昨年の『海街diary』が素晴らしかった。先日たぶんこの映画の宣伝のためにTVでやっていた。たまたま家に帰った時、放送中で、ほんのちょっと、と思い、見初めたら結局最後まで見てしまった。止まらないのだ。映画館で見た映画をTV放送でやっていても普通は見ない。なのに、目が離せなくなった。しかもなんだか涙が止まらない。別になんでもないようなシーンで泣いている。
これは昨年僕のベストワンにした作品だ。今までの是枝映画とは少し違う。原作があるから、という理由ばかりではない。甘いというわけでもない。ただ、とてもストレートな映画だった。お話にはなんの仕掛けもない。ただ四姉妹の生活のスケッチだけ。なのに、そこには家族とか、恋人とか、仕事とか、そんなこんなの、生きることとか、人生の大切なもの、すべてが詰まっている。是枝映画の集大成ではないか、と思った。
さて、今年も是枝映画だ。今回はまるで『歩いても歩いても』の姉妹編のような作品デザイン。でも、実際見た映画自体の印象はまるで違う。こんなタイプの是枝映画は初めてで戸惑う。コミカルな描写なんかが、ある。でも、主人公の阿部寛にまるで共感できない。わかりやすい男なのだが、生理的に受け付けない。是枝さんはこいつをいい奴だとも、わるい奴だとも言わない。阿部ちゃんもこの男をさりげなく、そのままに演じた。
映画は最初から最後までどこにもいかない。台風の夜、壊れた家族が再び一瞬通い合う。だが、翌朝には、また元の状態に戻る。あれは台風の夜で、特別な時間だったから。上映時間の2時間の間、ストーリーの展開は何もない。だから、なんだか、納得しない部分もある。だけど、描こうとしたのはこの停滞した時間だ。そこにあるあれやこれや、だ。
作家気取りで、ふらふらして暮らす男。(いや一冊だけ、本を出版した。しかも、その小説で「島尾敏雄」文学賞(そんなのあるのだろうか? でも、太宰治賞なんかよりもすごく納得させられる)を受賞した。だが、その後は鳴かず飛ばずで、書けない。延々と続くスランプにある。もう文壇からは消えている。というか、話題になったのは一瞬だけ。今は探偵のアルバイトをしている。ギャンブルに嵌り、妻から離縁された。
冒頭の一人暮らしの母親のところに行くシーンがいい。団地の4階。古い団地にはエレベーターもないから、年老いた母親は苦労している。でも、彼女は元気にしている。そんな母親に甘える。40過ぎてなんだか、情けない。一度は結婚もして、子どももいて、作家として本も出した。なのに、今はこんなふうにフラフラしているばかり。
見ていてなんだか、どんどんつらくなる。まるで自分のことのようだ。(もちろん、僕が彼のようにギャンブルに明け暮れて、身を持ち崩しているわけではないけど)へんにブライドは高くて、俺はこんなんじゃない、と思う癖に、何も出来ない。(あっ、それも僕とはまるで違うけど)
作者はそんな彼を肯定も否定もしない。この男は変わらない。悪い男じゃない。でも、ダメな男であることは明白だ。母と息子。これから先どうなるのか、わからない。やがて、母がぼけてくる。介護が必要になるのもすぐだろう。その時この男は何をしているのだろうか。少しは、変わっているのか。これはまるで是枝版『男はつらいよ』ではないか、と思う。もちろん、阿部寛が寅さんである。