習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

缶の階『舞台編』『客席編』

2014-12-17 21:26:06 | 演劇
この作品にはタイトルがない。チラシには大きく「劇場を舞台にした二つの作品を上演します」とある。だが、その作品のタイトルはどこにも書かれていない。舞台編『ヒーローに見えない男 缶コーヒーを持つ男』、客席編『椅子に座る女 椅子を並べる男』と、書かれてあるから、これがタイトルなのかもしれないけど、それはあくまでも便宜上のものでしかないことはそのそっけなさから、明らかなことだろう。そう言えば、演出のクレジットもない。作者の久野那美さんが担当したのだろうが、敢えて書かない。

このスタイリッシュな作品は、謎ばかりで、一体どんな芝居がそこに展開するのか、想像もつかない。だから、気になっていた。しかも、告知は公演の1年前くらいから始めていたのではないか。借りチラシで、こういう企画をします、という予告が挟み込まれていた。

2つの劇場で同じ芝居とします、というのも驚きだった。しかも、期間をあけて、ではなく、連続で、である。目と鼻の先にある船場サザンシアターとウイングフィールドで、土日と月火の4日間の公演だ。そこにはいかなる意図があるのか、気にならないか? 

それぞれの劇場の特性を生かして、見せる、というのが作り手の意図のようだ。観客よりもまず、自分たちが楽しんでいる。なんだか、それってずるいぞ、と思わないでもないけど、でも、まず自分たちが楽しめなくては、観客は楽しめないかぁ、とも思う。僕はウイングで見たのだけど、先にサザンシアターで見た寺岡さんから、あちらでの上演スタイルをひそかに教えてもらった。なるほど、ってね。ささやかな話だから、ここには書かないけど。

まず、客席編を見た。片桐慎和子と七井悠の2人芝居。ある芝居を見に来た観客のお話だ。劇場には客が2人しかいない。もうすぐ、開演となるのに、それ以上のお客さんは来ない。舞台上は使わない。客席最前列が、この芝居のアクティングエリアとなる。舞台は幕が閉まったままだ。開演までの時間が描かれる。彼女は以前この芝居を見た。今回は再演となるようだ。彼女は芝居フリークではない。前回の公演が芝居の初体験だった。そして、今回は2回目。なぜ、ほかの芝居ではなく、これだったのか。それは、この芝居をもう一度見たかったから、という単純な理由から。もうひとりの男は、「芝居では再演は前回そのままの作品として上演されない場合がある、」と言う。それを聞いた彼女は納得がいかない。だって、「もう一度あの作品が見たかったから、」と。こうして、この2人の、芝居をめぐるおしゃべりが描かれることになる。

実に刺激的な作品だった。まずは劇場でたぶんこの劇場自身をを舞台にした芝居を見る、というその構造を楽しむことになる。すると、見ながら、ここがどこだったのか、自分が何をしているのか、そんなことすら曖昧になる。小さな魔法のような作品だ。そして、彼が「自分はこの芝居の登場人物だった」ということを告白する。上演される前に削除された人物。だから、芝居にはもう登場しない亡霊。この設定が次の舞台編に引き継がれる。(というか、そこではそのことが大々的に前面に出てお話が展開していくのだが、そのことはもう少し後で書く。)

1時間の作品が、彼らがそこで交わした時間とシンクロする。女が劇場に入ってきて席に座り、芝居の始まるのを待つ時間がこの作品の前半。後半は、いつまでたっても芝居の上演が始まらないわけを語る男との問答が芝居になる。手の込んだ仕掛けが施され、僕たちのもらったチラシの束にはさりげなく、この劇中の芝居のチラシが挟まれている! いろんな意味で小劇場の芝居の楽しさが満載された作品になっている。

1時間の休憩の後見た『舞台編』は太田宏と諸江翔太朗。こちらは、もちろん舞台上が舞台となる。しかも、普通の芝居のスタイル。装置の搬入を待つスタッフ(役者でもある)と、そこに現れる台本から削除された役の男。彼はヒーローを演じるはずだった。主役のはずだったのに、台本から彼の役がまるごと消された。舞台の亡霊となって彷徨う。こちらは単純に会話劇として楽しめる。そのぶん、『客席編』のようなドキドキはない。

2本の作品を並べると、本当と嘘の狭間で見え隠れする演劇の真実が垣間見える。気がする。原初的な意味で、お芝居って何か、を問われた気になる。そこに役者がいて、彼らが見せる虚構の世界が現実の肉体を通して表現され、それは目の前で演じられることで、圧倒的なリアルとして迫ってくる。ただ、そこで演じているだけなのに。でも、それは本当にそこにあるから。

不思議なお芝居だった。でも、そんな不思議を、僕たちは無邪気に楽しめた。それはとても気持ちのいい時間だ。



コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 坂木司『ワーキング・ホリデ... | トップ | 劇団きづがわ『東の風が吹く... »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
12月27日缶の階追加公演のお知らせ決定 (缶の階)
2014-12-20 21:51:07
習慣hirose様

詳細なレビューを掲載いただきありがとうございます。
公演を見てくださった方のご感想は出演者、スタッフの大きな励みとなります。

ところで、来週の週末、12月27日(土)に
この公演の追加公演が決まりました。
このレビューをご覧になって興味を持ってくださった方に、追加公演のご案内をこちらでさせていだたくことは可能でしょうか?

以下に公演情報を書かせていただきます。
もし、こちらのブログの趣旨に反しないようでしたらどうぞよろしくおねがいいたします。

**************

2014年12月27日(土)
缶の階追加公演

14時〜客席編(1時間)
16時〜舞台編(1時間)
18時〜舞台編+客席編(1時間 休憩15分 1時間)

詳細はwebにて。
ご予約開始しております。

WEBサイトには先日の公演の振り返りも載せておりますどうぞご覧くださいませ。
http://homepage2.nifty.com/floor/can/
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。