林檎乃「とほほ・・・。」ブログ

林檎乃麗の「とほほ・・・。」な日常を綴っています。 

ホームページ更新

2009-02-07 | 更新情報
「林檎乃麗鉄道写真館ANNEX」を第165回更新しました。

ヘッドマーク&トレードマークコレクションにキハ183系5200番台ジョイフルトレイン
「ノースレインボーエクスプレス」、EH200型電気機関車「ブルーサンダー・エコパワー」、
14系300番台客車「あかつき」を公開いたしました。

http://www16.tok2.com/home/reiringono/

「旅の徒然に」を第75回更新しました。

「駅弁コレクション」の西日本エリアに「特製幕の内弁当」の1データを公開いたしました。

http://ringono.web.fc2.com/

「ライトレールの時代」を第40回更新しました。

豊橋東田本線を更新しました。

http://reiringono.hp.infoseek.co.jp/
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芸能人ブログ炎上で書類送検へ

2009-02-06 | テレビ・芸能界
お笑いタレントのスマイリーキクチさんのブログが炎上した件で、
警視庁は執拗な悪意の書き込みをしていた18人を特定し、
名誉毀損容疑で書類送検することにした。
無関係な殺人事件の犯人と決めつけて攻撃が続いたもので、
スマイリーキクチさん側から被害届が出たことで警察が動いた。
今回の件について、
たかが芸能人のブログ炎上で警察が動くのは如何なものかという意見もあるかもしれないが、
今回の警察の取った行動は評価したい。
ネットにおる言論の自由と言葉の暴力の線引きは難しいが、
ネットにおける言論の自由を守るためにも、
悪意のある書き込みに対しては厳正な処罰があってしかるべきである。
ネットの“匿名性”は両刃の剣である。
普段の自分、日常の自分から解放されてもう一つの自分を楽しめる一方で、
その発言に対する責任が普段の自分、日常の自分に及ばないことへの甘えも出てしまう。
真っ当な社会生活を送っている人たちは、初対面の人に「てめえ、死ね!」などとは云わないものである。
しかしそれが出来てしまうところにネットの怖さがある。
ネットにおける言葉の暴力がエスカレートして、
そのことでネットにおける匿名性を制限するような話が出来ては適わない。
ネットの自由を守るためにも、きちんとしたマナーのある書き込みを推奨し、
悪意のある書き込みに対しては厳罰を加えていくべきではないかと思う。
勿論、厳罰化の方向で新たな規制が出来る危険性はあるのだけれども・・・。

芸能人ブログを集中攻撃、「炎上」させる…18人立件へ(読売新聞) - goo ニュース
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東北新幹線E5系デザイン発表

2009-02-04 | 鉄道・旅行
今朝の新聞にも載っていたのだが、
JR東日本が東北新幹線の新型車両E5系を発表した。
これは東北新幹線の新青森延伸に合わせて投入される車両で、
デザインはE5系開発のために投入された試験車「FASTECH360」を踏襲したカラーリングである。
この車両は将来の320km/h運転に対応した車両で、
2012年末のダイヤ改正で320km/hでの営業運転を目指す。
2010年10月にはいよいよ新青森延伸が実現し、
その時には新青森までこのE5系が結ぶことになるだろう。
更に5年後の2015年開業を目指して既存の青函トンネルを新幹線対応に改造して、
新函館まで延伸した北海道新幹線も既に工事に入っている。
北海道は飛行機で行く時代から新幹線で行く時代になりつつある。
また東北新幹線が新青森まで延伸する同じ2010年には、
九州新幹線鹿児島ルートの新八代-博多間が開通する。
これは九州新幹線の博多延伸というだけでなく、
同時に山陽新幹線と九州新幹線のレールが繋がることも意味する。
これによって新大阪-鹿児島中央が1本の列車で結ばれることにもなる。
九州新幹線と山陽新幹線の相互乗り入れ用の車両が、
N700系をベースにN700系7000番台として量産先行車が既に試運転に入っている。
2010年には北海道函館と九州鹿児島中央が新幹線で結ばれることになる。
残念ながら1つの編成で結ばれるというのは不可能のようだが、
2度か3度の乗り換えで日本縦断が可能となる日も近い。
勿論、それが本当に必要なものなのかという議論もあるだろうが、
航空機との競争のに勝つためにも、JRとしては日本を結ぶ新幹線が欲しいのも事実だろう。
行政的にももっと包括的に日本の交通体系について考えるべきだろう。
航空業界では採算が取れない路線を廃止する一方で、
地方の空港は未だに作られ続けている。
国土交通省は税金をどのように投入して交通体系を整備すべきか、
大きなビジョンを持って当たるべきである。

JR東日本、新型高速新幹線車両「E5系」量産先行車のデザインを発表 (マイコミジャーナル) - goo ニュース
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千葉「ほてい家」

