あの日もこんな眩しいくらいの月夜だった。
大学を卒業して、新社会人として働く日々は辛かった。上司の汚れ仕事を押し付けられ、お局OLからはいびられ、毎日残業続き。
今日も11時まで仕事で、一杯やる時間さえなく家に帰る。実家なので家事に追われずに済むのが救いだった。でも、親とも顔を合わせるのは朝だけ。
こんな北風が冷たい夜は、誰かと和やかに笑い合いたいよ。満月には少し足りないお月様が、そんな気弱なボクを笑っている気がしたぐらい。
その時、足元で「ニャー」と小さな猫の鳴き声がした。眩しいほどの月に照らされた路地の片隅に、小さなダンボールの箱があり、覗いてみたら一匹の子猫がいた。
弱々しいほどの声で懸命に鳴いていたが、月を見上げるために立ち止まらなかったら聴こえなかったかもしれない。捨て猫らしい、しかも最後まで拾われなかったらしく、他にも数匹いたようだが、今はその子猫だけが片隅に縮こまっていた。
ちょっと毛並みがボロボロで、しかも痩せすぎなので残ってしまったらしい。一人、最後まで社内で残業していた我が身を思い出して、知らず内に手を伸ばして抱きかかえていた。儚いほどの温もりだが、心が暖かくなった気がした。
そのまま抱きかかえて家に帰り、ボクは自分の部屋の片隅に空箱を置いて、そこに子猫を飼うことに決めた。台所でミルクを人肌に温めて、小皿に入れてあげると、懸命に舐めている。
もう大丈夫、お前は今日からうちの子さ。ボクの言うことが分るのか、子猫は安心したようにゴロゴロと咽喉を鳴らし、直に寝入ってしまった。
気疲れで帰宅した夜は、なかなか寝付けないものだが、優しい気持ちになれた今夜はボクもすぐに眠れた。朝の陽射しに気がつくより、子猫の鳴き声で目を覚ましたことは、今もよく覚えている。
朝になって猫の鳴き声に気がついた父母を説得するのに苦労したが、子猫が我が家の家族として受け入れられるのに時間はかからなかった。たぶん、両親もボクが家にいない時間の多さを持て余していたのだと思うな。
あれから十数年がたった。子猫はまんまるの猫に育ったが、臆病で外へ出るのも厭う引きこもり猫になってしまった。ボクはといえば、相変わらず仕事が忙しく家庭を持つ暇も無く、今日も深夜の帰宅だった。
家に帰ると、猫が玄関先で待っていた。珍しいなと思いつつ、ただいまと声をかけるとニャーと小さく返事する。元気ないなと思い、抱き上げると甘えるように丸くなった。
そのまま台所へ行き、猫をかかえたまま冷蔵庫を開けてビールを取り出す。缶を開けようと猫を膝の上に降ろそうとして気がついた。反応がない、いや、それどころか動かない。
慌てて胸に手をあてるが、心音が聞こえない。おい、起きろよ、鳴いてくれよ。異変に気がついて起きて来た母が見たのは、台所で猫を抱えたまま立ち尽くしてボロボロと涙を流して泣いているボクだった。
ボクが拾ってきた猫だから、ボクの手のなかで逝きたかったのかもしれない。そう思うことにしている。
冷たい月夜の夜だった。月を見上げると、今もボクはあのぬくもりを思い出さずにはいられないよ。ボクに暖かい安らぎを与えてくれてありがとう。
2 コメント
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- Unknown (ヌマンタ)
- 2011-12-31 12:06:50
- タクさん、こんにちは。震災以後、是非とも仙台をはじめとして被災地を訪れようと思っていたのですが、自分のお尻に火がついて果たせなったことが残念です。過度な自粛と復興予算の執行の遅れが、零細企業を直撃して、今年は本当に厳しい年でした。来年は今年より良い年にしたいと切に願っています。こちらこそ、よろしくお願いします。
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- Unknown (タク)
- 2011-12-30 18:43:35
- 2011の大晦日ももうすぐ。さみしい話ですが、とてもあったかい幸せな気持ちにさせる話でした。ありがとうございます。ヌマンタさんには今年初めてリアルでお会いできた記念すべき年でもありました。来年のリアル一献が今から楽しみです。来年もよろしくお願いいたします。
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