「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

鹿児島県鹿児島市 「 鹿児島港鴨池防波堤灯台 」

2014-07-26 04:45:41 | 鹿児島の灯台



高さが9.3mの灯台







灯台の向こうに櫻島が見える







初点は昭和51年3月13日になっている







単閃緑光で毎3秒に1閃光の灯器







亀の甲羅のようにも見えるハッチ部分







鴨池 ー 垂水 間を行き来するフェリー





灯台表番号 / 6632
ふりがな / かごしまこうかもいけぼうはていとうだい
標識名称 / 鹿児島港鴨池防波堤灯台
所在地 / 鹿児島県鹿児島港外港 ( 鴨池防波堤外端 )
北緯 / 31-33-11
東経 / 130-34-46
塗色 / 白色
灯質 / 単閃緑光 毎3秒に1閃光
光度 / 実効光度 320カンデラ
光達距離 / 7.0海里
地上~頂部の高さ / 9.29m
平均水面上~灯火の高さ / 13.75m 
地上~灯火の高さ / 9.0m
業務開始年月日 / 昭和51年3月13日
現用灯器 / LED灯器 ( Ⅴ型緑 )



鹿児島港鴨池防波堤灯台は、鹿児島県庁の近くにある
鴨池港の防波堤の外端に立つ灯台である。
鴨池港は桜島の裏を通り、大隈半島の垂水市とを結ぶフェリーが発着する場所で、
鹿児島市内へ向かう鹿屋や垂水などの人たちの主要な交通機関となっている。
そんなフェリーを安全に港へ導く灯台の灯りは3秒に1閃光の割合で点灯している。


鹿児島港鴨池防波堤灯台へのアクセス
鹿児島港鴨池防波堤灯台へは、鹿児島中央駅から鹿児島県庁方面に向かい、
県道218号線で鹿児島県庁前を通り過ぎて800mほど行くと鴨池港に到着する。
駐車は、鴨池港の道路を隔てた向かいに有料の駐車場がある。



沖縄の文化財 ・ 沖縄県伊江島 「 具志原貝塚 」

2014-07-25 04:47:41 | 沖縄の文化財



整備されて広っぱになった貝塚跡






具志原貝塚
Gushibaru Shell Mound

( 国指定史跡 )
National Historical Monument


指定年月日 : 昭和 61 ( 1986 ) 年6月9日 
Designaed Date : June 9,1986
所在地 : 沖縄県国頭郡伊江村字 川平下原
Location : Kawahira ,Ie-son,Kunigami-gun,Okinawa-ken



具志原貝塚は、伊江港北側の砂丘地に形成された貝塚である。
これまでに三度の発掘調査が行われ、
沖縄新石器時代早期 ( 約7000年前~3600年前 ) から
後期 ( 3500年前~2500年前 ) にかけて
約5000年もの長い間生活を営んでいたことがわかる。
また、その後の発掘調査によって数多くの土器や石器、
貝製品、貝類などが見つかり、
中でも九州からもたらされたとみられる弥生式土器 ( 中期の山ノロ式土器 ) が
沖縄で最初に発見されている。
これで弥生文化との関連を実証したことは学史的にも名高く、
さらにその後の調査で弥生後期の免田式土器やガラス製の小玉も発見され、
当時の人々が盛んに九州と交流していたことが窺える。


The shell mound is formed on a sandhill which is the noth of the Ie harbor.
Three excavations have been conducted so far,
and it was found that theshell mound
belongs to a long period of time, from the early to the late Okinawan Shell Mound Age
( for about 5000 years ).
The excavations also found many pieces of pottery, shells and shell products.
It is scientifically well known that this spot was the first
Okinawan shell mound where Yayoi pottery was found.
It is believed that the people in those days actively exchanged with people in Kyusyu.



