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映画・演劇のレビュー

町田そのこ『ドヴォルザークに染まるころ』

2025-01-27 21:37:00 | その他
このタイトルがいい。カバーの小学校の絵もいい。校舎から校庭を望む。傘立てには2本の傘。夕暮れ。なんだか少し切なくなる。お話はこの絵そのまま。

廃校が決まった小学校が舞台となる。北九州の田舎町。そこで暮らす人たち。5つのお話。廃校になるこの学校での最後の秋祭りの1日。描かれるのはそこでのさまざまなドラマ。

これも最近よくある短編連作だけど、こういうのが今は読みやすいから読者にも喜ばれるのだろうか。ただ、これは町田そのこだから、必ずしも読みやすいというわけではない。一癖も二癖もあるお話はいつも通りで重くて暗い。ここに残りずっとここで暮らすこと、ここから出て行くこと、さまざまな人たちのそれぞれの思いや思惑が交錯する。

普段なら下校時間を知らせるドヴォルザークの「家路」が流れて、生徒たちは家に帰る。だけど、この日はドヴォルザークは秋祭りが終わる合図だ。子どもたちだけでなく、ここに来たすべての大人たちも帰り始める。この1日が終わりまた明日が来る。秋祭りの後、来春にはこの小学校は廃校になる。

小説は衝撃的な幕開けから始まる。「担任の先生のセックスを見たことがある。」という冒頭の一文。6年の時の話から始まった。彼女は今はもう大人になり、あの時の担任の気持ちがわかる気がする。新婚だった担任は画家の男と駆け落ちした。そしてあの時の12歳はもう40に手が届く。なのにまだあの日に囚われている。

3話の冒頭は「夫と最後にセックスをしたのは、いつだっただろう。」という一文である。もちろんエロ小説ではない。他のエピソードも同じ。ただ生々しい告白が続くからキツい。4話は「気持ちが悪い。ブラジャーって、こんなに気持ち悪いものなのか。」から始まる。ただこのエピソードは廃校になる小学校の生徒たちの話だ。ほんとなら彼らがこの祭りの主役になるはず。なのに彼らは蚊帳の外。大人たちがこの祭りを仕切る。このお話も。

だけどこのエピソードはやはりあくまでも子どもたちが主人公の話だ。ここまで読んでようやくほっとする。それまでの大人たちの話はしんどい。ここまでの3話は、生々しい告白から始まり、30代、40代の女たちの憂鬱が描かれる。だがこのエピソードは現役小学生の視点から大人たちを見つめる。シビアで、切ない。子どもは自由じゃない。大人に影響されて、人生が左右する。

最終話は途中からまさかの展開だ。最初の駆け落ちした担任の話に帰ってくるのである。そしてここまでのすべてのお話に決着をつける。秋祭りの1日が終わるまでに。子どもたちのドラマと彼らの親たちのドラマ、さらにはその上の世代まで含めてこの小学校を巣立った人たちすべてがここに別れを惜しみながら、再びここから新しい旅に出る。これは結果的に、こんな感じである特別な1日を描いた長編小説に仕上がった。

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