Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

日本を照らす原子力!

2012-03-11 | 生活
承前)丁度一年前の体験を科学的に根拠付けておこう。朝早くからがさがさとしたので目が覚めたのだった。時計の針は朝の七時前であった - 日本時刻で3月11日15時前のことであった。

オーストリアの地質観測所網のHPによると地震波は12分後にアルプスで観測されている。その伝わり方は良く分らないが恐らく地球の表面を伝わるP波が観測されてそれから一時間以上に渡ってエネルギーが送られ続けたようである。

震源からアルプスまでと、ここまでの伝播距離の差は精々500KMほどなので時間にして一分ほどの差異であろう。発生は日本時間で14時46分23秒であるから、こちらの時刻で6時46分23秒である。それから12、13分後にざわめきで目が覚めたのであった。それから暫くしてTVで津波の惨状を目の辺りにするのだった。

フランクフルターアルゲマイネ紙は福島を取り巻く現在の様子を伝えている。驚かされるのが今でも原発副読本が小学校で使われていることで、その内容の変遷を扱っている。その天下りの制作グループの破廉恥さとかメディアを巻き込んでの広報活動を伝える。星野仙一の関電のスポットの恥さらし振りを紹介して、金浸けにされた地元住民の姿を赤裸々に描いている。新幹線の福島駅では若い女性が、「東京人は福島人を馬鹿だと見做している」と怒こる。

星野仙一などの原発推進で原子力むらから稼いだメディアや芸能芸術関係団体を含む連中がその全額を寄付として原発被災者に返金するのは当然であるが、そのような金では足りないのである。だからドイツからの支援金で子供を休暇には少しでも福島市内から安全な場所へと連れ出そうとする家族の苦難が描かれる。何よりも何一つ信用するものがなくなった疑心暗鬼が市民を蓋い、そこに不安が横たわる。とても少々の金ぐらいでは足りないのである。

その一方、今でも原発推進へと金を投資する連中の真意が分らない。それどころか、福島以後にも風評被害監視をする団体が発足して、フード・コミュニケーション・コムパス「Food Communication Compass」(フード・コミュニケーション・コンパス 略称:フーコム)として活動していることなどは正気の沙汰ではない。背後にはそうした政府の意向があり、原子力むらはゾンビのように何度殺されても死なない。一網打尽にしょっ引いて刑務所にぶち込むしか方法はないのである。善良な市民は蜂起すべきである。

こうした記事の内容を読むと、殆ど想像のつかない日本の社会がそこにある。考えられるのは、バブルが弾けて行き場を失ったバブル金がそうした原子力むらにデポされて、そこで核反応のように核燃料として注がれているとしか思われない亡者の巣窟があるのだ。現在進行中の日本の社会秩序は北朝鮮のそれと殆ど変わらない。ドイツの公共放送や高級紙で伝えられる内容が日本のメディアでも十分に共用されて広く伝えられない限り、そこには報道や表現の自由などは存在しないのである。(続く



参照:
Im fröhlichen Atomkraftland, Tobias Weiss,
Nicht zu lange draußen spielen, Carsten Germis, FAZ vom 9.3.2012
Das Tohoku-Erdbeben in Japan am 11. März 2011 Allgemeine Informationen zur Zentralanstalt für Meteorologie und Geodynamik (ZAMG)
地震を感じて目が醒めた一日 2011-03-11 | マスメディア批評
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

先進工業国初の原発零?

