大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

REオフステージ(惣堀高校演劇部)126・餃子が焼き上がるまで

2024-08-20 08:59:07 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
126・餃子が焼き上がるまで 






 子ども手当というものがあった。


 十五歳までの子どもを扶養する親に月々13000円支給される。子どもたちの経済環境をよくし、少子化対策の狙いも持たせた国の施策だ。

 受給資格に国籍条項はなく、外国人であっても受給できる。

 申請は地方自治体の窓口だ。

 これに、日本に住む外国人の親が申請に来た。なんと、子どもの数が50人!

「これは、ちょっと……(^_^;)」

 役所の窓口は困ってしまった。

「どうして困るの? 法律には人数制限は無いし、50人の子どもたちは全員わたしの子どもですよ、これが書類だし」

 なるほど書類は揃っている、法律で定めている子どもとは親権のことで、遺伝子的に親子である必要はないのだ。

 大お祖母ちゃんから聞いた時――とんでもないことだ!――と腹がたった。

「それは外国人の親が正しいよ」

 大お祖母ちゃんに言われた通り話すと、餃子を焼きながら美麗が背中で答えた。

「えーーどうして!?」

 餃子に目が無いわたしはヨダレを垂らしながら驚く。とうぜん美麗は「それはひどい!」と夕べの自分のように憤慨すると思っていたのだ。

「須磨のヨダレといっしょ。美味しいものがあったら、ヨダレ垂らして食べたいと思うのは人情だし、人間が生きていくために必要なバイタリティーだよ」

「だって、書類をよく見たら、親子関係は子ども手当の支給が決まってからのばっかりなんだよ」

「でも、法律には合ってるんだ。でしょ?」

「だけど」

「お皿は大きいのにして、餃子はチマチマ載っけちゃ美味しくないから」

「え、あ、うん……」

 美晴は素直にお皿を片付け、食器棚から白い大皿を出した。

「あ……っと、その奥にある錦手のがいい」

「こっち?」

「おいしく感じるでしょ」

 なるほど牛丼屋の丼のような柄で、食欲がそそられる。

「で、ぼんやりしてないで、お皿にお湯を張る!」

「へ?」

「お皿が冷たいと冷めてしまうでしょ」

「なるほど……」

 美晴はポットのお湯をなみなみとお皿に注いだ。意外なことにポットのお湯の半分が入る。

「子どもを育てるのは大変なんだよ、中国じゃ子どもっていうのは自分が生んだ子どもばかりじゃなくて、一族みんなの子どもが自分の子どもなんだよ……変に思うかもしれないけど、そうでなきゃ中国は、こんなには発展してないよ」

「美麗の言う通りだよ」

 いつのまにか林(りん)さんがテーブルについて餃子の焼き上がりを待っている。餃子はさっき林さんが皮から作ってくれたものなのだ。

「林さん……」

「ぼくの父親は国で役人をやってるんだ。子どもは、ぼくも含めてみんな外国に行かせてる。母親は去年呼び寄せたから、国には父親一人で生活。なぜか分かる須磨ちゃん?」

「たくましいお父さんですね」

「はは、父親は、いざとなったら捕まるつもり……あ、なんかヤバそうなことしてるんじゃないかって顔」

「え、あ、いや……」

「父親は、さっき言ってた家族手当程度の事しかやってないよ」

「え、じゃ、合法的なことしか……」

「いざとなったら、国はどんな罪でも被せてくる。父親は覚悟してるよ。だから、一族の事はボクが世話をするんだ」

「それが胡同なんですね……」

「そう、でも、須磨ちゃんは分かっちゃだめだよ」

「え、なんで?」

「簡単に分かられちゃ……面白くないでしょ。大お祖母ちゃんのように歯ごたえのある人になってよ。人生は面白くなくちゃね」

「焼けたわよ!」

 ジュワーー!!