2009-02-03 | 飲食店
通院で午後から千葉に行くので、
その前に千葉で旨いハンバーグを喰える店はないかと思い、
検索エンジンで調べて「ほてい家」というレストランを見つけた。
千葉都市モノレールの葭川公園駅近くにある風情ある店で、
看板には“Since 1929”と書かれている。
つまり昭和4年開業の店ということになる。
ハンバーグを喰いに行ったのだが、
ランチメニューに“スペシャル肉ランチ”という魅惑的な文字を見つけ、
思わずこちらを注文してしまった。
週割りで今週は“鹿児島産黒豚のステーキ”である。
価格1,575円でメインディッシュのほかにライス、スープ、コーヒーがつく。
付け合わせは人参、隠元とじゃがバターである。
昼食としては多少高めだが、
それでもこのボリュームと味ならば満足である。
慇懃な定員の態度にも好感が持てたし、
また千葉で昼食を喰う時には行ってみたいと思う。
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ホームページ更新

2009-02-01 | 更新情報
「林檎乃麗鉄道写真館ANNEX」を第164回更新しました。

駅名表示板コレクションに梁川駅、四方津駅、上野原駅を公開いたしました。

http://www16.tok2.com/home/reiringono/

「旅の徒然に」を第74回更新しました。

「駅弁コレクション」の東日本エリアに「南部わっぱめし」の1データを公開いたしました。

http://ringono.web.fc2.com/

「ライトレールの時代」を第39回更新しました。

阪堺電軌を更新しました。

http://reiringono.hp.infoseek.co.jp/
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路面電車

2009-02-01 | 鉄道・旅行
2月1日は路面電車開業の記念の日である。
1895年2月1日、京都で初めて路面電車が走った。
開業させたのは“京都電氣鐵道”という会社で、
この会社が後に買収されて京都市電になる。
京都市電は既に廃止されてしまったが、
京都市電で使用されていた車両は広島などで見ることが出来る。
現在、路面電車は全国で21社が運営している。
21社は以下の通り。

札幌市交通局 札幌市電

札幌市内をほぼ四角に走る路面電車で、
すすきのから藻岩山のロープウェイの入り口でを結ぶ。
1909年に石材輸送線として山鼻-石切山間が敷設され、
1918年に札幌電気軌道として開業した路線を、
1927年12月に市営化した。

函館市交通局 函館市電

1897年に亀函馬車鉄道として開業し、
函館水電に合併され幾つかの合併を繰り返し、
電力統制のため、1943年には道南電気軌道に譲渡された。
更に陸上交通事業調整法により、函館市に移譲され、
現在は2系統で運行されている。

東京都交通局 都電荒川線

1911年に王子電気軌道株式会社として誕生し、
戦時中に東京市電気局に統合され、
1943年の都制施行により都電となる。
戦後の交通量増加の余波で都電の廃止が進んだが、
専用軌道の多いこの路線が荒川線と名称を変えて存続した。

東京急行電鉄 東急世田谷線

世田谷区内の三軒茶屋から下高井戸を結ぶ軌道線で、
ほとんどの区間を専用路線を走る。
1925年1月18日に玉川電気鉄道の支線として部分開業し、
同年5月1日には全通した。
1938年3月10日に東京横浜電鉄(現・東京急行電鉄)に合併された。

江ノ島電鉄 江ノ島電鉄線

1900年11月25日に江之島電気鉄道が設立され、
軌道として建設されていったが、
1928年7月1日に現法人である江ノ島電気鉄道に譲渡され、
1944年には地方鉄道法に基づく鉄道に変更した。
戦後に東急グループから離脱し、小田急グループになる。

豊橋鉄道 豊橋東田本線

1924年3月17日に豊橋電気軌道として設立され、
1939年9月に名古屋鉄道の傘下に入り、
1954年10月1日に名鉄渥美線を譲渡され、鉄道線も所有する。
この年の7月には社名を豊橋鉄道に変更している。
1976年3月7日には柳生橋支線を廃止し、東田本線のみの所有となる。

富山地方鉄道 富山地鉄市内線

1913年9月1日に富山電気軌道とて開業した。
一時は市営電車であった時期もあり、
戦時中にのちの富山地方鉄道となる富山電気鉄道に譲渡された。
本線、支線、安野屋線、呉羽線があるが直列しており、
呉羽線が単線で後は複線である。

富山ライトレール 富山港線

富山港線は1924年7月23日に富岩鉄道によって開業し、
1941年12月1日に富山電気鉄道(現・富山地方鉄道)に譲渡され、
同年6月1日に富岩線と呼ばれていたこの路線は国有化され、富山港線となる。
2003年にJRによってLRT化が検討されていることが発表され、
2006年に第三セクター、富山ライトレールが誕生した。