夜間鑑賞クルーズ 4 「 奥洞海に映る三菱マテリアル九州工場 」

2014-07-25 04:46:41 |  滝 ・ 名所 ・ 神社仏閣



洞海湾に映る三菱マテリアル九州工場



















洞海湾を奥に進むと右手に3本足の赤白の巨大煙突が見えて来る。
それは黒崎地区のランドマークと言っていいほど目立つ存在である。
三菱化学 ( 株 ) 黒崎事業所は昭和10年にこの黒崎の地で操業を開始し、
黒崎地区と共に発展を遂げて来た歴史ある工場である。

また、化学工場の隣に並んでいるセメント工場が、
三菱マテリアル ( 株 ) 九州工場である。
ここでは、迫力ある巨大タンクやプレヒーターと呼ばれる
巨大な建造物を見ることが出来る。



馬の詩より ・ 「君がいた夏」  ワンダーシンゲキ

2014-07-24 04:47:41 | 競馬・ボート



最期のレースとなった小倉サマージャンプのパドック















あまりの痛さに尻尾を持ち上げたワンダーシンゲキ







馬運車に乗らずそのまま・・・












『 君がいた夏 』  ワンダーシンゲキ



2歳でデビューし
10歳まで地道に走り続け
38戦で7勝をあげ
1億1千496万円を稼いだ

それなのに
せん馬で子孫も残せず
39戦目で落馬し
空馬でゴールするも
骨折のあまりの痛さに
尻尾を持ち上げた


ワンダーシンゲキ  せん馬10歳
父 オペラハウス
母 フレイバーギフト

左大腿骨骨折のため
予後不良
ボクらは
君と一緒にいた夏を
忘れない

さよなら
ワンダーシンゲキ





平成22年7月24日 小倉サマージャンプにて
左大腿骨骨折のため予後不良


熊本県八代市 ( 旧・東陽村 ) 「 美生 ( びしょう ) 橋 」

2014-07-24 04:46:41 | 熊本の石橋



上部をコンクリートで固められた美生橋 ( 上流側 )









美生橋の説明板







現在も生活道路の一部として活躍している ( 下流側 )





所在地 / 熊本県八代市東陽町美生
架橋 / 大正6年 ( 1917年 )
石工 / 田上 甚太郎
長さ / 8.65m  径間 / 7.24m
幅  / 3.52m  拱矢 / 2.59m



この橋は、美生川の上流に架かる橋で、
今から約100年ほど前に造られた石橋であるが、
しっかりとした造りから現在も生活道路の一部として立派に活躍している。


美生橋へのアクセス
美生橋へは、蓼原橋から約300mほど上流に行ったところ
美生集落の中心部に架かっている。
駐車は写真隅ににあるように、路上に止めなければならない。


7月23日の夜明け前

2014-07-23 06:09:41 | 朝の風景とその他の風景







今朝も5時前に散歩に出ると
東の空高くに三日月が浮かんでいた。
ムサシとしばらく歩くと蒸した。
それでも日中に比べるとマシである。
今日も暑さとキツサでふらふらになるまで働かなければならない。




鹿児島県鹿児島市 「 鹿児島港本港東A防波堤北灯台 」

2014-07-23 04:46:41 | 鹿児島の灯台



高さ約10.6mの灯台は人間と比べると大きく見える








灯台周囲の防波堤はステージのように階段状になっている







海から見ると向うに鹿児島港の倉庫が見える







灯質が単閃緑光で毎5秒に1閃光の灯器






近くを桜島行きのフェリーが灯台前を行き来する





灯台表番号 / 6635.35
ふりがな / かごしまこうほんこうひがしAぼうはていきたとうだい
標識名称 / 鹿児島港本港東A防波堤北灯台
所在地 / 鹿児島県鹿児島港本港区 ( 東A防波堤北端 )
北緯 / 31-35-53
東経 / 130-34-22
塗色 / 白色
灯質 / 単閃緑光 毎5秒に1閃光
光度 / 実効光度 280カンデラ
光達距離 / 7.0海里
地上~頂部の高さ / 10.61m
平均水面上~灯火の高さ / 13.46m 
地上~灯火の高さ / 10.32m
業務開始年月日 / 平成11年3月25日
現用灯器 / LED灯器 ( Ⅴ型緑 )



鹿児島本港東A防波堤北灯台は、南灯台で紹介したように
一つの防波堤に南北の外端に赤と白の灯台が立っている。
その北端にあるのが白色の北灯台である。


鹿児島本港東A防波堤北灯台へのアクセス
鹿児島本港東A防波堤北灯台へは、鹿児島水族館がある北埠頭の岩壁に行けば
意外と近くで見られる。駐車は、北旅客ターミナル前の駐車場を利用した。