 盛大な湯気と匂いが満ちた。わたしは、サッとお皿の湯を捨てて、美麗はすかさず餃子鍋をひっくり返してお皿に盛る。

「ナイス日中合作!」

 林さんは、各自の取り皿にタレとラー油を注いでいく。

「中国の餃子は、元来は水餃子なのよ。こうやって焼くのは余って固くなった餃子の食べ方」

「でも、ぼくは日本の焼き餃子が好き。ぼくも美麗も、こういう焼き餃子のように生きていくつもりだよ」

 林さんの幸せそうな笑顔で昼食の準備は整った。


「おや、ちょうど焼けたところだったんだねぇ」


 大祖母ちゃんが瀬奈さんを従えてやってきた。

「地酒のいいのが入ったからね……」

 瀬奈さんが角樽のお酒をテーブルの上に置いて、手際よく人数分の御猪口を並べて注いでいく。

「お嬢さまはニッキ水になさいますか?」

「あ……」

「まだ制服も着てないし、いける口なんだろ?」

「あ、じゃあ、一杯だけ(^_^;)」

 全員の御猪口が満たされて乾杯すると「では、準備をしてまいります」とお辞儀して出て行こうとする。

「あ、準備なら済んでる。着替えるだけだから」

「松井家の跡取りが出かけるんだ、粗略にはできないさ」

「あ、そんな大げさには(^_^;)」

「もう、年の内は帰ってこないんだろ」

「あ、まあ……」

 夕べ、松井の家を継ぐことだけは了承した。

 でも、それは了承だけで、いつ甲府に来るとは言っていない。

 とりあえず、高校生活は八年で終わりにする。そのあと大学に……まだ微妙に先延ばしだけど、そういう約束を大祖母ちゃんとしたんだ。

 庭の前栽の向こう、甲州の山々は癪に障るぐらいに変化が無い。

 でも、一昨日よりも、いっそう紅葉が進んで。その紅葉ぐらいには意地が通せたかと思った。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)

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REオフステージ(惣堀高校演劇部)125・大お祖母ちゃんの腰を揉む件 

2024-08-19 09:48:58 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
125・大お祖母ちゃんの腰を揉む件 






 そこが難しんだよ……


「このへん?」

 松井の家の話になりかけていたけど、気づかないふりをして揉むポイントを仙骨の少し下にずらした。

「あーーーそこそこぉ、意外にうまいじゃないの」

「自分が凝るのもこの辺だから……」

 風呂上りに大お祖母ちゃんに呼ばれ、かれこれ十分もマッサージしているのだ。

「凝るところがいっしょだなんて、やっぱり遺伝なのかねえ……」

「あ……うん」

 胸にこみ上げたものを静かに呑み込んだ。

 大お祖母ちゃんの言葉には裏が無い。マッサージの上手さが血族であることの証であることにシミジミしているだけなんだけど、よけいに大お祖母ちゃんの希望に添えない痛みが胸に走る。でも、口に出して言ってしまえばズルズルになりそうなので、黙々とマッサージを続ける。

 三年生を六回もくりかえし、府下でもただ一人という高校八年生をやっているのは、甲府の松井本家の跡を継ぐ決心がつかないからだ。


 鎌倉時代に甲斐の守護になった武田家に付いてこの地にやってきた松井家は、武田家滅亡の後も田畑をほとんど持たない、幕藩体制の基準で云うところの小大名として残った。

 しかし田畑を持たぬ小大名とは言え、その支配する山林は甲斐の国の四半分を超え、その規模と実力は十万石以上だと言われてきた。 

 甲斐の国の山林資源を保全するために信長も秀吉も、幕府を開いた徳川も松井家を残した。山林経営の安定は山林資源の一つである金鉱山の経営のためにも重要であったからだ。
 明治になると子爵に列せられ、終戦まで日本有数の山林地主として残り、その経営は江戸時代以前の秩序のまま受け継がれた。
 戦後の農地改革でも、山林地主は山林資源の保全と効率的な経営のために手を付けられることは無く残されて今日に至っている。

 松井家の他にもいくつかの山林地主は残っていたが、令和の現代になっても昔のままの姿と秩序を維持しているのは岡山の谷坂家と甲府の松井家だけだと言われている。

 祖母の美乃(よしの)も母の美代も、江戸時代がそのまま続いているような松井家を嫌って家を飛び出した。
 大祖母ちゃんは、祖母の美乃と母の美代を名目上の跡継ぎに指名しただけで、家と山林の経営は自分でやってきた。数年に一度、半日だけ帰省し儀式に加わるだけの義務しか娘と孫には負わさない大祖母ちゃんだったので、ひ孫のわたしは本家の風呂にも入ったことが無かった。

 跡継ぎを親類筋から迎えるのが順当であるんだけど、大祖母ちゃんは半世紀の長きにわたって堪えてきた。だが卒寿を目前にして、いよいよ腰を上げ、ひ孫の須磨に、たとえ本人がどうあろうと跡を継がせようと決心してるんだ。