2012-03-11 | マスメディア批評
三月十一日を前にフクシマ関連の報道が盛んである。車中のラジオでは、ドイツよりも遅れながら急激な脱原発に迫られている日本の姿に注目している。このまま全機を停止させれば工業先進国初の原発零国となる。その現実性は、現在まで停電することなくやってきており、夏場のピークの乗り切りであろうとして、長期的には化石燃料以外の再生可能エネルギーへの急激な転換によるとされる。その技術面でドイツよりも遥かに遅れながらも、実際にはドイツでも日本の太陽光発電設備が使われていることなどから、政治社会的な動きに左右されるだろうと考える。

三月に入ってからのドイツ公共放送のアーカイヴを一望した。ARDとZDFのTVは其々これまでと同じ基調で特番報道番組を流しているが、後者では過激な番組制作の東京特派員ハーノが菅直人に独占インタヴューした内容が注目された。結論からすると、ドイツからの視点として重要な質問は全て単刀直入に為されたが、前首相の回答は多くははぐらかしであった。寧ろ、そうした様子を話者の表情の大写しと共に客観的に捉えた構成は高く評価したい。

そこには政治家としてのまた個人としての菅直人が包み隠さず映し出されているが、それ以上にここでも事故調査委員会に求めた判断の経過については一切の言及がなかったことでも、議事録を取ることの出来ないとんでもなく際どい判断がそこにあったことを伺わせた。最新の原子力災害対策本部の議事概要メモ書きなどの発表によると玄葉光一郎国家戦略担当相がそこで発言していて官僚のサボタージュどころではない最も高度な政治判断がそこでなされていたことは明らかである。

恐らく先の開戦から数えるほどしかなかったような政治的な判断がそこでなされたことは確かであって、この時点において議事録が無いと言うような公式見解は「その内容を最高級の極秘情報化した」と語っているに他ならない。こうした席において各政治家が秘書官なりのプロトコールによる発言の明確化の保障もなしに発言することなどはありえない。それは政治家として唯一自己の正当化を護れる方法であるからだ。総理官邸は料亭ではないのである。

それゆえに前首相は、自らの最初の「国民への呼びかけの偽りの内容」についてもお茶を濁して、只状況判断が出来なかったことで十分な避難誘導を出来ずに無駄な被曝をさせたことに遺憾の意を示したに留まった。それどころか、マスメディアを含む日本の各界が原子力村の勢力化にあることを示唆して本質的な問題から目を逸らそうとしている。

同じようにネットで観た東電会見での質問の風景は東電の松本部長代理を大写しにしながら「その慇懃無礼の犯罪者の表情」を遠慮なく写し取る。更にテプコの現地対策本部での懸案の四号機補修の耐震対策への問いかけへの回答はそのもの311前にテプコがとっていた態度と同じ姿勢を編まなく映し出していて、視聴者を震撼させるに十分である。その足で元GEの社員の住むサンフランシスコに飛んで、如何にテプコが嘘つきで、原子力村が強力な権力を持っているかを傍証していく。

こうした映像表現はとてもIWJなどネット報道では表現出来ないもので如何にもZDFらしい踏み込んだ映像ジャーナリズムの表現をしている。しかし一連の報道姿勢は物議をかもしたものとは違って客観報道をベースにしているだけにとんでもない迫力に満ちている。多くの視聴者に齎した効果は計り知れない。

そうした表現の一つに、海上からの接近や住民である原子力エンジニアーに同行しての数キロ圏への接近での発電所の近景の映像は、時期などは異なるがヴィデオジャーナリスト神保哲生の映したもののその比ではない迫力である。なるほど一時帰宅への同行であるから必ずしも直接線量は高くはなかったのであろうが、まるで達観したかのようなマスクなどをしないエンジニアの態度と共にとても強烈な印象を与えた。まるで腹切りの介錯のようでとても日本のマスメディアでは映像化出来なかったであろう。(続く



参照:
Atomkrise in Japan - Naoto Kan,
ZDFzoom: Die Fukushima-Lüge,
Fukushima: Ein Jahr nach der Katastrophe (ZDF/MediaThek)
中間報告書へのコメント 2012-01-30 | マスメディア批評
日本社会の民主化に向けて 2011-10-11 | マスメディア批評
喧嘩を売買する報道姿勢 2011-09-16 | マスメディア批評
公共放送の大いなる使命 2012-03-01 | マスメディア批評
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする