・・・2015年に「見えてきた甲冑武人の謎」と云う記事を此処に掲載した。
その時の、文章の内容は、群馬県渋川市の金井東裏遺跡において、甲冑を付けた武人が出土した、その調査結果、武人は榛名山の噴火に際して神を鎮める「神祭り」をしていて、火砕流に飲まれて火山灰に埋ってしまったと推定されている。(下の写真)
古墳時代の甲冑は、今までも、古墳の副葬品としてたくさん出土しているが、こうして、当時の人が身に着けて、出土した例は初めてである。
ここまでが先回の文章内容です。(上の武人の写真は今回のもの)
先日、この話の続きで、最近の調査内容を含んだ「古代の武人」の話題がテレビで放送された。
新しく追加された調査内容では、発見された武人は近辺に住む王で、発見現場のそばから奥さんと子供二人の遺体も更に発見された。
そして、彼ら夫婦は長野県の伊那谷の出身で、榛名山麓に移り住んで子どもは榛名山麓で生まれたことが分かった。
そして彼らの頭骸骨とから、武人は渡来人の血筋で奥さんは日本列島の血筋らしいと云う事も分かったと報道されていた。
今の技術は発見された遺体の歯から、彼らの出身地を割り出している。
これから先、まだまだ、時とともに新しいことが分かってくることが期待できる。