 須磨は、高校生で居続けることで、その決定から逃れてきた。

 生徒であるうちは後嗣に指名してはいけないという不文律が松井の家にはある。跡継ぎの資格を持つ子どもたちが大勢いたころの名残。本人の資質と覚悟を自他ともに確かめ覚悟するには、それほどの時間が必要とされた。単に血筋の問題だけではなく、甲斐の国の四半分を治める資質も見極めなければならないからと言われている。


 さすがに卒寿の大お祖母ちゃんには言葉が出てこない。そうだね……という相槌だけは出てくるのだが、たった四文字の言葉でさえ口にしてしまえば、一気に気持ちが傾斜してしまいそうなのだ。

「さっきの難しいは、美麗ちゃんのことさね」

「美麗が……?」

「というか、美麗ちゃんを取り巻く身内がさ……中国人が日本の山林や水資源を買いあさるのは、正直たいへんな脅威なんだよ。このまんまにしておくと、山林のおいしいところはみんな中国人に持っていかれる。それを防ぐのが、このお婆の仕事なんだがね。買いにくる中国人は身内のためなんだ……林さんたちは国を信じちゃいないからね、一族身内の未来は自分が保障しなきゃならないと思ってる。林さんたちが邪まな気持ちだけなら戦えば済む話なんだけどね……林さんたちにも、きちんと正義があるんだ」

「そんなことって、政府の偉い人の仕事じゃないの」

「そうとばかりは言っていられないところまで来てるんだよ……須磨が美麗ちゃんと仲良くなってくれたことは良かったと思うよ。お互い厄介な一族の跡取り、これからも仲良しでいておくれ」

「うん、仲良くする」

「このお婆は、お父さんの林(りん)さんとガチバトルになるだろうからね……ここだけの話し、美麗ちゃんは須磨よりも一つ年上なんだ」

「え、ええ( ゚Д゚)!?」

「あの子はアメリカの国籍も持っていてね、ほんとうは林の家から逃げ出したい。それで、あちこちの国に何年も留学して逃げていたんだけどね」

「そうなんだ……」

「今は、東京の乃木坂学院の三年生」

「留年はしてないの?」

「武蔵野女学院で二回、アメリカの高校で二回、イギリスで一回」

「おお……」

「須磨は、ずっと惣堀の留年で通してるから偉いって言ってたよ」

「あははは……」

「いくら年齢を誤魔化しても留年は二回が限度だってさ……」

「わたしの場合は……」

 そこまで言って言葉に詰まる。

 校内ではハイパー留年生であることを隠そうともしないわたしだけど、学校を出た商店街などでは悟られないようにしている。制服も三年前に買い替え、表情や歩き方まで普通の現役生に見えるように気を配っている。

「大祖母ちゃん……須磨はね……」

「………………………………」

 意を決して言葉を継ごうとしたら、大祖母ちゃんは気持ちよさそうに寝ていたよ。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
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  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)124・美麗とお風呂に入って溺れかけた件

2024-08-18 09:04:02 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
124・美麗とお風呂に入って溺れかけた件 





