我が家のカリンの木が赤く色づき始めました。72候ではこの時季のことを「楓蔦黄」(もみじつたきなり)と言い、楓や蔦が色づく季節を表わしています。そんな秋の夜長、久しぶりにグレン・グールド奏でるバッハの「ゴルトベルク変奏曲」(1954年録音盤)を聴いています。
この1週間は緩急さまざまな日々を過ごしましたが、日曜日は予定どおり京都は百万遍知恩寺秋の古本まつりに出かけました。今年最後の古本まつりです。京阪電車の出町柳駅から歩いて10分ほどの所に知恩寺はあります。道路を挟んで南側には京都大学のキャンパスが広がっています。
さすがに大学の街・京都とあって、古本の配架も大阪に比べると体系的に並んでいます。その分選書しやすい感じがします。まず手にとったのは鶴見和子著「殺されたもののゆくえ~私の民俗学ノート」。先月、NHKEテレの100分de名著で出会った折口信夫を引きずっていたこともあって、手にとりました。日本が生んだ民俗学の巨人、柳田国男、南方熊楠、折口信夫のひととなりを民俗学の見地から読み解いたものです。田舎育ちの私にとっては非常にみぢかなテーマでもあります。
次に手にしたのは白木利幸著「四国遍路道 弘法大師伝説を巡る」。秋の深まりとともに、かつて秋の四国路を歩いた風景が心の中に広がります。もう一度出かけてみたい。でも、1200キロの道のりをもう一度歩く勇気がありません。
そういえば、今朝いつものお不動さんにお散歩に行ったとき、四国八十八カ所の祠が新調されていました。今回は国分寺と横峰寺の2つです。
石鎚山山麓にある60番札所・横峰寺と言えば、初日に63番札所・吉祥寺までお参りして小松駅にほど近いお遍路専用ビジネス旅館小松に泊まった際、オランダからやってきた女性と夕食を共にしました。リタイアを契機に東南アジア、ネパール、チベットなどを回って日本にやってきてお遍路をしている最中でした。コロナ前は外国人のお遍路さんにもよくお会いしました。考えることは一緒なんでしょうね。
ふと棚に置いてあったサルトルの「否認の思想」(海老坂武ほか訳)に目が留まりました。「1968年5月のフランスと8月のチェコ」という副題が付いています。懐かしい言葉です。高校3年の最後の文化祭で取り上げたのが「5月革命」でした。サルトルと言えば、ボーボワールを生涯のパートナー(自由恋愛)とした人でもあります。私の世界とはずいぶんかけ離れた存在ではありますが、高校生の頃何を思って「5月革命」に注目したのか思い返してみたいと......。
この日は他に樋口覚著「淀川下りの日本百景」、徳田和夫・矢代静一著「御伽草子/伊曾保物語」(新潮古典文学アルバム)を連れて帰りました。
午後からは、京都大学稲盛財団記念館会議室で開かれたシンポジウムを聴いて帰りました。テーマは「成熟時代における生き方と社会の在り方」です。上廣倫理財団寄附研究部門3期目のキックオフになります。門外漢の私ですが、それでも「文理融合」「知の発信」「産官学連携」といった言葉に惹かれます。公共政策、伝統知、心理学、人類学の視点からお若い研究者の熱意が伝わるシンポジウムでした。なんとなく若返った感触をいだいて帰途につきました(笑)。