先日、エキサイトニュースに気になる記事があったので。
過度な緊張は病気の元だというのだ。
医者の説明によると、
たとえば、目覚まし時計がなる前に自ら目覚める。
これは寝坊して慌てなくていいから良いことだと思って
いる人が多いだろうが、医者が言うにはそうでもなく、
過度の緊張によって身体が目覚めるのだそうだ。
交感神経と副交感神経、つまり緊張からリラックスへの切り替えが
うまくできていない状態だから浅い睡眠のまま目覚めるというのである。
脳が起きたほうがいいと指令するわけだが、間違った命令ともいえる。
わたしはこれまでの人生ほぼ夜型である。
よって早起きなどムリムリと普段は言って早起きせねばならないことは
遠ざけているのだが、どうしてもしかたがないこともままあって、
そのような時、前夜はとても不安である。
ふだんより寝つきもよくない、がしかし結果として寝坊はしない。
それは結果オーライなのであったので、日中疲れていても、後で寝溜めして
カバーするんだもん、と自分を励まして済ましてきた。
寝溜めなどなかなかできるものではないので、結局のところ疲労が溜まる。
ストレスだ、緊張だ、と自らのことを思いたくない性分の人はがんばる。
がんばる人に二通りある気がする。
がんばっていると周囲に吹聴しがちな人。これ多いけど、こういう人は
自分で言うほど実はがんばっていないし、テキトウに疲れをとるべくサボりも
上手である。
もう一方はがんばることそのものを美徳とはしていないので、自分がそうだとは
思いたくもないし、周囲にもそう見せないように気配りする。
過緊張に陥る危険のあるのは、おそらく後者なのだろうと推測するが、
はたして、あたいはどっちだい?
目覚ましより早く起きるので、目覚ましはいらないかというとそうでもない。
目覚ましいらなーい、と大胆に解除すると、そういうときはやはり寝坊する。
なんてこった、である。
緊張を強いすぎる、ストレスを溜める、それが健康を阻害するくらいのことは
言われすぎてて誰でも知っているが、どの程度がストレスか、過度な緊張か
その判断は、結果論になって、発病の原因として後追いしているのが現状である。
だから冒頭のような医者の発言がニュースになり、注意を促しているのだろう。
アドバイスとして寝る前に「ここちいい音楽を聴く」『薬酒を飲む」など
があげられていたが、そのくらいでどうにかなるのはまだ良いほうではないか。
睡眠不足という結果に対しての対症療法であり、原因となるものを自覚する
ことがなければ、酒を飲めば深酒になり、音楽を聴く気分になれないという
ことにもなろうかと思う。
生きる日々に目的や目標がないと辛いだろう。
強いられる生き方には、迷いが生じて当然だろう。
ヒマすぎるのも、くだらないことにつまずくものである。
消費生活に振り回され経済的に行き詰まるのは、目的がはっきりしない
からである。意思だと思っているが、実は人まねにすぎない。
なので、「考える力」が必要だということだ。
無意識もすくいとって表れるものが言葉、聞き流さないで考える。
受け流さないで、「それってどうなの」と考える。
考えるとは、己の個性との戦いですと、小林秀雄が言ったそうだ。
聞いたことはなかったが、小林秀雄の講演CDの宣伝文句に使って
あった。すかさずわたしは、そう出たか、それってどうなの、と
考え、記憶したわけでーす。(脱線脱線)
考える習慣、うまくいってもいかなくても考えよ、である。
考えてつきつめて、そこに「だからどうする」という結論が見えれば
人はストレスの穴に落ち込むことはないのではないか。(戻ったね)
ところが「考える力」がない人が増えている。
考えないと、流されるのである。流れ流れて大海原へ、ではなく穴へ落ちる。
カンサンジュン先生(東大だからか先生と呼ばれているね)が「悩む力」をヒット
させましたが、あれはつまるところ、考えよ考えよ逃げずにということなのですね。
(最後の一行はねずみ師の受け売りです、ごめんなすって)
※「考える力」の続き、詳細はふるごとじゅくに。
注:雪景色は今年の正月のもので根雪になった。
今年はまだ根雪になるほどは降らないけど、新しい雪景色を撮ると出番がなくなる
写真なので使いました、自分でいうのもなんだけど、ええ雰囲気やなあ。