 林さんと書いて「りん」さんと読む。

 お父さんの方が林評(りんぴょう)、娘さんの方が林美麗(りんびれい)。

 韓国の人みたいに向こうの読み方はしなくていい。

 毛沢東なんて、向こうの読み方だとマオツォートンだけどモウタクトウでOKだ。

 
「ほんとうに日本の音読みでいいのかしら?」

 勢いよく素っ裸になった美麗の背中に声をかけた。

「うん、中国と日本は昔からそうだし」

 素っ裸のまま、こちらを向いて言われるものだから、たじろいでしまう。

「わたし、日本で生まれて、中国には通算で二年ほどしか帰らなかったから、音読みの方が馴染んでるし」

 愛くるしく笑って美麗はカラカラと浴室のドアを開ける。


 
 カッポーーーーーン



 かかり湯の桶を小気味よく響かせて美麗が湯に浸かったころに入っていった。

「須磨って一人っ子でしょ?」

「え、分かるの?」

「そりゃ、脱ぐのゆっくりだし、今だって……」

「ん?」

「ふふ、そろりそろりとお湯に浸かって……」

「だって、美麗ったら……この浴槽は熱い方から二番目だよ。ひょっとして、美麗って兄弟多かったりするでしょ」

「ううん、一人っ子だよ。中国って最近まで一人っ子政策だったしね」

「あ、そうだったわね……グヌヌヌ(熱っついーーーーー)」

「ふふ、一人っ子だけど家族というか、親類が多いからね。それがいっしょに住んでるから、イトコトかハトコとか、日本だけでも五人いっしょに住んでるんだよ」

「え、なにそれ?」

「うちの家は古いから、昔からの習慣が残ってるのよ。お父さんは胡同(フートン)だって喜んでるけどね」

「フトン?」

「フートン」

「なんだかフワフワしたお布団みたいね(^▽^)」

「あ、云えてるかも。お布団の温もりってフートンに通じるよ」

「で、フートンて?」

「下町の道のこと。中国じゃ大通りを大街、その次を小街、もっと狭い通りを胡同て言って下町の意味。で、胡同と言うだけで下町付き合いという感じかな」

「そうなんだ」

「胡同には四合院(スーフーユェン)ていう家があってね。敷地の四方に建物があって……あ、ここのお風呂に似てる。四方に湯船がって、真ん中が共通の洗い場でしょ。湯船を家、洗い場を中庭だと思えば四合院のイメージ」

「あ、裸の付き合いって感じ?」

「あ、そうそう(^▽^)。住んでるのは、みんな親類でさ、うんうん、まさに、このお風呂だよ。ここも、夕方とかになったら近隣の人たちでいっぱいになるんでしょ?」

「うん、まだ、その時間帯に入ったことないんだけどね(^_^;)」

「え、ここ、須磨の実家でしょ?」

「あぁ……お祖母ちゃんの時に家を飛び出して、ずっと別に住んでたからね。ここは、子どもの頃にたまに来るだけだったし。それも、いつも日帰りだったし」

「いろいろ事情があるんだね……うちは、親類ぐるみで何十人も住んでてさ、真ん中に庭があって憩いの場所になってんの。中国人のアイデンテティーはその胡同と四合院の中にあるんだよ」

「なるほど」

「中国って昔から何度も国が替わってるじゃない、大きくなったり小さくなったりしながらさ」

「そうだね……」

 世界史で習った歴代中国王朝の表が頭に浮かんだ。

 夏 殷 周 秦 漢 魏・蜀・呉が三国で、隋 唐 宋 元 明 清……だったっけ?

「ふふ、声に出てるわよ」

「はは、暗唱して覚えたから」

「中国人でも、そんなにきっかり覚えてる人は少ないわよ、お見事でした!」

 拍手されて照れてしまう。

「王朝が替わるたんびに国は乱れるでしょ、だから、中国人は国の事を頼りになんかしてないの……頼りになるのは自分たちしかない。だから、中国人は鬱陶しいほど親類を大事にするのよ」

「聞いたことがある、だから中国の苗字は少ないって……少ないってことは一族の人数が多いってことなのよね」

「うん、林だけでも数百万人いるでしょうね。お父さんが今の会社作った時、二百年前は兄弟だったって人が来たわ」

「信じられない!」

「中国に汚職が多いのは、そういう途方もない身内意識があるから……けして、みんな悪党だってことじゃないのよ」

 ちょっと考えてしまった。

 自分は数少ない親類の大お祖母ちゃんの希望も受け入れていない、もっとも受け入れて松井宗家の家督を継ぐ気なんかない。ないんだけども、美麗の話を聞いていると、ちょっとだけど後ろめたくなってしまう。

 美麗の話しは続く。

「その林一族の未来を守るために、お父さんは必死にやってるの。そうなのよ、お父さんが日本の山林を買うのは中国のためなんかじゃない、林の胡同を守りたいからなのよ。脂ぎった親父は嫌いだけど、そこんとこは理解してるのよ、須磨……須磨? ちょ、須磨ぁーーーー!!」

 わたしは熱い湯に浸かり過ぎ、美麗の横で沈み始めていたのであった……。


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REオフステージ(惣堀高校演劇部)123・大お祖母ちゃん・3

2024-08-17 05:40:52 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
123・大お祖母ちゃん・3 




 一時間近くかけて山を下りると、登った時とは違う場所に出た。

 山の様子など分からないので、ちょっとキツネにつままれた感じ。

 山の傾斜が途切れて、そこだけが水平で、自然な地形ではないように思われた。

「このあたりの五つの山から切り出した原木が集められるところなのさ。四百年前にご先祖が切り開いて、ずっと使っている。シーズンになればトラックやら重機で賑やかになるよ。ここで枝を払って長さを整えて甲府の駅やら関越自動車道やらに運ばれて行くんだ」