沖縄県糸満市 ・ 琉球泡盛 「 神泉 ( しんせん ) ・ 古酒 」

2014-07-23 04:45:41 | 泡盛 ・ 焼酎 ・ 酒








当銘蔵 ( テミグラ ) グスクがある当銘や賀数グスクが賀数から
報得川 ( むくえがわ )に向かう途中にある糸満市座波の上原酒造所。
昔、この酒造所のある地に 「 神の泉 」 と呼ばれる枯れることのない
神聖な泉に恩恵を受けたことに感謝を込めて命名した 「 神泉 」 は
上原酒造の代表銘柄である。
泡盛の原料である米や水を還元、
良質化するマイナスイオン技法によるバランスのとれた味わいを、
さらに長期熟成させた古酒である。
泡盛鑑評会で5年間のうち4回県知事賞を受賞した芳醇で甘みのある味わいだけでなく、
体に優しい酒として幅広い層に愛されている。





沖縄本 ・ モモト 『 島の手技 』

2014-07-22 04:52:41 | 沖縄








手技のなかで伊是名島出身の名嘉睦稔 ( なかぼくねん ) さんが紹介されていた。
名嘉睦稔さんといえば、照屋林賢さんを思い浮かべる。というよりも、
どちらかというと照屋林助さんの方かもしれない。
そんなリンケンバンドの唄が聴ける北谷町のカラハーイの近くに
名嘉睦稔さんのギャラリー 「 ボクネンズ・アート 」 がある。






北谷町にある 「 ボクネンズ・アート 」







名嘉睦稔さんの版画・ 「 モンパの木 」







名嘉睦稔さんの版画 ・「 ひらく 」





昨日は祝日だったが、仕事に出た。
日中は暑くてフラフラになった。
そんな仕事を終えて家に帰ると
定期購読を申し込んでいる 「 モモト 」 が送られて来ていた。
イクマあきらの 「 ダイナミック琉球 」 を聴きながら 「 沖縄だより 」 を飲み、
琉球泡盛 「 まるだい 」 を飲んだ。
ホロホロと酔って本をパラパラめくると、
しばし瞑想沖縄旅行の始まりだ。




沖縄県西原町 「 イシグスク 」

2014-07-22 04:51:41 | グスク ( 城 ) ・ 遺跡



道路沿いにある路標








削られてわずかに残ったグスク








グスクから見える琉球大学







沖縄自動車道の向うに宜野湾市が見える





イシグスクは、沖縄自動車道の側道に面した丘陵上に築かれたグスクである。
写真を見てのとおり、山のほとんどが掘削されてほとんど原形をとどめていない。
このグスクには、当初棚原按司がグスクを築こうとしたのだが、
位置的に悪いうえに拡張も出来ないほど狭地であったため、
現在の棚原グスクにしたという。


イシグスクへのアクセス
イシグスクへは、西原インターから県道34号線を沖縄自動車道の下をくぐり、
過ぎるとすぐに右に上って自動車道の上を通って左に行くと、
300mほどでグスクのある土手に着く。
駐車は、グスクの横が広くなっているので、どこでも駐車できる。


ソフトバンクの 「 新垣と山中 」 がヤクルトへ

2014-07-21 04:48:41 | 野球



右の本格派として活躍した新垣 渚






















サブマリン投法で注目を浴びた山中浩史




















沖縄水産高校時代から応援していた新垣 渚と、
熊本県の天草出身ということで応援をしていた山中浩史が
ソフトバンクからヤクルトへ電撃トレードとなった。


新垣は 「 12年間このチームでやって、福岡という土地で生活し、
いい思い出がある。離れるのはつらい」と素直に打ち明け、
「野球人として頑張るには、1軍で投げ続けるのが一番 」 と
前向きにチャンスととらえた。

また新垣と移籍が決まった2年目の山中も
「 どんな時も背中を押してくれたホークスファンに感謝しています。
応援のおかげで成長できた。どこに行っても自分のスタイルを崩さず、
自分を出したい 」 と語った。

彼らは、2軍のいる雁の巣球場でも挨拶し、
最後は仲間たちによる胴上げで送り出された。
新垣と山中の両投手がヤクルトという新天地に行っても、
今まで以上に活躍することを願っている。