万葉線

万葉線は岡軌道線と新湊港線(鉄道線)からなり、
高岡軌道線は1948年から富山地方鉄道によって作られ、
戦後に一部が加越能鉄道に譲渡されたが、
加越能鉄道の鉄道事業撤退から廃線の危機にあった。
2002年2月万葉線株式会社として再出発した。

福井鉄道 福井福武線

1921年12月22日に福武電気鉄道として設立され、
1933年10月15日には福武線が全通した。
1945年には合併などで福井鉄道として発足する。
市役所前-田原町間が開業したのは戦後になってからで、
現在は名古屋鉄道のグループ会社となっている。

京阪大津線 京阪電気鉄道

軌道線である京津線と石山坂本線を総称して京阪大津線という。
京津線は1906年3月19日に京津電気軌道が軌道施設出願し、
1925年2月1日に京阪電気鉄道と合併し、京阪京津線となる。
石山坂本線は国鉄線を電化し、大津電気軌道として開業させ、
1929年4月11日に京阪電気鉄道と合併し、石山線及び坂本線となる。

京福電鉄 嵐電

1910年3月25日に嵐山電車軌道により敷設され、
京都電燈により全通された嵐電と、
戦時中に三国芦原電鉄などと合併させて誕生した。
福井地区の路線は相次いだ衝突事故によって、
第三セクターのえちぜん鉄道へ譲渡された。

阪堺電軌

上町線は1897年5月26日に設立された大阪馬車鉄道が敷設し、
1909年12月24日に南海鉄道に合併される。
阪堺線は1909年12月28日に設立された阪堺電軌軌道によって敷設され、
1915年6月21日に南海鉄道に合併される。
1980年に阪堺電軌軌道が設立、阪堺線、上町線が分離譲渡される。

岡山電軌

岡山電気軌道は1910年6月9日に設立され、
1912年に敷設された内山下線と、
1923年に敷設された旭東線が統合されて東山本線となり、
1946年に敷設された清輝橋線とともに現在の形となる。
水戸岡鋭治氏デザインの超低床車「MOMO」が有名である。

広島電鉄

広島電鉄は路面電車としては日本一の営業距離を誇る。
1910年6月に広島電気軌道として開業し、
1917年8月には広島瓦斯と合併、路線を延ばしていったが、
広島瓦斯電軌の交通事業部門が分離独立し、
現在の広島電鉄の形となった。

伊予鉄道市内線

伊予鉄道は松山市を中心に郊外鉄道と、
路面電車を運営する地方鉄道である。
1887年9月14日に設立された四国初の鉄道で、
道後鉄道、南予鉄道、松山電気軌道などを合併し、
市内線のほか、郊外線は高浜線、横河原線、郡中線が現存する。

土佐電鉄

1903年7月8日に設立された土佐電気が敷設した軌道線を、
鉄道線安芸線を開業させた高知鉄道が合併し、
その後幾つかの合併を繰り返し、
1948年6月3日には土佐電気軌道の社名になった。
その総延長は25.3kmは軌道線のみでは日本最大である。

筑豊電鉄

九州電気軌道や博多湾鉄道汽船が北九州から福岡までの鉄道を計画、
これらの会社が合併して出来た西日本鉄道が戦後に免許を出願、
西鉄の完全子会社として1951年2月15日、筑豊電気鉄道が誕生した。
黒崎駅前-熊西間は鉄道に変更され西鉄が第三種鉄道事業者となり、
筑豊電気鉄道が第二種鉄道事業者として残った。

長崎電軌

長崎電気軌道は長崎市内に軌道線5系統5路線を所有する。
1914年8月2日に設立され、翌年現在の1系統の一部である、
病院下(現廃止)-築町間が開通し、営業を開始した。
その後路線を延ばしていき、
1968年6月17日に思案橋-正覚寺下間開通し、
現在開業の全路線が開通する。

熊本市交通局 熊本市電

1921年11月16日に設立された熊本電車によって計画され、
1923年4月13日に熊本市に特許が譲渡され、
1959年12月24日には現在営業中の路線が全通した。
5路線と幹線の一部が廃止され、
7系統10路線は現在2系統5路線に縮小された。

鹿児島交通局 鹿児島市電

鹿児島電気軌道は谷山線を1912年12月1日に全通させ、
1914年12月20日第一期線として武之橋-鹿児島駅前間の1系統が全通した。
1915年12月17日には第二期線として高見馬場-鹿児島中央駅前が開通した。
1928年7月1日に鹿児島市が買収し、鹿児島市電気局が発足した。
1959年10月1日には唐湊線が第2系統が全通した。

※参考/ライトレールの時代
http://reiringono.hp.infoseek.co.jp/
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