Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

考えろ、それから書け

2005-12-19 | 
ベートーヴェンの合唱付き交響曲は、ニ短調交響曲とシラーの詩の為の楽曲の掛け合わせと言われている。長い構想期間に、声楽曲ミサソレムニスが先行して出来上がっている。晩年のピアノソナタやミサソレムニスに続いて完成された最後の交響曲は、既に古典的交響曲の枠を越えていると言われる。それは、1815年のヴィーン会議後の新絶対主義に対抗する作曲家のプロパガンダでもある。

冒頭の序奏から、主題の空虚・緊張度からして交響曲として尋常ではない、更に慣習を破って二楽章に置かれたあつかましいばかりのスケルツォ楽章。そして、耽美的で長大な緩徐楽章。そして至る所に非常に暴力的でオペラティックな楽想が見付かるとしても、ここまではその秀逸した形式感などで、交響楽としての構えを辛うじて保っている。 

そして合唱の付く四楽章で、この交響作家自身「吃驚ファンファーレ」と呼ぶ喧騒の後で前の三つ楽章を回想して、その低弦に対照させて「喜びの歌」が歌われる。そしてもう一度、聴衆の肝を抜かす。「こんな音では無い、もっと気持ちよく楽しくやろう」と叙唱の前口上で、「教養」あるヴィーンの聴衆の眉をひそめさせたに違いない。これほどまでに馬鹿にされると、怒って席を立って出ていってもおかしくは無いが、実際は如何だったのだろうか。皮算用された収益は上がらずに経済的には失敗と言われている。

こうして、この作曲家は、このとんでもない四楽章で自立した絶対音楽の世界を一旦完膚無きにまでに打ち砕き、其れによって演奏会と音楽の世界を完結したものに見せかけるという「巧妙なレトリックを使っている」と指摘するのはアドルノである。自己と大衆と言うシラーの本来のテクストの分け方が、独唱と合唱になっているが、群集の合唱の扱い方などはミサソレムニスだけでなくオペラ「フィデリオ」等の扱いとも比較してみたい。

こうして見ると途中に出てくるトルコ行進曲も、対照として充分な効果を挙げている。この曲が「EUの歌」である事も決して偶然ではないのである。兄弟愛を謳い上げる時、必ずやその背反している現象が存在しており、ナポレオンへの賛美や失望を第三交響曲で表明したベートーヴェンの強かさに西欧の其れを見ても間違いではない。

2001年にヴィーンで行われた青少年の音楽会の前のレクチャーの原稿を覗くと、ヴァーグナーが1848年のドイツ三月革命の年にバリケードに囲まれてこの曲を演奏したとある。平民の強情さのようなスケルツォに対して、この革命家楽匠は「歓喜へ至る、強き敵へ向けられた誇り高き戦い」と呼んでいる。

更に、「目覚めよ百万人の人々」と、ベートヴェンが切り捨てたカントの影響を受けたシラーのテキストの部分を挙げて、それを1927年の赤旗新聞に寄稿するのはマルキストの作曲家アイスラーで、そこで世界革命に向けてプロレタリアートの連帯を呼びかけているらしい。

こうした被害はベートーヴェン自らが招いたものであるだけでなく、現在の美学的な状況にも責任を負っている。そして後期の作品群では、作曲技法のフーガ等も「あっちへこっちへの 形 式 」となって、100年後の音楽にまで影響を与える。少なくとも19・20世紀の音楽産業は、この作曲家の力によって成り立って来た。如何にヘンデルがエンターテェイメント先進国の英語圏で既に大成功していたとしてもである。しかし最近は、商業面に置いては依然影響力があるものの様々な理由から、この作曲家が徐々に疎まれて来ているのも事実であろう。

シラーに戻れば戯曲「群盗」も作曲家ヴェルディーによってオペラ化されている。ロンドンのロイヤルコヴェントガーデンオペラでの初演は、1847年当時の政局の安定した英国では検閲を受ける事も無く王室の臨席で平穏無事に迎えられた。しかし、芝居の盛んなロンドンでは原作に比べた物足りなさもあったようだ。

ゲーテに言わせると「イタリアのロマンティシスモは現実的であって生き生きとした現実に訴えかける」とあり、既に後年のヴェリズモの現実主義の芸術運動を示唆している。ハイデッカーが暗示するシラー以降の流れは、ドイツ語圏特有の現象なのだろうか?

ハイデッカーは、その講座でシラーの政治的な発言や部分的な見解には目もくれずに、難解な節を欄外の注意書きと共に、デュラーの兎やコンラッド・フェルディナンド・マイヤーの詩を、形式や美学的特筆の独自の例として挙げて、「読まずに考えろ、それから書け」と学生に教えたらしい。(シラーの歓喜に寄せて [ 文学・思想 ] / 2005-12-18 より続く)



参照:
バロックオペラのジェンダー [ 音 ] / 2005-02-20
再生旧市街地の意義 [ アウトドーア・環境 ] / 2005-11-20
遥かなるラ・マルセエーズ [ 生活・暦 ] / 2005-11-14
麻薬の陶酔と暴徒の扇動 [ 生活・暦 ] / 2005-11-02
行進しても喉が渇かない [ 生活・暦 ] / 2005-04-25
ハムバッハー・フェスト /Das Hambacher-Fest [ 文学・思想 ] / 2004-11-14
敬語の形式 [ 文学・思想 ] / 2005-01-27
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