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映画・演劇のレビュー

『ヒメアノ~ル』

2016-06-13 21:43:01 | 映画

吉田恵輔監督が本格的にアイドルタレントを使って東宝系全国公開作品を手掛けた記念すべき作品なのだが、彼は手心加えることなく、それどころか、ここまでやってもいいのか、と思うわせるほど過激に見せる。主演は森田剛。映画初主演にして、こういうとんでもない犯罪者をリアルに演じて本当にこの気味の悪い男はジャニーズのアイドルなのか、と思わせる。ストーカーで、残酷な殺し、レイプ、を平気でする。頭がおかしい男なのだが、この底知れない怖さに腰が引ける。関わりたくないという恐怖と嫌悪感。すさまじい。

 

映画は前半、濱田岳とその先輩ムロツヨシの話で、森田は背景でしかない。だが、この不気味な存在感は圧倒的だ。関わるべきではないのに、かかわることになる。濱田岳がいつものように素晴らしい。存在感のない男を見事に表現。主役なのに、その気配のなさ。タイトル上では森田が一番にクレジットされるが、これは実質、濱田主演の映画だ。(出番も彼が一番多い)

 

森田の行為へと、シフトするところで、初めてメインタイトルが浮かび上がる。映画が始まってもう50分近くがたっているはずだ。たぶん。全体の折り返し点で意表を突くようにメインタイトルが出るのも、吉田監督らしい。たしか、デビュー作『机のなかみ』でもこの完全2本立を採用していた。1本の映画なのに主人公の位置関係が変わり別の映画の様相を呈する。

 

それだけではない。このエロも彼らしい。「R15+」は残酷シーンのためだけではない。エロもそうなのだ。殺して犯すではない。濱田と彼女である佐津川愛美の濡れ場がちゃんと描かれる。それが森田の殺しのシーンとカットバックされる時の緊張と興奮。こんないやらしい映画はない。人間の嫌な部分を、これでもか、これでもかと、快感として描く。セックスが嫌な一面というのではない。欲望というものが、そうなのだ。そこには愛がないわけではない。濱田は彼女に優しい。彼女も彼を好きだ。だけど、彼らの行為が美しくはない。それは感情移入できないからだ。完全に盗み見している感じなのだ。だからいやらしいのは彼らではなく、この映画を見ている僕のほうなのだ。それは森田の殺人シーンにも通じる。リアルな殺しの現場を盗み見してる。犯罪者は彼だけではなく、見ている僕も、だと思えてくる。人間の本能を生々しく描く。

 

だが、そこをほんとうに担うのは主演のふたりではなく、なんとムロツヨシなのだ。濱田のバイト先の先輩で佐津川に恋心を抱いている。ストーカーなのだが、本人は純愛で、自分の熱意がいつの日にか彼女の心を動かすと妄信している。怖い。先輩の恋を応援していたはずなのに、佐津川から告白されて付き合うことになる濱田岳の純情。そんなふたりを殺そうとするのが森田である。彼もまた佐津川のストーカーだった。というか、最初は彼のストーカー行為をなんとかしたくて、濱田は彼女とかかわった。もちろん、それもまた、ムロツヨシに頼まれたためなのだが。

受身でしかなかった濱田が、徐々に彼女のために積極的になっていく。99分間、どこにたどり着くのか、予断を許さない。おとなしい、目立たない、地味なだけの男。今まで女の子と付き合ったこともない。それなのに、佐津川のようなかわいい女の子から告白される。でも、舞いあがらない。自分なんかが彼女に愛されるなんて信じてない。どこまで行ってもこれは現実ではないと思って距離を置いて付き合う。その微妙に醒めた感じがリアルだ。そして、彼を追い詰めていく森田もまた、そうだ。殺そうと思うといつでも殺せる。でも、なかなか殺さない。回り道は遊んでいるのではない。ましてや楽しんでいるわけでもない。彼は異常者で、普通の人間とは違うからなのだ。その行為には整合性なんかない。辻褄も合わない。だから、よけいに怖い。

 

森田が濱田に言う。「おれたち底辺の人間は一生底辺なんだよ」と。絶望感ではない。事実として事実を認識する冷静さ。自棄になっているのではない。もうすでに壊れているのだ。修復不可能。濱田は高校の同級生だった。森田が虐められているのをずっと見ていた。最初は友達だった。なのに、自分も虐められそうで怖くて逃げた。散々虐め抜かれた森田は虐めの主犯者を殺してしまう。タガが外れた。

 

ラストで、高校時代に戻る。まだ、何もなかった頃。幸福だった時間。そのなんでもない風景が心に沁みる。凄い映画だ、と絶賛するまでには至らない。けれど、近頃こんなにも刺激的な映画は他にない。

 


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