雪見酒~、ではなくこたつにみかん(と本)です。
過度な緊張は病気の元だというのだ。
医者の説明によると、
たとえば、目覚まし時計がなる前に自ら目覚める。
これは寝坊して慌てなくていいから良いことだと思って
いる人が多いだろうが、医者が言うにはそうでもなく、
過度の緊張によって身体が目覚めるのだそうだ。
交感神経と副交感神経、つまり緊張からリラックスへの切り替えが
うまくできていない状態だから浅い睡眠のまま目覚めるというのである。
脳が起きたほうがいいと指令するわけだが、間違った命令ともいえる。
わたしはこれまでの人生ほぼ夜型である。
よって早起きなどムリムリと普段は言って早起きせねばならないことは
遠ざけているのだが、どうしてもしかたがないこともままあって、
そのような時、前夜はとても不安である。
ふだんより寝つきもよくない、がしかし結果として寝坊はしない。
それは結果オーライなのであったので、日中疲れていても、後で寝溜めして
カバーするんだもん、と自分を励まして済ましてきた。
寝溜めなどなかなかできるものではないので、結局のところ疲労が溜まる。
ストレスだ、緊張だ、と自らのことを思いたくない性分の人はがんばる。
がんばる人に二通りある気がする。
がんばっていると周囲に吹聴しがちな人。これ多いけど、こういう人は
自分で言うほど実はがんばっていないし、テキトウに疲れをとるべくサボりも
上手である。
もう一方はがんばることそのものを美徳とはしていないので、自分がそうだとは
思いたくもないし、周囲にもそう見せないように気配りする。
過緊張に陥る危険のあるのは、おそらく後者なのだろうと推測するが、
はたして、あたいはどっちだい?
目覚ましより早く起きるので、目覚ましはいらないかというとそうでもない。
目覚ましいらなーい、と大胆に解除すると、そういうときはやはり寝坊する。
なんてこった、である。
緊張を強いすぎる、ストレスを溜める、それが健康を阻害するくらいのことは
言われすぎてて誰でも知っているが、どの程度がストレスか、過度な緊張か
その判断は、結果論になって、発病の原因として後追いしているのが現状である。
だから冒頭のような医者の発言がニュースになり、注意を促しているのだろう。
アドバイスとして寝る前に「ここちいい音楽を聴く」『薬酒を飲む」など
があげられていたが、そのくらいでどうにかなるのはまだ良いほうではないか。
睡眠不足という結果に対しての対症療法であり、原因となるものを自覚する
ことがなければ、酒を飲めば深酒になり、音楽を聴く気分になれないという
ことにもなろうかと思う。
生きる日々に目的や目標がないと辛いだろう。
強いられる生き方には、迷いが生じて当然だろう。
ヒマすぎるのも、くだらないことにつまずくものである。
消費生活に振り回され経済的に行き詰まるのは、目的がはっきりしない
からである。意思だと思っているが、実は人まねにすぎない。
なので、「考える力」が必要だということだ。
無意識もすくいとって表れるものが言葉、聞き流さないで考える。
受け流さないで、「それってどうなの」と考える。
考えるとは、己の個性との戦いですと、小林秀雄が言ったそうだ。
聞いたことはなかったが、小林秀雄の講演CDの宣伝文句に使って
あった。すかさずわたしは、そう出たか、それってどうなの、と
考え、記憶したわけでーす。(脱線脱線)
考える習慣、うまくいってもいかなくても考えよ、である。
考えてつきつめて、そこに「だからどうする」という結論が見えれば
人はストレスの穴に落ち込むことはないのではないか。(戻ったね)
ところが「考える力」がない人が増えている。
考えないと、流されるのである。流れ流れて大海原へ、ではなく穴へ落ちる。
カンサンジュン先生(東大だからか先生と呼ばれているね)が「悩む力」をヒット
させましたが、あれはつまるところ、考えよ考えよ逃げずにということなのですね。
(最後の一行はねずみ師の受け売りです、ごめんなすって)
※「考える力」の続き、詳細はふるごとじゅくに。
注:雪景色は今年の正月のもので根雪になった。
今年はまだ根雪になるほどは降らないけど、新しい雪景色を撮ると出番がなくなる
写真なので使いました、自分でいうのもなんだけど、ええ雰囲気やなあ。
雪見酒~、ではなくこたつにみかん(と本)です。