Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

ジャーナリストの本懐

2005-12-05 | マスメディア批評
ドイツ女性がイラクで人質となっている。考古学を学び復興プロジェクトのコーディネーターをしていたと言う。彼女の映った犯行声明となるヴィデオに誘拐犯グループの要求も示されているのだろう。それは、バクダット在の契約関係のあるフリージャーナリストから独第一放送に転送されて来たと言う。月曜日の夜中11時過ぎに第一報が入ってベットから叩き起こされたのがシュヴァルツヴァルト出身のこの局の政治部長フォン・デア・タン氏である。選挙直後に勝利宣言をしてマスコミの情報操作を恫喝した当時のシュレーダー首相と凛として遣りあった公共放送幹部のジャーナリストである。

今回、このジャーナリストが話題となったのは、そのヴィデオを流さずに静止画像として放映した判断である。なぜならば、犯人の要求である放映を認めなかった事で、人質に危害が及ぶ責任を問われるかもしれないからである。事実、彼の言う大衆新聞などには、連邦外務省との話し合いでそのように決められたと報道されている様だ。しかし、インタヴューに答えて氏は、飽く迄も自主的な判断で関係各方面に50通話ほどの電話を夜中にこなし、その決断への同意を求めたと主張する。

「重要な報道が数ある中で、限られた時間に3分間のアラビア語のヴィデオを垂れ流して誰にとって何の意味があるのか、そして何よりも我々はテロリストの 宣 伝 放送ではない」と至極当然な説明をしている。

この判断に対しては、以前人質として救助されたイタリアの女性ジャーナリストなどが強く批判している。実際の状況は判らないが、情報受領の当事者となれば報道機関も自主的な判断をすべきであることには違いない。軽率な判断は避けなければいけないが、ジャーナリストとしての本懐を示す事は重要であり、良かれ悪しかれ自己の責任を表明する姿勢は立派である。その面構えに依らず腹の据わったジャーナリストと見られて当然である。

何時だか、公共放送の番組でオリエント急行に乗ってフランクフルトから戦後のイラクへと鉄道の旅をする企画があった。トルコのイスタンブールで乗り換えて、ヨルダンか何処かまで辿りついた。そこで次の目的地であるバクダットへの汽車の情報を集めた、運行はしているが不定期で来週にしか来ないと言う理由で旅を打ち切った。番組の意図としては、西欧からバクダットまでのその状況を示せばよかったのだろう。本年の制作だった様に記憶している。

今回も悲惨なイラクでの人質事件が纏めて報道されている。フランスに同調していたシュレーダー前政権が対米国の関係修復から、事後処理的にイラクの警察の指導に連邦警察官を派遣した。そして今回テロリストが政権交代の好機を狙っての犯行となったのであろう。

そのような状況を配慮しても、今回はジャーナリストの妥当な判断を示したとしか言えまい。これは絵に書いたような幻想の「報道の中立」を主張するよりも遥かに報道の立場を主張しているように思える。人質を救出するのは政府の任務であり、その政府への責任の譲渡と言うことではそれ以上に政治的な判断をする必要は無い。政府は万難を排し救出活動を行う事は当然である。

インタヴューの中で同時に民放放送局が該当のヴィデオの引渡しを要請して来た事が語られている。ネットで全てが流されるご時世にもこうしたところにコマーシャリズムが未だに生き残っているのが不思議である。勿論ヴィデオは渡さないとしてとして、商業放送のあり方を暗に批判しておりこれも天晴れである。そして、フォン・デア・タン氏の言う被害者の人権は、最も大切なのである。
コメント (4)
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