 クレーン車や作業小屋も見えるから、貯木と製材を兼ねた広場なのだろうけど、適当な言葉が浮かばない。それだけ須磨の日常からはかけ離れた所なのだ。甲府の家そのものが子どもの頃に日帰りで来ただけなので、様子が分かっていない。

 広場の下り斜面の方から自動車の音が響いてきた。街なかで見かける半ば電気で動く車と違って音が大きい。四五台はいるのかと思ったら、上って来たのは二台の四輪駆動車だ。

「周りがみんな山だから、木霊して多く感じるんだよ。それにしても猛々しいねえ」

 先頭の車は怒ったカブト虫のようにガチャガチャして、後ろの車は一回り小さくて、カブト虫の子分のように思えた。

「やっと会えたです、松井さん」

 前の車から妙なアクセントの男がダークスーツを従えて降りてきた。後ろの車からは穴山さんと、夕べの宴会で見かけた男が心配顔で下りてきた。

「林(りん)さん、話の続きは明日のはずでしたが」

「申し訳ありません、どうしてもとおっしゃるので……」

 穴山さんが申し訳なさそうに付け加える。林(りん)さんと言うのだから中国の人なんだろう、その林さんが、穴山さんたちがダメだと言うのも無視してやってきたんだろうということが想像できた。

「ごめんなさいね穴山さん、みなさん。チンタオ公司が動き始めてるので先を越されると心配なのです。きのう提示した金額に三億の上乗せします。どうか、この私に売ってください」

「ご心配なく、どこが来ても、この案件には同意しません」

「ん……こんなことを言ってはなんなのですが、あの山の所有者は惟任(これとう)さんです。慣習上松井さんの了解が必要、それは尊重しますが、法的には私と惟任さんだけの取引でもできますよ。でも、わたし日本の人たちと仲良くやっていきたい思うからです。チンタオ公司はもっとビジネスライクにやってきますよ」

「そうはいきませんよ、商取引、特に山林売買に関しては慣習が重視されます。無視すれば、その後の業務で日本の、少なくともここらあたりの協力は得られませんよ。そうなればどこの山道も使えないし、山の木一本運び出せない」

「あーーーでも、山の木は切りださなきゃ、九州豪雨のようなことになるんじゃないですか。100ミリちょっとの雨で山崩れとかありえないでしょ」

「そうなれば、持ち主である林さんの責任になるでしょう。それに、ここいらで太陽光発電に賛同する者は一人もいません」

「んーーーかもしれないけど、林道や入会権は松井さんの裁量、裁判になったら五分五分でしょうが、納得してもらった上でないと、わたしも気持ちが悪いです」

 林さんは、けして無理を言っているのではないと須磨にも分かる。ハキハキものを言うけど、どこかすまなさそうに眉をヘタレさせるところなどクマのプーさん思わせるところがある。

「とにかくチンタオ公司は相手にしません。ここで言いあっても仕方がない、今夜はうちにお泊りなさいな、温泉にでも浸かれば、いい考えが浮かぶかもしれない」

「……ハーー、そうしましょうか。おーい美麗」

 林さんは4WDの後部座席に声をかけた。

「わたし、日本の温泉好きよ」

 そう言いながら4WDから出てきたのは……夕べ見かけた女子高生だ!



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REオフステージ(惣堀高校演劇部)122・大お祖母ちゃん・2

2024-08-16 08:04:05 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
122・大お祖母ちゃん・2 






