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ようやく春が来たということか、今日山奥氏を誘って牧場まで行ってみて驚いた、というより呆れた。道路の両側には除雪した雪が山のように積まれている状態を想像していたのに、それがどういうことかない。昨年の暮れ、夜道に行方を絶ったキクを最後に見た場所でも敢えて停車することなく通り過ぎて、難癖の「ど日影の曲り」に来ても、例年であれば雪崩れてくる雪で埋まっているはずの急なカーブは、昨夜降った雪こそ残っていたものの、通行にはまったく支障がなかった。
結局、牧場内に入り、初の沢の大曲りから先の日影に残る雪を嫌って、車を捨てた。そしてそこからは、管理棟まで約1キロばかりを歩いた。強行すれば行けたかもしれなかったが、無理してスタックするのだけはご免だった。一冬の間にズタズタにされた牧柵を目にして憂鬱になったが、それにしても僅か3週間ばかりの間に、あれほどの大量の雪がまるで嘘のように融けてしまっていたとは。
管理棟やハウスの屋根には昨夜の雪は残っていたが、それ以前のものは落雪したのではなくて、屋根の上で融けてしまったようだ。そうでなければ、まだ山のような雪が軒下に残っていなければおかしい。モンスターのように見えていた3台の軽トラックも、雪布団を脱がされ、まるで老醜を晒すかのように管理棟の前を汚していた。
春と呼ぶにはまだ早いかも知れない。しかし昨夜の雪さえなかったなら、日当たりのよい放牧地は明度の高い春の日の中で、新しい季節の装いについてあれこれと気を揉んでいたことだろう。
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何かキクのことで手掛かりのようなものを期待しなかったわけではないが、HALもいたし、近くにいればどちらかが見付けただろう。小屋の周囲に足跡のようなものを目にし、キクのものではないかと山奥も言ってくれたが、小屋の床下をねぐらにしたタヌキかアナグマの足跡だ。昨年の12月22日の夜、偶然見付けた鹿の死骸に小躍りしたキクに、そのあと何が起こったというのだろう。それともキクは、迎えに来てくれることを信じて、いつかのように同じところで一晩中待っていたのだろうか、腹一杯になって。