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映画・演劇のレビュー

『僕達急行』

2012-03-15 20:11:37 | 映画
 これが森田芳光監督の最期の作品になった。信じられないことだ。『のようなもの』(81)がロードショーされた時から、ずっとリアルタイムで27本(ロマンポルノも含めて)すべての作品を劇場でロードショー時に見てきた。森田監督とともにこの30年ほどの日々を生きてきたと言っても過言ではない。誰よりも大好きな監督だった。もちろん他にも好きな監督は何十人もいる。だけど、こんなにも同じ時代を生きた、と言い切れる人は他にはいない。年齢的にも、ほんの少し年上の兄貴って感じで、彼が作るものは、同じ時代を生きる僕たちの気持ちを見事に代弁してくれていた。『家族ゲーム』でブレイクしたときはうれしかったし、『失楽園』で顰蹙を買ったときも、僕だけはあの作品が嫌いではなかった。もちろん出来不出来は彼のような天才にもある。でも、どんな作品を作ろうともそこには確かに彼の存在が刻印されていた。お仕着せの自分らしさのかけらもないような作品は1本も作らなかった。

 ラストシーンであるクレジットバックを見ながら、涙が溢れてきそうになって困った。だって、明るくてこんなにも楽しいコメディー映画を見たのに、涙はないだろう。本人もこれが遺作になるなんて思いもしないで撮影されていたのではないか。僕たちはもう彼がこの世の中にはいなくて、この作品を残して亡くなられたことを知っているから、どうしてもこれで最期なのだ、と思わずにはいられない。まるで初期の作品のような初々しいタッチのライト・コメディーで、そんなこともなんだかうれしい。

 偶然出会った鉄道好きの瑛太と松山ケンイチ、この2人が主人公だ。彼らは一緒にいろんな話をして、いろんなところを旅する。それぞれ、仕事では、別々のところでさまざまな経験をする。でも、休みの日には大好きな電車に乗って楽しい時間を過ごす。映画はノーテンキにそんな2人と、その周辺の人たちの姿を活写する。出て来る人はみんな「へんな人」ばかりだが、それがおもしろい。なんだか、これは『のようなもの』の頃の森田映画みたいだ。人間っておもしろい、と言った若き日の森田監督がここにはいる。この映画はそんな軽やかさが身上だ。巨匠の仕事ではなく、いたずらで、まだ若い監督が楽しそうに作るプログラムピクチャーのようだ。でも、今の時代、そんな余裕のある映画はない。若い監督の作品はもっとぎらぎらしていたり、へんに受けをねらっていたり、つまらないものも多い。でも、この映画は全然そんなことがない。自由自在に映画を楽しんでいる。鉄道に関する薀蓄も、好きで好きで仕方がないという喜びに満ち溢れているから、笑ってしまう。ストーリーは単純。なんだかいいかげん。あまりにご都合主義。でも、そんなところがいい。これは映画なのだから、それでいいじゃないか、と思わせる。リアルなんか求めてはいないのだ。

 上手くいかないことも、たくさんあるけど、(特に恋愛ね)でも、彼らには鉄道がある。好きな趣味があり、そのために生きている。それって何物にも変え難い幸せなことではないか。森田監督は大好きな映画を生涯作り続けて、たった60年ほどの人生を全うした。こんな幸せな人はない。


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