「どこまでが家の山か分かるかい?」


 ハーー ハーー ハーー

 まだ息も整わないわたしは声も出せない。

 知ってか知らでか、大祖母は答えを急かせもせず、上りきった松井山の頂で巌のように立っている。

 年が明ければ米寿という大祖母松井美(よし)はまるで山の精霊の長ようだ。

 夕べは、この大祖母に気圧され、言いたいことの半分も言えなかった。

 予想していたことなので制服を着てきたのだ。古いだけしか取り柄のない惣堀高校だけど、わたしが松井家四十六代目当主である松井美に対抗するには、この制服しかない。

「児童、生徒であるうちは須磨自身に決断させることはしない」

 大祖母の言葉があったから、わたしは些細な事件を起こして停学になり、以後卒業することもなくタコ部屋で留年を繰り返してきた。

 大祖母に須磨が寄って立つ場所は学校しかない。

 いずれ、大祖母の方から折れるか諦めるかして母や祖母のように自由にしてもらえると思った。

 しかし、大祖母は諦めていなかった。

 母も祖母も須磨の年頃に瀬戸内の家を捨てた。大祖母も若かったので娘と孫のわがままを許した。二人とも松井の名前を捨てようとしたが、大祖母は、それだけは許さなかった。松井の姓から逃れられないということは松井家嫡流としての責務からは逃れられないということを示している。

「継体天皇は応神天皇の五世孫であった」

 十余年前、甲州の屋敷に行った時、祖母と母と三人並んだところで言われた。

「だけど、五世の末まで待てるほどの長生きはできないよ。いま直ぐにとは言わないが、ゆくゆくは須磨に松井家当主の座を譲りたい」

「それなら、お祖母ちゃん、わたしが家に戻ります」

 母の美代は、それまで俯いていた顔を上げて宣言した。いつも軽すぎるくらいに陽気な母がNHKの女性アナウンサーが皇室に関わるニュースを言うような穏やかさで言った。

「美代は俗世間に馴染みすぎている、素養にも乏しいし、これから磨くには歳も取り過ぎている。美乃(よしの)は言わずもがなだ」

 わたしの横で、母も祖母も畏まるしかなかった。

「須磨の目には光がある、松井家棟梁の光が、須磨なら、まだわたしが育てられる」

「お母さん!」「お祖母ちゃん!」「…………!」

「松井家には信玄公以来、武田家から託された甲州の山々を守る役目があるんだよ。甲州は日本の真ん中、甲州の山を守るということは、とりもなおさず日本を守るということでもある。年端もいかぬ須磨には可哀想だけれど、親子二代にわたって逃げてきたツケなんだ。そうだろ好美、好乃」

「申しわけありません、お母さま……」

 祖母は平伏したまま固まってしまった。あんなに苦しそうな祖母は初めてだった。いつも母以上に陽気な祖母が痛ましくて、まともに見ることができなかった。

「まあいい、今すぐにどうこうなるわたしでもない。だが、今度使いを出した時は猶予はないと思っておくれ」

「それはいつ?」

「五年先か十年先か……わたしも人間だ、ひょっとしたら明日になるかもしれないね。ま、それまでは須磨に公に生きることの意味を覚えさせておくれな。朝に道を聞けば夕べに死すとも可なりというからね」

 そして一昨日、甲州の使いがやってきた。母も祖母も付いていくと言ったけど、わたしは一人でやってきた。

 十余年前の、あの惨めな思いを二人にはさせたくなかったし、大祖母の前で畏まるしかない二人を見たくなかった。

「本来ならお嬢様のご卒業まで待つとおっしゃっていたのですが、もう猶予が無いご様子でして」

 使いにやって来た穴山さんの息子は静かに言った。

 甲府には制服でやってきた。家を出る前に姿見に映した姿は、ハイス薬局の先輩が作った人騒がせな人形に似ていた。

 この姿に大祖母は、さぞかし眉を顰める、あるいは叱り飛ばすか……覚悟はしていたけど、大祖母は着替え用の新品の制服さえ用意していた。三年前に買い替えたとは言え、並みの三年生の制服よりはくたびれている。そこまで見透かされたわたしは、あの人形以上にミイラだ。

 あの人形はミイラのまま、いまだに部室のトランクの中だけれど、目の前の大祖母は、このわたしを無理やりにでも蘇らせる意志と力を持っている。


「富士のお山を除く全てです」


 やっと息を整えて答えた。

「では、存在の危機に瀕している山は……分かるかい?」

「え、えと……」

「富士のお山を含むすべてだよ」

「え…………」

 ゆっくり振り返った大祖母は憂いを含んだ眼差しでわたしの肩に手を置いた……



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REオフステージ(惣堀高校演劇部)121・大お祖母ちゃん・1

2024-08-15 08:24:54 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
121・大お祖母ちゃん・1 





