昨夜のTV番組「秘密の嵐くん」で「日光東照宮」巡りをされてた時の様子が写っていて、ガイドさんが話されるのを聞きかじったのですが、東照宮陽明門の12本の全ての柱には猿の顔の模様があって・・・
こんな感じです。そのうちの1本だけは
逆さまなんですね~(まったく知りませんでした~
修学旅行でガイドさんの話し聞いてなかったんですね~
)
これは・・・・(誤って逆向きにしたわけではなく、「建物は完成と同時に崩壊が始まる」という伝承を逆手にとり、わざと柱を未完成の状態にすることで災いをさけるという、言わば魔除けのために逆柱にしたとされており、妖怪伝承の逆柱とは異なるものである・・・Wikipediaより引用)ということですが、ガイドさんもこの説明に加えて天災のことも絡めて話されてました。
因みにこの東照宮の建設期間は1年半位だったそうで、1日1万人が携わっていたとか。そして、建築費は今のお金で4000億だとかおっしゃってましたね。
さてさて、建築物に興味があるpekoはつい先日、地元のフリーペーパーで特集されてた「昭和の建造物」が目に留まりました~。 「昭和ロマンに逢いに行く」と題して、和歌山の昭和ロマンあふれる場所を探訪です。一級建築家(中西氏)が解説されて、紹介されていたという訳です。
では、そのわが街の「現役で頑張る街の昭和の建造物」を紹介します。(写真はフリーペーパーletの特集記事を撮ったものです。)
島村邸(昭和元年竣工)窓の各所にステンドグラスが使われ、多様な窓と出窓があり、東西に突出した五角形コーナーのアーチ型窓(右写真)もポイントになっていて、アメリカ的な先進の設計で、昭和3年に購入された島村氏は建物全て電化されていたのに驚かれたそうです。
なんでも、1階と2階の間に「設備階」が設けてあって、ガスや電気、給排水の設備専用の空間で将来のメンテナンスが容易にできるよう、先進の設計が施されてるそうです。(凄い)
和歌山県庁(昭和13年竣工)。戦前の建築物としては最大級の規模を誇り左右対称のネオルネッサンス風デザインで、外壁は黄土色のタイル、玄関庇の軒先や屋上には「テラコッタ」が施され、デザインや装飾が細部に至るまで素晴らしいということです。何度か庁内に入ったことがありますが、「庁内は厳粛な雰囲気を漂わせ」と書かれてたように、戦争映画等で出てくるような建物でした。
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西本ビル(昭和2年竣工)。マイブログで内部と共に紹介したことがある三階建てのビルです。玄関のペディメント(三角破風)を支えるイオニア式の柱は古代ギリシャの古典主義建築で、基壇や中層部の御影石の柱も重厚、上層部は茶色のタイル、内部は当時では珍しいコンクリート造りで仕上げられてます。
浜病院(昭和26年竣工)。現在は病院ですが「楽長ホテル」という進駐軍関係者用の宿泊施設だったそうです。玄関ポーチの庇は大理石を巻いた4本の円柱でささえられ、建物の上部では「ライオン」が睨みをきかせています(右写真)。受付からはクラッシックな階段がのび、2階にはダンスホールとして使用されてた部屋もあって、アメリカ軍人が、ダンスに興じていたのであろうか。と書かれていました。
紀伊中ノ島駅(昭和10年竣工)。阪和線と和歌山線の乗り換え駅として重要な役割を果たしたターミナルだったようです。白い斜め格子がモダンです。平屋ながら階高があって、木製サッシで留められたガラスの面積が広いことで外光が多量に取り込まれ明るい駅舎となってるのが特徴的。右の写真は、廃止された和歌山線用のホームです。
この建物は昭和ではなく大正14年竣工の、「旧和歌山銀行新通り支店」(重厚ですね~
)だそうですが、10月中頃に催される、特集で紹介された昭和建築やその風情を訪ね歩く「ヒストリックツアー(歴史的町並み巡り)」でこの建物の歴史話が聞けるそうです。
中西氏が「建築に対する昔の価値観を調べるにつれ、魅力は更に膨らんできます。座った角度で初めてその素晴らしさが解る庭とか、誰もが{いいよね}と感じられるセンスに満ち溢れています。」(記事より)と書かれてる通り、魅力的な建築群でした。
私も「西本ビル」「県庁」以外は見た事がないので、「古き良き昭和ロマン」と出遭うヒストリックツアーに参加してみようかと思っています。