熊本県八代市 ( 旧・東陽村 ) 「 蓼原 ( たでわら ) 橋 」

2014-07-21 04:47:41 | 熊本の石橋























所在地 / 熊本県八代市東陽町鶴下
架橋 / 大正3年 ( 1914年 )
石工 / 川野 賢蔵
長さ / 20.14m  径間 / 11.20m
幅  /  1.98m  拱矢 /  3.82m


蓼原橋は、美生川に山口橋から三つ続けて架かる三つ目の橋で、
長さが長く力強く架かっている。


蓼原橋へのアクセス
蓼原橋へは、山口橋、鶴下村 中橋を参考にしてもらいたい。
ただ、鶴下村中橋より200mほど距離があるので、
車で移動した方がいいかも知れない。
駐車は路上駐車になる。



沖縄県西原町 「 棚原グスク 」

2014-07-20 06:43:41 | グスク ( 城 ) ・ 遺跡



ドシャ降りの雨に煙る城址標








グスクに続く道







鬱蒼とした木々の間を抜けてグスクの拝所まで行く






グスク内にある棚原城之殿







まばらに残る石積み







入り口の貯水タンクからの棚原グスクの遠望(亀甲墓の上)







グスクから見える琉球大学の校舎





棚原グスクへは、二度にわたって訪れた場所である。

棚原グスクは、中北山系の子孫だと伝えられる安慶名大川按司(安慶名グスク城主)の弟が、
棚原按司となってこの地にやって来て、グスクを築いたとされている。
棚原按司は、この地に築城する前に、隣の千原の丘陵地に
「 イシグスク 」 と呼ばれるグスクを築こうとしたのだが、
位置が悪いうえに拡張も出来ないほど狭地だったために、棚原へ築城したとされる。

棚原按司夫人は、絶世の美女であったといわれる。
その按司夫人に、幸地熱田子按司は邪な恋心を抱いてしまう。
熱田子は策謀を用いて棚原按司を亡き者とし、按司夫人を意のままにしようとするが、
夫人はグスクを逃げ出し、遠く具志川間切りの兼箇段(かねかだん)まで落ち延びるが、
執拗に追う熱田子に捕まり連れ戻される。
だが、貞淑な夫人は舌を噛み切って果ててしまう。
その話を聞いて夫人を気の毒に思った兼箇段大主は、亡骸を丁重に葬ったという。



棚原グスクへのアクセス
棚原グスクへは、西原町坂田交差点から県道34号線に進み、
1キロほど行くと右側にある棚原公民館の先のレジデンス城間から右に上がり、
100mくらい先に平仲アパートがある。
そこから右に坂を上がると、右にみやさとマンションがあり、その脇を過ぎると貯水タンクがある。
土道を200mほど行くと、その突き当りがグスクになっている。
昼間でも不気味なところであった。
駐車は、まったくと言ってもいいくらい車が通らないので、好きなところに停められる。

鹿児島県鹿児島市 「 鹿児島本港東A防波堤南灯台 」

2014-07-20 06:42:41 | 鹿児島の灯台














灯台表番号 / 6635.28
ふりがな / かごしまこうほんこうひがしAぼうはていみなみとうだい
標識名称 / 鹿児島本港東A防波堤南灯台
所在地 / 鹿児島県鹿児島市 ( 東A防波堤外端 )
北緯 / 31-35-38
東経 / 130-34-23
塗色 / 赤色
灯質 / 群閃赤光 毎6秒に2閃光
光度 / 実効光度 280カンデラ
光達距離 / 7.0海里
地上~頂部の高さ / 10.61m
平均水面上~灯火の高さ / 13.46m 
地上~灯火の高さ / 10.32m
業務開始年月日 / 平成11年3月25日
現用灯器 / LED灯器 ( Ⅴ型赤 )


北灯台と同じ鹿児島本港東A防波堤に立つ灯台のひとつで、
南の外端にあることから南灯台と呼ばれている。
北の灯台が白色に対してこちらは赤色である。


鹿児島本港東A防波堤南灯台へのアクセス
鹿児島本港東A防波堤南灯台へは、
鹿児島本港南防波堤北灯台を参考にしてもらいたい。


「 オシロイバナ 」

2014-07-20 06:41:41 | 花・鳥・虫・魚・猫














朝早くに花を咲かせるオシロイバナ。
日中は暑くて萎んでいるが、
涼しい早朝には写真のように花を咲かせる。
エンゼルトランペットのように花が長くて独特である。