
今関あきよし監督の映画だ。彼が10代だった頃作っていた8ミリ映画が好きだった。かわいい女の子たちがスクリーンの中で生き生きしている。そんな姿を活写する。ただ、それだけの映画。でも、そんな無邪気な美少女映画は、いやらしい映画ではなく、ほんとうにさわやかだったのだ。
なのに、この映画の主人公の若い教師はいやらしい。どうして、こんなことになったのか。50代になった今関監督は今も昔も変わらない。8ミリの自主映画でなら許せたことも劇場用の劇映画では許されない。いい年した大人を「無邪気」という一言で解決するわけにはいかないからだ。
久々の新作ではないか。『アイコ16歳』で劇映画デビューして以降、常に少女たちを主人公にした映画を作ってきた。その一貫した姿勢はそれはそれで立派だと思う。だけど、主人公の少女たちは少女のままでも、あなたはそうじゃない。その残酷な現実を映画は見つめるべきだった。なのに、彼もまた変わらない。そうして映画は無残なものとなる。
わざわざウクライナにまでロケに行った映画である。変わらない姿勢はそれでいい。だが、そこには映画としての最低のリアリティーは必要だったのではないか。22歳の新任教師が赴任先の美少女に恋をする。そんなお話をきちんと立ち上げる台本が欲しい。さらには、今も8ミリカメラを回している時代遅れの男の子という自虐的なネタを愛おしいものとして僕たちに伝えなくては意味がない。フジカシングル8なんて持ち出すだけの勇気があるのならば、それをちゃんと意味あるものとして、提示しなくては。
僕は絶対彼の擁護者だけど、せっかくのチャンスをこういうことで自滅して潰すのは納得いかない。これはただの美しい純愛映画でいいのだ。もう誰もが顧みないようなそんな古典的映画を彼だけが今も作る。それでいいではないか。だが、それを丁寧に愛おしく作り上げなくては意味がない。これでは子供騙しにもならない。