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山を降りる日がきた。厳冬期には聞くことのなかった鳥の声がする。鳥も春が来たことが分かるのだろう。
快晴。窓を開けているが寒くはない(5度C/8時45分)。冬の間締め切っていた部屋に春の風が入ってくる。明度の高い早春の光を浴びながら、一昨日牧場に着いた日の夕暮れと並ぶ、ここでのもっとも気持ちのよいひと時を味わう。
雪が締まっていて、太陽の光が明るい午前中に、山を下ることにした。
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管理棟の裏手にある第2牧区を急登する
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御所平
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脛巾当て(はばきあて)
脛巾(はばき)とは、「外出・遠出などの折、脛に巻きつけるもの。布や藁(わら)で作り、上下に紐を付けてしばる。後世の脚絆(きゃはん)に当たる」(広辞苑より)。足回りをよくするための脛(すね)当てのこと。
以前にも紹介したが、法華道には登り出しから本家・御所平峠まで9か所ほどに、御所平や脛巾当てにあるような道標が、北原のお師匠の手によって設置されている。それらを目印に登って来ればまず道に迷うことはない。尾根の消える山椒小屋跡あたりからは傾斜の残る落葉松の樹林帯となり、そこをを登っていけば、木材搬出に使われた古い林道に出る。ここから峠までは1時間ほどの単調な道が続くだけ。この少し手前に一か所、そしてこの道を進むともう一か所右手に大岩が見えるから、雪道で登路が判然としないときの目印にするとよい。普通に歩けば下からおよそ3時間くらいと見て、そこに各自の体力に応じた休憩時間を加えれば、ほぼ目途が立つ。本家・御所平峠から牧場の管理棟までは20分もかからないだろう。
この林道までは冬の間に誰か上から下ってきたようだが、どうやらそこから引き返したらしい。
下りは脛巾当てまでは1時間もかけずに来たが、そこまでくると、心地よさげな日だまりが「少し休んでいったらどうだ」と誘ってくれた。誰も訪れない古道で、旅人にでもなった気持になって日当たりのよい枯草の上に腰を下ろした。クヌギの疎林の中は明るく、風もなく静かだ。そうやっていると、冬の間じっとしていた草木がそこらここらで目を覚まし、活動を始めようとしているのが伝わってくる。ここもまた、一人でなければならない時間の流れている場所だった。