心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

家族葬

2012-01-29 09:32:58 | Weblog
 日本列島に寒波が押し寄せた数日前、東京に出張しました。在京のボスにご挨拶に参上するのが目的でしたから、前夜は新幹線が止まったらどうしようと心配していましたが、なんとかお昼前に10分遅れで東京駅に到着することができました。その日は、京都を出で少し経ったあたりで雪景色に変わりました。米原を過ぎて関ヶ原あたりになると、雪国の世界です。それなのに名古屋に着く頃には雪が見えなくなって、いつの間にか陽の光に輝く町々が過ぎていきます。大井川を越えると凛々しい富士山を望むことができました。2時間あまりの空間移動でしたが、何とも不思議な体験をさせていただきました。

 話は変わりますが、先週の月曜日、家内の母親が亡くなりました。大正生まれの気丈な女性で、夫に先立たれながら、ご長男が何度となく同居を薦めるのに我が家を離れたくないと独居生活が続いていました。寒い日が続いたからでしょうか、静かに生の終止符を打ちました。それも、11年前の同時期に亡くなった夫に再開することを願っているかのような穏やかな表情をして....。
 葬儀は、ご長男のご希望で身内だけの家族葬でした。私にとって初めての経験でしたが、仰々しい儀式とは全く異なり、これまで経験した葬儀の中で一番心に残るものになりました。私の両親の葬儀のときは、亡くなった次の瞬間から自分の肉親を他人に連れて行かれたような気がするほどに儀式が優先され、何か釈然としないものがありました。心からお別れをしたのは、すべての行事が終わって数日経った頃、仏壇の前に座ったときだったような気がします。
 それに比べて今回の家族葬は、本当に素晴らしいものでした。お通夜の儀式が終わると、皆で夜通し折鶴を何羽も何羽も折ながら在りし日を偲ぶ。笑ったり、泣いたり、皆それぞれに故人とお別れをする。折鶴はお棺の中に供えて、最後のお別れをする。故人と最後のお別れをするに十分な時間でした。近しいご親戚の方や子、孫に囲まれて、故人もさぞ嬉しかったことでしょう。
 いずれ私も、この世を去る時が来ます。私の長男君に別れ際に言いました。私が死んだ時も家族葬で良い。家族に見守られてこの世を去るのが一番。それで良い、と。皆それぞれの道があるのだから、中途半端にお墓をつくる必要もない。知恩院にでも納骨してくれれば、それで良い、とも。

 きょうは、カラヤンが指揮するヴェルディの「レクィエム」を聴きながらブログを更新しています。この曲、私の母が亡くなって大阪に戻ってきてから数日間、毎日聴いた思い出があります。2月1日は私の母の命日です。期せずして、ほぼ同時期にこの世を去った義母と私の母。天空の世界で初めてご挨拶をしていることでしょう。お互いの子について、ああでもない、こうでもない、と話しあっていることでしょうよ。きっと。
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