3匹ほど見目形の良いカブトムシを捕え、もう少し欲張ろうと奥深くに入ると、木の根に躓いて転倒。その際、懐中電灯を壊してしまった。
少し傾斜がきつい箇所であったので、うかつに動けなくなった。参った、丑三つ時の里山はライトがないと漆黒の闇である。折悪く月も雲に隠れて、文字通り暗闇で動きが取れなくなった。
こんな時はむやみに動いてはいけない。その場に座り込み、後3時間で夜明けになるのを待つことにした。白状すると、けっこう怖かった。暗闇のなかで動く気配を感じるし、正体不明の鳴き声も聴こえてくる。誰かに、いや、何者かに見られている気がして、どうしても怯えてしまう。
それでも、じっとしていると暗闇にも馴れてきたので、なるべく柔らかい地面を探して横たわり朝を待つ。恐怖心は抑えらえたが、困ったのは寒さであった。まだ8月の半ばであり、決して寒い訳ではない。ただ汗が引いて身体が冷え、夜風が少しずつ体温を奪っていく。Tシャツの上にポケットが沢山ついた綿布製のベストを着ているだけなのが悔やまれた。
東の空が明るさを増すと、寒さに耐えきれず私は動き出して下山した。もう虫取りどころではない。早朝の始発列車に飛び乗り帰宅した。その頃にはもう既に寒気がして、夏風邪を引いたことは明白だった。
わずか数時間の野外での休憩で風邪を引いてしまうのだから情けない。やはり屋根と壁のある家がないと、人間は暮らせないのだろう。おかしなもので、氷河期時代、人類は狩猟や木の実などの採取生活を送っていたため、一か所に定住できず、各地を放浪としていたらしい。
ただし、洞窟や簡易的な構造物を作って寒さを凌いでいたが、それでも風雨のなかでも逞しく生きていた。氷河期が終わり温暖化が進むと、農業が可能になり、一か所に定住しての暮らしが可能となった。そうなると快適を求めて頑丈な家屋を作るようになる。
かつては野山に寝て暮らしていたはずの人類は、今では家という文明の利器がないと暮らせないほどに弱体化した。しかし今も野外生活を送る人類はわずかだが実在する。南米のインディオやオーストラリアのアポリジニ、アフリカのピグミーなどが有名だ。
そして信じがたいことに北米大陸にも実在していたらしい。インディアンの生き残りではなく、白人たちが自ら求めて文明社会を捨てて、野外での生活を求めた結果であり、20世紀には確かに存在して幾つかの事件を起こしている。
そんな野性生活を送っていると思われる人たちを題材に扱った作品が表題の書である。映画化もされているのでご存じの方もいるかもしれない。私は映画こそ見ていないが、原作は読んでいた。なにしろキングが絶賛したケッチャムである。
ホラー作品なのだが、どちらかといえばカルトの匂いが濃厚で、下手なモンスターより怖い、あるいはおぞましい人間が出てくる。女性に平然と暴力をふるう紳士然としたDV男も、この野生のモンスターの前では子羊同様である。
率直に言ってヒーロー役の元保安官も、この野生のモンスターの前では影が薄い。だからケッチャムの代表作とは言わない。でも、このおぞましさと不気味さは読む価値あるかも。まァ、ホラー系のミステリー好きなら楽しめると思います。