気温が上昇して、摂氏十五度を越える日が続いた。しかし、天気予報がいうように五時間以上もの陽射しがさすことはなく、殆ど午前中は霧に包まれた。
ライン平野の特に山沿いに霧が発生していて、ライン河が通るマンハイムやルートヴィッヒスハーフェンでは陽射しが浴びれた。そのような訳で夏時間最後の金曜日の夕方を少しだけ石切り場で過ごした。
もはや綺麗に岩肌が乾燥することはなかったが、クレッターシューへのゴムの硬さを感じて来年に期した。車のタイヤでも冬タイヤが必要なように、この温度になるともはや夏用のゴムでは対応が出来ない。
F1の慣らし運転ではないが、少しゴムを暖めてやらなければいけないが、陽射しがないところでは無理である。いつまで経っても八の字結びが身に付かない出来の悪いスポーツ医者が、キュイキュイとか言って、口でゴムを鳴らしても駄目である。包帯を結ぶようにと教えてやっても何度やっても結び目にならない八の字結びを見ていて失禁しそうになるまで笑いが何度も止まらなかった。
週末にも出かけるとかなんとか話していたが午前は抜けが悪く午後は極端に短くなってきていてもはや外では全く駄目な季節になってきた。歯医者の疲れもありフランクフルトに出かける予定をキャンセルして、少々腰にも来て前身脱力で風邪をひきそうである。
これから、月末から月頭へと、宗教改革の日、諸聖人の日、死者の日へと続く。先日購入したCDもいよいよバッハのそれへと志向も変わっていく。
シェーンベルクの協奏曲はなるほどヒラリー・ハーン嬢は弾きこんでいるようであるが、予想通り作曲家でもあると紹介されているサロネン指揮のスェーデンの放送交響楽団が全く話にならない。確か前はソニーで録音をしていたようであるがリゲティー全集の問題からそこでの仕事がなくなったのだろうか。よりによって放送局のバックアップで安くついたのかもしれないが態々こんな制作はないであろう。幾らでももう少しましな演奏の録音の出来る企画は出来た筈だ。シベリウスの方は管弦楽共にあれでよいのかもしれないが、これはなにもこの女流ヴァイオリニストに弾いて貰わなくても構わない。この録音のお陰でブーレーズ盤を改めて聞き直して、そのヴァイオリンも含めて優れたデジタル録音でありやはりリフェレンス盤に変わりないことを再確認した。
予想以上の出来は、モーツァルトの全集である。可也早い時期にどのような経過で制作されたかは知らないが、演奏録音共に成功している。それほど掛からない予算で丁寧に綺麗に仕上げられているようで、改めて当時の業界はまだ健全であったことを思い起こさせる。EMIの名に恥じない録音であるが、このCDのボックスは2001年の廉価版で、その装丁や仕上げはもはや誤りも多くて雑さが目立つばかりである。その点では、上のDGの制作の録音の悪さが嘗てのLP時代の録音の悪さそのままで苦笑させてくれるのとよく似ている。しかし前者はそのまま廉価版ではなかったので、正規の価格で購入した人にはご愁傷様と申し上げるしかない。
参照:
最後の四半期の落穂拾い 2011-10-09 | 暦
嬉しい誤算と定めた予定 2011-10-22 | 生活
疲労困憊するアポイントメント 2011-10-28 | 生活
ライン平野の特に山沿いに霧が発生していて、ライン河が通るマンハイムやルートヴィッヒスハーフェンでは陽射しが浴びれた。そのような訳で夏時間最後の金曜日の夕方を少しだけ石切り場で過ごした。
もはや綺麗に岩肌が乾燥することはなかったが、クレッターシューへのゴムの硬さを感じて来年に期した。車のタイヤでも冬タイヤが必要なように、この温度になるともはや夏用のゴムでは対応が出来ない。
F1の慣らし運転ではないが、少しゴムを暖めてやらなければいけないが、陽射しがないところでは無理である。いつまで経っても八の字結びが身に付かない出来の悪いスポーツ医者が、キュイキュイとか言って、口でゴムを鳴らしても駄目である。包帯を結ぶようにと教えてやっても何度やっても結び目にならない八の字結びを見ていて失禁しそうになるまで笑いが何度も止まらなかった。
週末にも出かけるとかなんとか話していたが午前は抜けが悪く午後は極端に短くなってきていてもはや外では全く駄目な季節になってきた。歯医者の疲れもありフランクフルトに出かける予定をキャンセルして、少々腰にも来て前身脱力で風邪をひきそうである。
これから、月末から月頭へと、宗教改革の日、諸聖人の日、死者の日へと続く。先日購入したCDもいよいよバッハのそれへと志向も変わっていく。
シェーンベルクの協奏曲はなるほどヒラリー・ハーン嬢は弾きこんでいるようであるが、予想通り作曲家でもあると紹介されているサロネン指揮のスェーデンの放送交響楽団が全く話にならない。確か前はソニーで録音をしていたようであるがリゲティー全集の問題からそこでの仕事がなくなったのだろうか。よりによって放送局のバックアップで安くついたのかもしれないが態々こんな制作はないであろう。幾らでももう少しましな演奏の録音の出来る企画は出来た筈だ。シベリウスの方は管弦楽共にあれでよいのかもしれないが、これはなにもこの女流ヴァイオリニストに弾いて貰わなくても構わない。この録音のお陰でブーレーズ盤を改めて聞き直して、そのヴァイオリンも含めて優れたデジタル録音でありやはりリフェレンス盤に変わりないことを再確認した。
予想以上の出来は、モーツァルトの全集である。可也早い時期にどのような経過で制作されたかは知らないが、演奏録音共に成功している。それほど掛からない予算で丁寧に綺麗に仕上げられているようで、改めて当時の業界はまだ健全であったことを思い起こさせる。EMIの名に恥じない録音であるが、このCDのボックスは2001年の廉価版で、その装丁や仕上げはもはや誤りも多くて雑さが目立つばかりである。その点では、上のDGの制作の録音の悪さが嘗てのLP時代の録音の悪さそのままで苦笑させてくれるのとよく似ている。しかし前者はそのまま廉価版ではなかったので、正規の価格で購入した人にはご愁傷様と申し上げるしかない。
参照:
最後の四半期の落穂拾い 2011-10-09 | 暦
嬉しい誤算と定めた予定 2011-10-22 | 生活
疲労困憊するアポイントメント 2011-10-28 | 生活