日々

穏やかな日々を

武藤真祐氏

2009年08月04日 23時32分51秒 | 仕事
「死生観」を持つヘルスケアリーダーを育成 - ヘルスケアリーダーシップ研究会理事長・武藤真祐氏に聞く

5月にヘルスケアリーダーシップ研究会を発足、セミナー・研究会などを展開

2009年8月4日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長)

 この5月、NPO法人ヘルスケアリーダーシップ研究会が発足した。理事長に就任した医師の武藤真祐氏は、「現在の医療界においては、問題の所在は見えているものの、それをどう解決するか、人を率いる実行力を持つ人は少ない。ヘルスケアの各分野でリーダーとなる人材を輩出したい」と抱負を語る。当面、(1)セミナー、(2)研究会、(3)キャリアサポート、の3つの柱で活動していくという。同研究会発足の経緯や現在の活動内容などについて武籐氏に聞いた(2009年7月30日にインタビュー)。


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武藤真祐氏
1996年東京大学医学部卒業。2002年東大大学院医学系研究科博士課程修了。東大病院、三井記念病院で循環器内科医として勤務後、東大分子細胞生物学研究所で研究。2004年より2年間半、宮内庁侍従職侍医。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2008年12月より現職。医学博士、認定内科医、循環器専門医。米国公認会計士、日本医療政策機構・客員研究員。
 ――「ヘルスケアリーダー」の養成を目指しているとのことですが、個々の医療機関のリーダーなのか、あるいは地域医療、医療業界団体、医療行政などのリーダーか、どんな立場の方の養成をイメージされているのでしょうか。

 そのいずれも当てはまり、何らかの形で医療をはじめとするヘルスケア業界に携わる方を想定しています。そのため、当研究会では、医師、製薬企業、コンサルタントなど様々な立場の方に理事や相談役として協力していただいています。

 今のヘルスケア業界には様々な問題がありますが、「どんな問題があるか」はおおよそ分かっているのではないでしょうか。要は人を率いて、問題解決を目指す実行力を持ったリーダーに欠けているのだと思います。

 リーダーの条件には、3つあると考えています。それは、「lead the self」「lead the people」「lead the society」です。

  まず「lead the self」ですが、リーダー自身が「死生観に基づく医療感」を確立することがその根底にあります。

 ――「死生観に基づく医療感」とはどのような意味でしょうか。

 私は循環器内科医ですが、研修医になって最初に自分が担当していた患者さんがお亡くなりになった時、心から泣いてしまったのです。ただ、医師という仕事は、自己防衛的な意味もあって、死を乗り越えないとやっていけない面があります。だから、次第に患者さんが死亡しても、涙を流さなくなってくるのが現実です。

 しかし、他にも人の生死にかかわる分野はありますが、ヘルスケア業界ほど人の死に直結した分野、死を抜きには語れない分野はありません。「いかなる死を迎えるか」、幸せな死を成就するには、いかに生きるかを見つめる必要があります。その生をいかに支えるかを考えることから医療はスタートするのではないでしょうか。

 この業界で仕事をするには、常に原点を忘れてはいけません。そのためにはまずリーダー自らが「死生観に基づく医療感」を確立することが大切です。その価値観が周囲の人々、さらには世の中、社会を動かず原動力になっていきます。さらに、リーダーになる条件としては、その分野の知識、技術のほか、リスクを取って物事を実行する覚悟も必要です。これらの条件を併せ持つリーダーが、まずは自らを、さらには周囲の人々、ひいては社会を導いていくのだと思います。

 ――現在ヘルスケアリーダーシップ研究会の会員は何人でしょうか。また事業の柱である「セミナー」ではどんな企画をされているのでしょうか。

 現在、個人会員は約90人で、様々な職種、立場の方が関わっています。医学生や他学部の学生、医師の方であれば若手・中堅研修医から教授クラスまで、そのほか、企業やメディアの方々など、多岐にわたります。

 「セミナー」は、初年度はこの5月から毎月1回、年12回でプログラムを組んでいます。「死生観」は個々人によって異なるのが当然ですが、独善的になりがちな面もあるため、「他流試合」をして批判にさらされ、その批判を乗り越えた上で、自らの「死生観」を確立する必要があります。この6月には牧師や僧侶などに講師をお願いし、「死生観」について語っていただき、ディスカッションしました。そのほか、リーダシップ論から、国内外の医療の現状、あるいは政策・ビジネスの観点から見た医療など、様々な切り口でテーマを設定しています。

 「セミナー」は会員以外の参加も可能で、毎回50人くらいが出席しています。少し厳しい言い方ですが、(1)やる気がない人は来ないでほしい、(2)「会から学ぶ」のではなく、知識などを出し合い、お互いが貢献・影響し合うという姿勢で参加してほしい、(3)20歳の学生から、大学の教授まで様々な方が来られていますが、社会的なステータスに関係なく、議論をしてほしい、という3つを参加条件にしています。

