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下宿のおじさんは暇さえあればキャンバスに向かっていた。
いわば日曜画家である。
おばさんの足が悪くて旅行できないから
風景写真を見てはせっせと筆を運んでいた。
日本海を描いた絵はクールベのようだったことを思い出す。
描くのが好きで好きでたまらないといったおじさん。
あるとき、私の実家の庭に実った姫リンゴの枝を数本差し上げた。
その絵を仕上げて「記念にあげるよ」とくださったのがこれだ。
下宿ではいただいたまま窓辺に飾っていたのだが、
半世紀近く経ってやっと額に入れた。
知り合いの額屋さんに助言してもらった。
この姫リンゴの木はもう存在しない。
おじさんと故郷を懐かしく思う気持ちが額装を促したのであろう。
語らなければただ一枚の絵である。