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映画・演劇のレビュー

『セデック・バレ 太陽旗』

2012-03-15 19:06:15 | 映画
昨年台湾で大ヒットしたこの超大作は、今回の大阪アジアン映画祭の目玉番組であろう。2部作、計4時間34分のオリジナル・ヴァージョンが、シネヌーヴォーとABCホールで1度ずつ、計2回のみ上映される。昨日(3月13日)、最初の上映があり、劇場に行った。ギリギリで入場できたが危なかった。あと10分遅れていたなら、入れなかったことだろう。ラッキーだった。最大限の立ち見も含む超満員の熱気の中で映画を見るなんてことも久しぶりの体験だった。最近の映画は全席指定がほとんどなので、立ち見なんてないが、昔の人気映画は、いつも立ち見がいっぱい出て、ドアが閉まらないほどだった(いつの時代の話か!)こともある。なんだか懐かしい。

 さて、期待の一作なのだが、正直言うとそれほど面白くはなかった。渾身の力作であることはわかる。この作品を作ることがどれだけ困難だったのかも、十分に理解できる。だが、今、このお話を見せることにどれほどの意味があったのか、これではわからない。台湾人にとっては、これは意味深い映画でも日本人にとってはそれほどのことではない、とか、そんな意味ではない。例えばホウ・シャオシェンが『悲情城市』を作った時の切実さ、そんなものがここには感じられないのだ。

 日本人に対する見方も、ただの征服者ではなく、彼らが蛮族に知性と教養を与える使命に燃えて入植してきた、という側面を描くべきだ、なんていうバカなことを描け、とは一切思わないが、単純な善悪ではないものが、確かにそこにはあったはずで、そこがもっと掘り下げてあればよかった。「でも、日本人にもいい人も悪い人もいた」なんてことはどうでもいいのだ。立場が変われば見え方が変わるのは当然の話で、この映画は主人公であるセデック族の族長モナの視点から統一して描くので、そこはいいと思う。ただ、彼の考えが正しいわけでもないのも当然のことで、映画は単純に彼一人に感情移入させるわけではない。いくつもの視点から日本人による統治の問題点が見え隠れする。そこで事件が起こる。ここまでは問題はない。

 これは霧社事件を通して民族の誇りを描く映画ではない。だいたい台湾の首狩族自体がいくつもの部族に分かれていて、彼ら自身が常に争いを続けてきた歴史がある。映画は冒頭で部族間の闘争をちゃんと見せる。それが日本への台湾譲渡によって、図式が変わっただけのことなのだ。この国には内省人と外省人の問題だって、ある。ここで描かれる土着の台湾人がイコール台湾であるわけもない。この映画を見るのは、今の台湾人で、ましてやこれがセデック族の人のため、民族教育のための映画であるはずもない。では、台湾でこの映画がどう受け入れられたのか。このドラマの中に、何を見るのか。そこがよくわからないから、つまらないのだ。民族のアイデンティティーを描く上で少数民族の視点から普遍に到るという構造が弱い。

 だが、これはただの勧善懲悪なんかではない。昔のアメリカ映画の西部劇で、インディアンが悪の開拓者たちを倒すなんて映画とは違うのだ。(そんな映画ってあるのかなぁ?)ラストで決起して虐げられたものたちが、虐殺をする。この日本人たちを皆殺しにするシーンは残酷だ。どんどん首を刈る。それが彼らの戦いだからだ。野蛮な行為だと文明人は言うはずだが、それは彼らにとっては正しい行為であり、文明の視点の相違でしかない。これはただの殺戮ではなく、聖戦なのだ。だが、この映画のクライマックスを見ながら、きっと誰もがカタルシスを感じはしないだろう。それは台湾人だとか、日本人だとか、そんな問題からではない。人が人を殺す行為が快感になるなんてことはない。たとえ映画の中であろうとも。単純な娯楽活劇は嘘の世界だから、あるかもしれないが、そうじゃない映画に於いては、不愉快なものでしかないはずだ。この第1部は延々と続くこの殺戮で幕を閉じる。

 もちろんこの後、きっと更なる過激な日本人による報復が待ち受けることは、考えるまでもない。映画の本当のテーマはきっとそこから見えてくるのだろう。最初から2部作として構成していたのではない。膨大になった作品をちゃんと見てもらうための仕方ない処理だ。監督のウェイ・ダーション(魏徳聖)の描きたかったものはこの後の『虹の橋』の中に示されることだろう。この映画がどこに行き着くのか。それを見なければ、この映画に評価を下すことは出来ない。



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