小さな駅に下り立つと、 なつかしい潮の香に気づいた。 浦風が生温かい湿った空気を送ってくる。 母の命日に、 姉弟連れ立って墓参りをした。
片瀬山から、 はるかに海が望めるはず… 残念、 きょうは靄っている。 家並みの彼方は天幕を張ったようで、 すっきりしない。 左手に江ノ島。 眼下の家々が入り江にかかえられるように、 じっとしていた。 湾は、 両腕を伸ばして三浦と伊東あたりが掌だ。
細く並んだ塔婆のあいだから、 革のように伸された運動場が見渡せる。 小学生は授業中で、 表はひっそりとしている。 遠くの夥しい建物が、次々におもちゃの積木を投げいれたよう。
点々と、 緑の塊を追いながら寺の大屋根を越える。 煉瓦色のマンションもひとっ飛びして森の帯が霞んでいるのを眺め、 海沿いの通りをぬけて、 あっという間に沖に出る。 ここに来れば、 だれでも鳥になれるのだ。
パノラマのなかで小さく霞んでいる富士山も、 冬はあたりに威風をはらい真正面に鎮座する。 母も、 きっと見ている。
出かけてきてよかった。 斜面のふところで暑い陽射しをうけながら、 心のうちが清々しい。
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マルハナバチを呼びよせて、 檸檬の花がまっ盛り。
マーヤが、 夏日に萎れた白い花のように寝ている。 こちらに気づくと、 薄目をあけ頭もあげようとしたが、 すぐに諦めた。 人間なら100歳を超える。
立派だね マーヤ… 目やにをつけていても、 なんだか神々しい。
義妹をはげまし、 家族を元気にさせる。 猫ながら、 たいせつな門番だ。
よろしく頼むね マーヤ! 命ある限り… と応えたようだ。
その眼をみれば、 やはりそう言っている。