今回のドロミテ行の特徴は、所謂ヴィア・フェラータと云われる整備された登攀路を辿ることにあった。「天に昇る梯子」である。同行者の半数がフリークライマーで、半数が当てはまらないことが、その内容の一端をあらわしている。
登攀の特徴として、安全ベルトに蛸足のような二本の環を出して、ワイヤーロープに交代に引っ掛けていく。そうする事で、ワイヤーの支点で引っかかって転落を防ぐことが出来る。このセットをドイツ語ではクレッターシュタイグセットと呼ぶ。
安全はある程度確保されている分、ぐいぐいと高度を稼いでいくのが醍醐味で、詰まらぬ事を考える暇は無い。
ドロミテの場合は、峰が鋭く衝立のように切り立っているので、山を登るだけでなく、その反対側へと回り込むのにもしばしばこれが必要となる。こうして設定されたルートは、大きく谷を回るのとは違い、短い距離で高度を稼ぐ事が出来る。
そのような状況から、小屋から小屋へと荷物を担ぐ渡渉は、大きく月面のように広がった岩の台地を渡るにせよ、岩峰の中間を走る捲き道を通るにせよ、他のアルプスの地域に比べると足元が悪い。勿論、クレッターシュタイグと云われる登路を荷物を担いで移動するには、上体の腕力だけでは叶わない。強靭な足腰を普通以上に酷使する必要がある。
それでも谷間に遊ぶイタリアの少年団の子供たちは声を合わせポリフォニーを奏でて、羊たちもかなり上部までベルなどを響かせる。切り立っている分、谷も浅く、深遠な渓谷とは程遠い。
設定されるルートには、三千メートル峰の頂上への歴史的な登攀路が整備されたものから、小さな峰に遊び心を持って設置されたものまで、その傾斜から通常ならば困難度三級の岩場から六級以上の岩場に設置されている。
標高差千メートルをこうして登る岩壁は、決してエリートのためのものではないが、その大きさから決して馬鹿にできるものでもない。実際その多くは、20世紀の初頭の壁の時代から鉄の時代に新たに設置されている。
標高差六百メートル以上の岩壁が数多く存在するこの地域から、数多くの世界的なクライマーが輩出している。そうした岩壁の登攀の基本が凝縮しているのがこれらの設置された岩肌である。登山をスポーツとして見た場合、ここにおける全ての登山活動は、それが古代オリンピックの五種競技の様に輝いている。
英国人の紳士気取りもドイツ人のロマン気取りもフランス人の美学気取りも、ここには存在しない。あるのは削ぎ落とされた岩壁と灼熱のような憧憬だけである。
昔は、見知らぬ人でも必ず「こんにちは」と挨拶したものですが、ドイツでも、お互いに「Guten Tag」と言うのでしょうか。
挨拶は、細かな言語圏によって言葉は違っても、意味はあまり変わり無いです。南ドイツになると「グリュースゴット」が使い良いですが、ドロミテでは「ボンジュルノ」も良く使います。