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映画・演劇のレビュー

畑野智美『夏のバスプール』

2012-09-23 08:05:40 | その他
 バスプールってなんだ? って思った。小説を読み始めるとすぐに答えは出る。バス停のことである。なんだぁ!と思う。意外でも何でもない。想像通りでがっかりする。もっと想定外の何か、を期待した。でも、僕たちの日常にそんな想像を絶するものなんかないし、あったなら困る。知ってしまうと大したことではないけど、知らなければなんだかミステリアスで、ドキドキする。そんなことって、もしかしたら一番大事なものなのかもしれない。

 この未知の作家の小説を手にしたのは偶然だ。図書館でまた例によって読む本がないからフラフラしていたら、見つけた。表紙がかわいいから、手にした。新刊コーナーにはなかったのに、新刊で、ピカピカの本だったから、うれしくなって借りてしまった。読み始めて、これは僕が一番好きなタイプの小説だと気付く。

 高校1年生のひと夏の物語だ。しかも、地方の高校が舞台で、もちろんボーイ・ミーツ・ガールである。定番過ぎてうんざりだ、と思う人もいるだろう。僕は読まないけど、きっと少女コミックなら山盛りあるような話だろう。でも、実はこんな話の中にきらりとひかるものがある。

 世の中にはものすごい数の人間がいて、その人たちがそれぞれの人生を生きている。同じような人生に見えてもまるで違う。それぞれがそれぞれのかけがえのない時間を生きている。そんななかで、高校生活の3年間は一番輝いている。だからいくらそんな物語を作っても尽きることはない。
 
 僕のクラスにも40人の子供たちがいるし、僕のクラブにも40人ほどの部員たちがいる。(3年生は引退したから、今は30人ほどだが)僕は自分のことで手一杯だからみんながどんな毎日を過ごしているか、すべてを知っているわけではないけれども、いつもやつらの顔を見ているとそれだけで、毎日が楽しい。このブログでは、こんなふうに小説を読んだり、映画や芝居を見たりばかりしているけど、それは学校での仕事の隙間を縫ってしているだけで、毎日朝7時過ぎから夜7時までは学校にいるし、土日も必ずクラブがあるから、5、6時間くらいは学校にいる。それ以外のこと(芝居と映画は見るが)は一切していない。だから、いつも疲れている。家に帰るとずっと寝ている。

 でも、楽しい。彼らが頑張っている姿を見ているだけで、楽しいのだ。この小説を読みながら、そんな毎日と同じように楽しかった。一歩踏み込んで、ひとりの高校生の男の子の日常の中に入っていく2時間ほどの時間は愛おしい。電車の往復2回分の至福である。

 自分とよく似た転校生の女の子。なんだか気になる存在。彼女の秘密に触れる、夏の直前の開放的な気分の日々のスケッチだ。このなんだか「の」ばかりの文章が、この小説の持つ気分だ。大事なのは「の」でも、「秘密」でもない。なんでも出来る高一の夏休み、という気分。きっと凄いことがあるはず、という気分。その高揚感が読んでいて心地よい。僕たちはこんなふうにしていつも夏を迎える。

 今、今年の(今年も)夏休みは終わって、なんだかけだるい秋の日に読むにはぴったりの小説だ。まぁ、現役の高校生たちは、もう感傷に耽っている場合ではない。新しい秋が始まっているのだから。

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