入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     24年「冬」(10)

2024年01月12日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 能登半島沖に起きた地震の被災者は、その多くが、水不足の悩みを訴えている。入浴や洗濯はおろか、洗顔や歯磨きもままならぬ暮らしを強いられている人が多数いるようだ。
 こちらは年末から一応進んでそういう場所に暮らしていたのだが、水道を使えない不便さはよく分かる。水は取水場へ行けばもったいないほどふんだんに流れているが、米を研ぐ、食器を洗う、そういうことを寒い戸外まで毎回のように出掛けていかなければならない。
 また、あの人たち被災者の置かれた状況とはあまりにも違うが、われわれの小さな惑星に生きる生命は、すべてが水から始まったことを思い知る時でもあった。

 今こうして炬燵にあたり、曲がりなりにも文明の恩恵を受けながら暮らし、風が吹いた、花が咲いた、鳥が泣く、といったことばかり呟いていたせいだろうか、何かを考えるということがすっかり減ってしまった。テレビなどで誰かのご高説を拝聴すると、その深淵、鋭さ、一を知り十を語る弁舌に恐れ入ることが増えた。
 もちろん、下手な考え休むに似たりであることはよく承知しているが、その分やたら感情的になり、野生化は里においてもますます進むようだ。

 昨日呟いた生と性、年齢を重ねればかさねるほど、前者はより現実的になり、後者は逆により観念的になる。ただし、それを日常的にどれほど意識しているかどうかは、人により違いがあるように思う。
 生に関して言えば、多分あの世などないということはまだ10代の始めのころからそれなりに考えていた。それはやりきれない、切ないことではあったが、そのことに関連してもっともっと恐ろしかったことは、生の一回性ということであった。われわれの死後、時間は何万、何億、何兆と続いてもその先に自分に再登場の機会はないということだった。
 永遠なのだから区切りがないこと、終わりがなくどこまでも続くということ、その途方もないことを想像して、あれは冬だったが、そんなことを寝ながら考えているうちに恐怖のあまり身体がほてってきて、布団から飛び出したことを今でも鮮明に覚えている。

 それから、時間がどこまでも直線的に進むのかとか、無から生まれた宇宙ならどこかで大転換が待っていないかなどと、期待を込めて子供っぽい空想を膨らませた。そしてウン十年、いつしか諦念という良薬が効いてきて、宇宙のことは宇宙にお任せするしかなく、生についても運と寿命に任せることにして、以前よりか考えないようになってきた。
 もしかそれに野生化が一役買っているなら、それはそれで良しとするしかない。
 本日はこの辺で。
 
 

 
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