 各回は計4時間。前半2時間は講義で、後半2時間は5人程度を1チームにしたグループワークという形で進めています。

 ――では二つ目の柱である「研究会」活動では何を実施する予定ですか。

 初年度の後半の半年間で、アウトプットを出すイメージです。ヘルスケアに関連した研究や提言を3つ程度、まとめられればと考えています。5人1チームで活動する予定で、テーマは自由。この8月に1泊2日で合宿するので、その際にテーマ設定などをできればと考えています。当研究会には、先ほども触れましたが、ヘルスケア業界の第一人者に相談役などの形でかかわっていただいています。この方々にも合宿に参加していただき、議論をする予定です。

 ――では、「キャリアサポート」とは。

 私自身の経験から言えることですが、自らのキャリア形成にはまず様々な立場、人の話を聞くことが重要です。様々な人を紹介するなど、その支援をしていきます。

 ――初年度はほぼ計画が決まっていますが、その後、どんな形で活動を展開される予定でしょうか。

 当研究会には専任のスタッフはおらず、理事は週1回集まってミーティングを実施していますが、ボランティア。相談役の方々も、好意でお願いしている形です。当研究会のセミナーの参加費は会員3000円(年会費5000円)、非会員5000円、5人1チームのグループワークという形式はそう大きくは拡大できず、今の研究会は決して儲かる仕組みにはなっていません。

 どんな形で活動を継続・発展させていくかについては現在、検討中です。ただ、臨床現場で働く医療者と、その現場を理解してマネジメントしたり、政策立案などをする方が必要で、両者をつなぐ役割・機能を果たしていきたいと考えています。

 ――ところで、そもそもなぜヘルスケアリーダーシップ研究会を立ち上げられたのでしょうか。改めて経緯をお聞かせください。

 私自身のキャリアに関係するところが大きいですね。私の両親は医師ではないのですが、小さい頃から、医師になりたい、人を救う仕事に就きたい、社会に貢献し、感謝される仕事をしたい、そしていずれは世界で活躍したい、そう思ってきました。

 実際には幾つかの面で転機、というか、自らのキャリアを再考する場面がありました。例えば、東大の医学部6年生の時、2カ月間、米国のハーバードメディカルスクールで学生実習したのですが、率直な感想は「全くかなわない」と。臨床推論などの面で、米国の医学生に太刀打ちできなかったのです。私自身が不勉強で、受験勉強の延長線上、いわばキーワードとキーワードが一対一対応的な知識しか持ち得なかった面もありますが、医学教育の日米の差という構造的な問題もあると思います。

 また初期研修を終えた後、医局の教授に基礎研究に取り組むよう勧められたのですが、やるなら臨床の片手間ではなく研究にできるだけ専念しようと。そこで、東大分子細胞生物学研究所に行ったのです。その教授が非常に厳しい方で、研究だけでなく、社会人としての基礎まで徹底的にたたき込まれた。それまで「医学部」という組織に所属していた私は、その社会の中で生きていくものだと思っていたのですが、「医学部」という存在を客観的に見る機会にもなりました。

 欧米の一流紙に数多くの論文を掲載している、その教授曰く、「科学者はonly oneでないと意味がない」と。自分自身のレゾン・デートルは何か、考える日々が続いたのですが、この教授にはとても太刀打ちできない。そこで、「医療と他の分野という、組み合わせなら、独自性を発揮できるのではないか」と考え、法律かビジネスかと検討し、結局、日本でMBA(経営学修士)の学校に通い始めました。

 その後、宮内庁侍従職侍医を務めるという貴重な経験もしました。両陛下を近くで拝見させていただき、一番、印象に残っているのが、社会で陽が当たらない方、弱い立場にある方に常に目を向けられていたことです。私自身も困っている人を助けたい、自分でできることを実行したいという思い、エネルギーが高まりました。大学に残っていても、将来はどうなるか分かりません。仮に教授などのポジションに就けたとしても、それは50歳とか、先のこと。今、自分で行動を起こしたいと思ったのです。

 MBA取得のために米国に行くことなども考えましたが、次に選んだのがコンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーです。既に多少はビジネスのノウハウを身に付けていたので、勉強ではなく、実践で自らのスキルを高めたかった。

 約2年間、製薬企業などのコンサルテーションなどを手がけたのですが、「マッキンゼー式」の仕事の仕方を学んだこと、また人脈が広がったことが大きいですね。当初から2年間の勤務と決めていたのですが、ある時、大学の先輩に言われたのが「お前は、自分の名前で仕事をしたことがあるか」と。それまでは様々な仕事をやっても、あくまで組織に属しており、自分の力で、「1を10や100」にするような仕事はやってきても、「ゼロから1」を生み出すような創造的な仕事はしてきませんでした。

 そこで本研究会を立ち上げたわけです。昨年の後半から理事のメンバーなどと議論を重ねて、この5月にNPO法人として発足しました。まだ始まったばかりで、今後は研究会を発展させるほか、私個人としてはそれ以外の活動も展開していく予定です。例えば、在宅医療をはじめ、私自身のアイデアを実証するフィールドを持つことなどを検討しています。



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