
牧を閉じ、里の暮らしに戻る日が来た。牧守として、実際の仕事はきょうで終わる。いろいろな感慨が湧いてくるのは例年と変わらず、昨日も夕暮れの牧から、日が西山の向こうに落ちていくのをいつもよりか長く眺めていた。人との別れもそうだが、何かが終わる、ということを深く、重く感じていた。
ただ牧は閉じても、雪のために一般車輛が上がってこれなくなり、ここら一帯が外部から閉ざされる1月の半ばまでは、何度となく来るつもりでいる。これまでもそうしてきたし、同じようにその後も、必要があれば歩いてでも登ってくる。
先程も国有林の方から銃声がしたが、猟期が始まったばかりで、猟師が上がってくるようになり、いつの間にか小黒川林道のゲートには森林管理署の鍵に加え、新しく別の鍵が付いていた。この鍵を開けることができる人間は、閉鎖されている林道へも車で自由に出入りができるようになったわけで、しかしそのことに関する連絡はどこからも来ていない。まさかとは思うが、一部の人の手による勝手な仕業だと考えられなくもない、ムー。
とにかく冬の間、牧がしばし休息し、安眠ができるように守り続け、狼藉が行われないよう見回りも怠るわけにはいかないと考えている。
ついでながら、例年通り越年もここで、細々とやるつもりでいる。

「来春に」と言う囁きも聞いたが、第1牧区の倒木は切り払った枝を片付け、太い幹も伐ってタマにした。チェーンソーは来春まで使用することなく、燃料もオイルも抜いた。水道は落とし、取水場には豊富な水が流れてきている。もう少し小屋の片付けをして不要な物は燃やし、酒壜やビール缶は産廃業者へ持ち込むつもりでいる。
で、きょう里に下りるかというと、そうしない。今夜、部分月蝕があり、暗くなった夜空に昴が煌くという天体の珍しい場面を、ここ入笠牧場に拘って見てみたいと思っているからだ。
昨夜、日が落ちた後、大きな満月を大沢山まで行って見た。そして寝る前の9時過ぎ、中天に眩いばかりの月を眺め、それでも目が慣れてきたらオリオン座が見えてきた。しかし、昴の位置と月が近過ぎたのか、あの高貴な幾つもの光の粒を見ることはできなかった。それだけに、月蝕による月と昴・プレアデス星団の共演を目にしたい。
牧を閉じる前に、初冬の日を浴びながら、全牧区を見回ってきた。澄み切った空、広大な大地、そして小さ過ぎる一人の存在、それ故の湧いてくる感謝。
赤羽さん、通信多謝。所謂「自分史」ですか。拝見したいものです。本日はこの辺で。