入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

    ’16年「夏」 (57)

2016年07月05日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

           もうすぐここにも牛が移動してくる


 本日、このブログの作者はついに、「入笠原人」とまで呼ばれるようになった。野生化の猛進に抗する術なくここに至る。嗚呼。親族、身内、ご先祖に対してその罪の深さを詫びたい。
 原人は、とにかくやたらに怒りが突出してしまい、神羅万象あらゆることに不満をぶつけてしまうと言われる。本人にも多少の自覚はある。そのため毎朝ヨーグルトを飲み、カルシュームを絶やさぬ努力はしている。鳥の声を聞き、流れる雲を眺め、深い山気を必死で吸っている。しかし、病状は、急流のごとく進み、原人は流れに呑まれ、かつ溺れ、流されているらしい。とても、身を捨てても、浮かぶ瀬などない、ということらしい。
 ある時は、クラシック音楽の紹介の際、若い娘が「いかにもフランス人らしいエスプリが感じられます」などと聞いた風なことを言ったから怒り、またある時は「曇りか霧で、ときには雨が降るかもしれません」という、某日の山の天気予報に血圧を上げた。昨夜はネズミの跳梁に怒り・・・。
 普通はこんなどうでもいいことに反応するほど、人は暇ではないのだそうだ。もっと、大日本の政(まつりごと)についてとか、世界の情勢とか、人類の行く末に悩み、懊悩したりしながら歳を取るのだそうだ。
 イギリスのEC離脱、ダッカのテロ、イラクの同じくテロと混乱などなどに腹を立て、血圧を上げ、憤慨・慨嘆したからといって、「ナンデあんな女が、エラ気に国会の議場に座っているんだ」なんて叫んだり、国連職員と同じく、ECのエリート役人どもが高額の給料を得て、特権をわがものにしてふんぞり返っていたから英国離脱の遠因にもなったのだ、などと毒づいてもいかんのだそうだ。
 しかし、「歴史は繰り返さないが、歴史をつくる人間に大きな進歩はない」、今朝の新聞に載ったハンドウ大先生のお言葉には、得心しました。

 地球に暮らす人の三分の一は、天の川銀河を見ることができないと、どこかの国のテレビが報じていた。さもありなん、光害のせいだ。ここに来れば、その三分の一から、逃れることができますよ。
 山小屋「農協ハウス」とキャンプ場の営業に関しましてはカテゴリー別の「H28年度の営業案内」をご覧ください。

 




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