(承前)それでは心的な理解とは何ものかと考えるべきであろう。その好例が、他の茶会を経験した元コメルツバンクの銀行勤めの女性の感想に明確に示されている。それを引用すると、次のようになる。
― 茶会はとっても気に入り、そしてとても興味深かった。私には、兎に角、あの間がしばしばなにか落ち着かなかった。きっとそれは必要な通訳から来ていたようです。それで、それも初めのうちだけであとは全く耳に入らずうわの空だった。それで茶人をじっと観察していると、その動きの意味するものが良く分かった。予め十分に「誘いの文章」を読んでいたからですよ ―
ここに書かれていることの意味は、要するに人の営みの背景にある信条とか習慣化したそれを理解しようと努力することで、その核心にある精神の機微が、心の動きが見えてくるということになる。もっと月並みな言葉で表現すると、「心」が見えるとなる訳だが、それはただ単に無声映画のテロップのように何処からともなく「心の呟き」が無作為に浮かび上がってくる訳では無いのである。
そのためには十分にその実態が言語化されて把握認識されていなければいけないのであるが、何処かの世界的な文学者の言葉と記憶するが、「熟慮して推考して言い尽くされたと思ったそのあとから湧き出てくるような殆ど言語化から解放された時点から文学が始める」と似た状態が求められているのではなかろうか。まさにここからはじめて芸術の世界が始るのである。
そのためにも知力を尽くして言語化して、科学的に抽象的なものを捉え尽くすことに努力を惜しんではいけない。そのための対話でしかないといっても良いかも知れない。(続く)
参照:
知を求めること、理解者との相関 (「断想」 _since 2004)
― 茶会はとっても気に入り、そしてとても興味深かった。私には、兎に角、あの間がしばしばなにか落ち着かなかった。きっとそれは必要な通訳から来ていたようです。それで、それも初めのうちだけであとは全く耳に入らずうわの空だった。それで茶人をじっと観察していると、その動きの意味するものが良く分かった。予め十分に「誘いの文章」を読んでいたからですよ ―
ここに書かれていることの意味は、要するに人の営みの背景にある信条とか習慣化したそれを理解しようと努力することで、その核心にある精神の機微が、心の動きが見えてくるということになる。もっと月並みな言葉で表現すると、「心」が見えるとなる訳だが、それはただ単に無声映画のテロップのように何処からともなく「心の呟き」が無作為に浮かび上がってくる訳では無いのである。
そのためには十分にその実態が言語化されて把握認識されていなければいけないのであるが、何処かの世界的な文学者の言葉と記憶するが、「熟慮して推考して言い尽くされたと思ったそのあとから湧き出てくるような殆ど言語化から解放された時点から文学が始める」と似た状態が求められているのではなかろうか。まさにここからはじめて芸術の世界が始るのである。
そのためにも知力を尽くして言語化して、科学的に抽象的なものを捉え尽くすことに努力を惜しんではいけない。そのための対話でしかないといっても良いかも知れない。(続く)
参照:
知を求めること、理解者との相関 (「断想」 _since 2004)