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映画・演劇のレビュー

AI・HALL+小原延之共同製作『NINE』

2007-02-07 20:11:41 | 演劇
 小原さんは『シークレット・ライフ』で村上春樹の文体で芝居を作り、小原版『ねじまき鳥クロニクル』を3部作として仕立てた。さらに『大丈夫な教室』では大教大附属池田小児童殺傷事件を扱ってホラースタイルで、人間の内面に迫り、新境地を開いた。昨年は、JR福知山線脱線事故を題材に『鉄橋の上のエチュード』を作り、今回、満を持して挑むのは北朝鮮による拉致、核実験問題を中心に据えて、憲法第9条に迫る壮大な物語である。だが、今回も前2作と同様、入り口はとても身近なところから始まる。しかし、それが、とんでもないドラマへと展開していく。その語り口は見事だ。

 芝居は、ここまで重くていいのか、と思うくらいに、重くて辛い。どこまでこの芝居は重くなっていくのか、見ていて不安になるくらいだ。底なしの闇に落ちていくように、果てがない2時間20分だ。

 タイトルの「NINE」はもちろん日本国憲法第9条の【9】。ナインという女の子からの、声が届く。「お父さん、お元気ですか?」と。6年前に行方不明になった娘。北朝鮮に拉致されたのではないか。父は、そんなこと信じたくない。どこかで元気に生きていて欲しい。いや、もし拉致されたのなら、いっそ死んでしまっていて欲しい、とすら思う。彼女はどんな思いをしているのか、どんな思いを抱いて帰りを待つのか。

 周辺20キロをエリアとするミニFM局を舞台に、リスナーとスタッフによるドラマは軽いタッチでスタートする。地元高校放送部の生徒を招いて、彼の作るラジオドラマのサポートをする。<主人公は三島に傾倒して、力で自分たちの運命を切り開いていこうとする。彼は言葉は無力だ、と思う。無力な母は娘を助けることができない。>そんな内容のドラマを彼は作る。

 しかし、オン・エアー当日、学校でそのドラマが問題になる。危険な思想だ、と思われる。教室中が敵になる。彼は消火器を手に取り、クラスメートに暴力を振るう。教室の中の《日本兵》と戦う、と言うのだ。在日朝鮮人であることが、ここではとても重い。敦賀湾岸にある町。海のむこうには大陸、朝鮮がある。ここには北朝鮮のスパイがどこかに住んでいるはずだ。疑心暗鬼の人々。彼らにとっては北の脅威はとてもリアルな問題で、ここでは既に何百人もの人間が拉致されて北に連行されている、らしい。北朝鮮のミサイルが飛んできて原発に撃ち込まれてしまう、なんてことが冗談ではなく、シリアスに語られる。住民はとてもナーバスになっている。そんな町で、在日であることはあまりに重過ぎる。

 日本人による差別。それは以前のようにあからさまなものではない。差別は内在化され、恐怖と背中合わせになり、そこにある。この芝居はそんなデリケートな問題を、自分自身の心の中にある不安と恐怖の中で描く。在日の姉弟を中心に、芝居は、この放送局から一歩も出ないが、戦争、テロ、民族間の紛争、軍事介入の是非等々、この芝居はそんな様々な問題を、ひとりひとりの問題として、見つめ僕らに突きつけてくる。この芝居に登場してくる11人の男女、彼ら全員が部外者になんてなることなく、彼らは現実と向き合うことになる。

 この芝居は暴力である。暴力の渦の中に観客すら巻き込んでいくのだ。安全な場所なんてどこにもない。安全圏で高みの見物をしていると足元をすくわれる。もちろんこれはお勉強でもない。我々日本人がどういうスタンスで朝鮮と向き合い、さらにはアメリカのいいなりになるのではなく、本当の自分たちの生きる道をどこに求めるかが問われている。

 これを、政治色の強いメッセージとして受け止めてもらっても困る。これは、内なる暴力、不安とどう向き合うか、を描いてある。そこを見誤ったら困る。

 ライフルを人に向け、引き金に手をかける。この平和な時代を生きているはずの僕たちが、《日本兵》として、ここにいる。誰が好き好んで銃を手にするものか。だが、銃を手にしなくては守れないものがある。内なる怒りの矛先をどこに向けていくのか。娘を奪われた怒りは誰に向けるのか。金正日に引き金をひけるなら、いい。明確な敵が見えない。だいたい金正日なんてどうでもいいのだ。守らなくてはならないものは、娘の命に象徴された自分たち自身にある。

 こんなにもストレートで重いものを投げかけてくる芝居はめったにない。理屈ではなく、魂に向けて熱い問いかけを投げかけてくる。それを全身で受け止めろ。




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