ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

諸人こぞりて もう一つのクリスマス・キャロル

2006-12-29 13:32:31 | その他
師走の街並みは、いつだって忙しない。工場からの騒音と、排気ガスを撒き散らすトラックの轟音にも気が付かぬ風で、その女は産業道路の歩道を必死でリアカーを引いていた。3ヶ月前、工場からの帰り道、酒気帯び運転の車に跳ねられて夫は死んだ。4人の子供と妻を遺して死んだ夫を跳ねた車は、そのまま壁につっこみ運転者は即死だった。

涙も枯れ果てた目に映ったのは、腹を空かせた4人の子供たちだった。「生きなければ、働かねば、誰がこの子たちを・・・」工場主の紹介もあり、工場から出る廃品の回収で、日々の生活を養うこととなった。コメツキバッタのように頭を下げ、廃品を貰いうけ、それを廃品業者へ卸す毎日。

汗と埃で自慢の黒髪は、くすんだ灰色となり、廃品よりも疲れた身体に鞭打ち、日々の暮らしを賄う毎日だった。楽しみといえば、子供達の笑顔と安タバコをくゆらすだけ。それでも夜になり子供達が寝付くと、声を押し殺して泣くのであった。

いつしか、上3人の女の子たちは家事を手伝うようになり、リアカーは軽トラックになり、少しは暮らしも上向いた。ところが石油ショックとやらで仕事は激減し、軽トラックのローンが重くのしかかる。中学を卒業した娘達が働くようになり、なんとか夜逃げは避けられたが、末っ子が登校拒否になり、悩みの種は尽きない。

学校へろくに通わなかった末の子は、仕事につくでもなしブラブラしていたが、ある日派手な赤いリボンが不似合いな娘と恋に落ち、止めるのも聞かずに家を出た。目に入れても痛くないほど可愛がった末っ子だけに、さすがに失望したが、近所に住まいを構えた娘夫婦達に孫が産まれ、女の人生にもくつろぎが出てきた。

そんなある日の朝、女は血を吐いた。救急車で運ばれ入院した。診断は癌だった。レントゲンの図面を説明され、真っ黒になった肺の写真を他人事のように眺めていた。せめて自宅で死にたいと病院を抜け出したが、またも血を吐き、連れ戻された。

病室のベッドの脇の窓から見る冬の空は、青く澄み切っていた。思えば、スモッグで薄汚れた空しか見てなかった気がする。「もう、いいわ」と力なくつぶやき目を閉じた。辛く苦しい人生であった。もう終りにしてもいい。心残りは末っ子の行く末だが、それも致し方ないことかもしれない。薄れていく意識が、子供の歌声で引き戻された。

目を開けると、幼き末っ子の姿が見える。よく見ると、幼子を抱きかかえた末っ子が立ちすくんでいる。笑っているのか、泣いているのか。かすみがちの目には、よく見えなかったが、その腕に抱かれた幼子には、在りし日の末っ子の面影が濃いのだけは良く分かった。彼女の意識を引き戻したのは、その幼子の歌うクリスマス・ソングであった。女を悩ませ失望させた末っ子の、最後の親孝行だった。

すべての子供達が無事であることを知った女は、安心しきったのか、その日の夜には息を引き取った。末期癌の苦しみなど、どこにも見当たらない穏やかな死に顔であった。

葬儀の場には、どこからともなく無数の人が集まった。自分の食事を切り詰めても、困っている人に助けの手を差し伸べた、その女を慕ってのことだろう。4人の子供達ですら見知らぬ人の弔問は、途切れることなく夜更けまで続いた。

葬儀が終り、静寂を取り戻した自宅の一室で、遺影を前に末っ子は号泣した。涙を止めることなど、出来やしなかった。親孝行したい時には親はなし、さりとても墓石に毛布はかけられず。悩んでも、悔やんでも、想いは満たされず。ただ、ただ泣くしかなかった。
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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (jin rock)
2006-12-29 21:39:28
クリスマスキャロルというよりも テヴィエ老人(屋根の上のヴァイオリン弾き)を思い出してしまいました
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Unknown (タク)
2006-12-30 11:06:36
親にとっては子供が全てなんだということを再確認。
墓石に毛布はかけられずかあ、、。田舎に電話してみ
ます。
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Unknown (ヌマンタ)
2006-12-30 23:59:05
jin rockさん、こんにちは。屋根の上のヴァイオリン引き・・・懐かしいです。あんな名作と比較されると辛いです。でも、やっぱりタイトルへんですね。気になっていたんですが、えい!や~とアップしてしまいました。
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Unknown (ヌマンタ)
2006-12-31 00:01:27
タクさん、こんにちは。この話、一部実話です。私はあまり家庭的な人間ではないのですが、その実話を聞いた時は、さすがに胸が痛み、親にやさしくなりました。親が不審がっていましたが・・・(苦笑)
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