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今は登山用品に関する知識はないに等しい。愛用していた登攀具のブランド「シモン」が消えたと知り驚いたこともあれば、たまに耳にするそうした会社は馴染みのない名前ばかりだ。
ヘッドランプは大分軽量で使い勝手が良くなっていることは知っていた。充電用の電池と、普通の乾電池を併用できる物があり、これであれば夜間の登山や、日数のかかる山行にも予備の電池を持って行けるから都合がいい。
雨合羽とヘッドランプは安物は避けた方がいいというのが、いまだに変わらぬ思いである。
昨夜も月が外へ出てこいと誘っていた。テレビでウクライナやパレスチナに行った後でも、まだ9時を過ぎたばかりで寝るには早過ぎた。目も大分疲れていたから文字を読む気になれず、ならば久しぶりに夜の散歩に出て、冬の星の光でも眺めれば酷使した目も癒されるだろうと考えた。そう、買ったばかりのヘッドランプも忘れずに。
月は頭頂の部分が少し凹んで見えていたが明るさは前日と変わらず、木立の作る影さえなければ灯りを必要としないほどだった。
開田に出ると、月明かりの中に仙丈岳がうっすらと見え、その手前に拡がる広大な田畑と比べて、山裾の暗い部分に人家の灯りが遠慮するように固まって見えていた。
冬の星々は月光に思ったほど影響を受けておらず、オリオンの三ツ星の先の北西の空に仄かな光の粒、昴も確認することができたくらいだ。
実は家を出る前には行くべきか行かざるべきか迷った。散歩は1時間半はかかるから、帰れば11時近くになる。風呂に入って時間を潰し、さらに気が向けばもう一度「座る」という方法もあり、その案も考えていた。
しかしやはり、出てきて良かった。闇の中から聞こえてくる瀬澤川の冷たい水音、峠の手前で久しぶりに聞いたキツネの鳴き声、それにもまして、昨夜は天竜川の堤防の上から眺めた月明かりに浮かぶ西山(中ア)の白い稜線が遠い昔そのままで懐かしく、胸に迫った。
あの16,7歳のころ、寝静まった集落を出て、田圃に積もった凍てついた雪の上を歩き、天竜川の堤防までよく散歩をした。そのころと同じ冬の夜が戻ってきたようで、供の犬シロや、そのころの自分とも会えるような気がした。
と、それは良かったが、こんな後期高齢者が未来の自分だと知ったら、彼はどう思うだろうか。いや、喜ぶだろう。クク。
本日はこの辺で。