1.民主党に翻弄された八ッ場ダムと吾妻線の新線切り替え
吾妻線は群馬鉄山から算出される鉄鉱石の輸送鉄道として、
戦時中の1943年10月から工事を開始、終戦直前の1945年1月2日に、
渋川から長野原(現・長野原草津口)までが長野原線として貨物営業を開始した。
軍事需要の高い鉄鉱石の輸送のために軍部からの要請があったと想像できる。
そのため岩島から川原湯温泉の間にある樽沢トンネルは7.2mしかなく、
日本一短い鉄道トンネルとして有名になった。
実際は切り崩した方がいいような気もするが、一日でも早く開業するためにこのトンネルが誕生した。
1971年3月7日に長野原から大前まで延伸、全線開業した。
この時同時に路線名を吾妻線に改称、国鉄分割民営化後の1991年に12月1日に、
川原湯を川原湯温泉、長野原を長野原草津口に改称した。
利根川の支流である吾妻川の中流に建設が進められてる八ッ場ダムは、
完成すれば吾妻線も一部が水没することになっており、新線への切り替え問題が浮上する。
2015年度の完成を目指して工事が進められていたが、
八ッ場ダムの中止を公約にして民主党(現・民進党)が政権を取り、
事業仕分けの一環として八ッ場ダムの中止を決定、工事が中断された。
しかし自民党時代に既に一部の住人が高台への移転を済ませており、
水没する川原湯温泉も移転先での営業に向けて動き出していただけに、
住民感情は複雑で結局民主党政権は工事の中止を撤回、工事が再開された。
中断の影響でダム自体の完成は2020年予定に延長された。
八ッ場ダム自体の工事は民主党政権時代に一時凍結されたが、
周辺の道路整備などは工事が続行しており、
JR東日本も水没する区間を高台に移転するルートに付け替えることを決定、
岩島から長野原草津口の区間が新線に付け替え、
途中駅である川原湯温泉駅も高台に移転されることになり、
2014年9月24日に吾妻線の旧線での営業を終了、翌日から中之条から大前までバス代行運転とし、
新線切り替え工事を実施して同年10月1日から新線による営業を開始した。
吾妻線は2004年10月7日に上越線土合を駅取材しようと思ったが、
高崎駅で渋川から吾妻線に入る列車に間違って乗ってしまい、
仕方がないのでそのまま吾妻線の万座・鹿沢口まで行くことにした。
終点の大前まで行く列車は少なく、土曜日の下り列車特急を含めて17本のうち、
大前まで行く列車は4本しかない。
この時乗った列車も大前での折り返し時間が短いためにひとつ手前の万座・鹿沢口で下車した。
2016年の夏に青春18きっぷで関西本線、福知山線などを1泊2日で旅をしたが、
まだ3回(人)分が残っているため、そのうちの1回(人)分を使い、
日帰りで吾妻線の新線付け替え区間と万座・鹿沢口から大前までの区間の乗り潰しに挑戦することにした。