何かと話題の映画「おくりびと」、本当は劇場に足を運び封切りを観たかったのだが、長時間家を空けることも許されず、18日にリリースされるのを今や遅しと待ち構えていた。(後で気付いたのだがネットで購入する手もあった)
本日DVDレンタルショップをのぞくと、棚は中身が空っぽのケースが30本以上。辛うじてカウンターに1本だけ返ってきていた。まず昼に一度観た。一泊レンタルしてあったので、翌日再度観返した。
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正直いって納棺師のことについて殆ど知識を持ち合わせてなかった。
母の万一のことを想定し、会員になっているセ○マの見学会に参加した折のこと、営業マンから「湯灌の儀」メニュー(有料○万円)のことを教えられた。湯で身体を洗い、顔剃り、着物の着付け・化粧までの最後の旅支度をしてくれるというもの。今から思えば「納棺師」のことであった。咄嗟に「それこそは肉親がやるべき最期のお別れだから無用」と、鰾膠も無く断ったほど。
映画では、葬儀社スタッフの役割と、納棺師の役割がそれぞれ区別されて描かれているが、大抵の葬儀社は納棺の儀式を自社スタッフで行うようだ。
最初に笑って、最後に涙ありの映画だった。誰しも、いつか「おくりびと」「おくられびと」になる。避けては通れない“死”というすべての人に普遍的なテーマを描いた『お葬式』(伊丹プロ1987年)が思い出されるが、ともに暗く悲観的に描くのではなく、ややコミカルな描写を交えながら淡々と描いていくところに非常に好感が持てた。死にはとかく負のイメージがつきものだが、決してそんなことはなく、心の琴線にふれる素晴らしい作品である。
駆け出しの納棺師がサケの遡上の様をみて「死ぬために(急流を)上るなんて切ない。どうせ死ぬならあんな苦労をしなくても…」と嘆くのに、たくさんの人を見送ってきたおんぼやき(火葬場の係)の「生まれ故郷に帰りてぇんだ」の一言が印象的。
年輪を重ねたこのおんぼやきは、最期のお別れで棺の窓を閉める際「お疲れさま」「いってらっしゃい」「また会おうの」と仏さんに優しく語るように呼びかける。
「死は門。死ぬってことは終わるってことではなく、そこをくぐり抜け次へ向う、まさに門」という言葉に、仏教でいう輪廻思想を強く感じた。(門は終わりでなく入り口ということ?)
この映画で小生が初めて知ったのが石文。人間が文字を知らなかったくらいの大昔、自分の気持ちに似た石を探して相手に贈る。貰った方は、その石の感触や重さから相手の心を読み解く。ツルツルの時は心の平穏を想像、ゴツゴツの時は相手のことを心配したそうだ。
そんな石文をめぐるエピソードが、絶妙のタイミングで何度か登場し、ピリリと良い味つけを与えている。心に響くいい話ばかりだ。
チェロの調べが、白鳥の舞う山形の自然と見事にシンクロして、美しい日本の情景を描き出していた。感動したシーンであり、是非とも一度は山形を訪ねたいと思った。
【参考サイト】
●「おくりびと」の公式サイト
本日DVDレンタルショップをのぞくと、棚は中身が空っぽのケースが30本以上。辛うじてカウンターに1本だけ返ってきていた。まず昼に一度観た。一泊レンタルしてあったので、翌日再度観返した。
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正直いって納棺師のことについて殆ど知識を持ち合わせてなかった。
母の万一のことを想定し、会員になっているセ○マの見学会に参加した折のこと、営業マンから「湯灌の儀」メニュー(有料○万円)のことを教えられた。湯で身体を洗い、顔剃り、着物の着付け・化粧までの最後の旅支度をしてくれるというもの。今から思えば「納棺師」のことであった。咄嗟に「それこそは肉親がやるべき最期のお別れだから無用」と、鰾膠も無く断ったほど。
映画では、葬儀社スタッフの役割と、納棺師の役割がそれぞれ区別されて描かれているが、大抵の葬儀社は納棺の儀式を自社スタッフで行うようだ。
最初に笑って、最後に涙ありの映画だった。誰しも、いつか「おくりびと」「おくられびと」になる。避けては通れない“死”というすべての人に普遍的なテーマを描いた『お葬式』(伊丹プロ1987年)が思い出されるが、ともに暗く悲観的に描くのではなく、ややコミカルな描写を交えながら淡々と描いていくところに非常に好感が持てた。死にはとかく負のイメージがつきものだが、決してそんなことはなく、心の琴線にふれる素晴らしい作品である。
駆け出しの納棺師がサケの遡上の様をみて「死ぬために(急流を)上るなんて切ない。どうせ死ぬならあんな苦労をしなくても…」と嘆くのに、たくさんの人を見送ってきたおんぼやき(火葬場の係)の「生まれ故郷に帰りてぇんだ」の一言が印象的。
年輪を重ねたこのおんぼやきは、最期のお別れで棺の窓を閉める際「お疲れさま」「いってらっしゃい」「また会おうの」と仏さんに優しく語るように呼びかける。
「死は門。死ぬってことは終わるってことではなく、そこをくぐり抜け次へ向う、まさに門」という言葉に、仏教でいう輪廻思想を強く感じた。(門は終わりでなく入り口ということ?)
この映画で小生が初めて知ったのが石文。人間が文字を知らなかったくらいの大昔、自分の気持ちに似た石を探して相手に贈る。貰った方は、その石の感触や重さから相手の心を読み解く。ツルツルの時は心の平穏を想像、ゴツゴツの時は相手のことを心配したそうだ。
そんな石文をめぐるエピソードが、絶妙のタイミングで何度か登場し、ピリリと良い味つけを与えている。心に響くいい話ばかりだ。
チェロの調べが、白鳥の舞う山形の自然と見事にシンクロして、美しい日本の情景を描き出していた。感動したシーンであり、是非とも一度は山形を訪ねたいと思った。
【参考サイト】
●「おくりびと」の公式サイト