 大お祖母ちゃんは十余年のブランクを感じさせない元気さだ。

 こんな夜中に帰ってくるのだから、こなした仕事は片手では足りないかもしれない。

「両手の指ほど難儀な人たちに会ってきたよ……」

 見透かしたように大お祖母ちゃん。きちんと挨拶しようと思っていたのに吸った息を言葉に出来ずに呼吸が止まってしまった。

「どうも、顔が怖いままのようだね。でも須磨も子供じゃない、深呼吸してごらん」

 素直に深呼吸一つ。

 ゆっくり息を吐きだすと、大お祖母ちゃんも微かに笑顔になった。

「制服でやって来たということは、須磨なりに気持ちがあってのことなんだね……校章の横にバッジが付いていた痕があるけど、なんのバッジを付けていたの?」

 言われてハッとした。

 二年生の秋から最初の三年の夏まで生徒会の副会長をやっていたんだった。

 あのころは卒業したら甲府の田舎に帰ってもいいと思っていた。お母さんやお祖母ちゃんが投げ出した跡継ぎをやってもいいと思っていたんだ。人の上に立つ役目を担うわけだから、生徒会の仕事で慣れておこうと思ったんだ。

 部室の問題で瀬戸内美晴に初めて会って、ちょっとデジャブだった。

「以前、生徒会の副会長をやっていました。二期務めたので痕が残って……」

 そこまで言ってハッとした。

 風呂上がりに、瀬奈さんが新品の制服を出してくれて着替えたはずだ。バッジの痕が残っているはずがない……しかし、手を伸ばしてみると、微かにバッジを付けた痕が感じられる。

 思い違いかと混乱したが、制服の生地の感触は新品のそれだ。

「たしかに、学生でいるうちはこちらのことは考えなくていいと言ったけどね。まさか十年も高校生でいるとはね」

 いや、まだ8年なんだけど。

「その……」

 もっと積極的な意味が制服にはあるのだが、大お祖母ちゃんを前にすると言えなかった。

 大お祖母ちゃんの前では、そんな制服一つのツッパリなど、ひどく子どもじみた意地にしか感じられないだろう。

 有り体に言えば位負けしている。それほど大お祖母ちゃんから受ける圧は凄かった。血のつながりを自覚していなければ逃げ出しているかもしれない……。

 大広間でもない大お祖母ちゃんの部屋が学校の体育館ほどの広さに感じるわたしだった。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)120・落花狼藉の無礼講

2024-08-14 08:38:50 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
120・落花狼藉の無礼講 





 三十分もすると無礼講は手が付けられなくなった。

 最初は隣り合う席で喋るぐらいのものが、座を移るようになり、移った先で酒を酌み交わしながら口角泡を飛ばしての議論が始まる。
 激してくると、裃姿の重役が割って入り、なにやら一言二言言うと、皆が手を打って腕相撲が始まったり放歌高吟したり。
 それでも収まりがつかないと対立している双方から人が出て、扇子を刀に見立てての剣舞。剣舞はただの剣舞ではなく、隙を見ては持った箸や扇で相手を切ったり打ったり、大の大人が果し合いの真似事になる。相撲になるところもあれば、野球拳を始める者もいたり、あげくには「ウップ」と口を押えて庭に出て反吐をついたり悪態をついたり落花狼藉の大騒ぎになった。

「ここの慣わしなのです。お酒が入ったまま論じていては判断を誤ります。しかし、いったん火のついた対抗意識には決着を付けなければ、やはりもめ事になります。それで、歌ったり踊ったり腕相撲になったり、その場の優劣だけを決しておくのです。歌や踊り、せいぜい野球拳ですから、負けても恨みにはなりません。生活の知恵ですね(^ー^* )フフ♪」

 瀬奈さんは傍に来て解説してくれる。瀬奈さんが居なければとっくに参っていただろう。

「勝負が付くと、勝者敗者の双方がやってきます。ご苦労ですが、双方に杯を渡して、できれば笑顔でこのお酒を注いでやってください。姫君から盃を頂いたということで双方納得いたしますから」

「は、はい(^_^;)」

 いつのまにか『お嬢さま』が『姫君』になっている。

 やがて、顔を真っ赤にした男たちが二人一組でやってくる、瀬奈さんが間に入ってくれて、わたしも引きつりながらも微笑み返し。で、丸く収まるのだが、酒臭いオッサンたちの入れ代わり立ち代わりには正直参ってしまう。

「松井家四十七代目様のお顔を見ることが叶って、もう言葉もござりません……」

「はい、お盃をどうぞ(^○^;)」

「これはこれは……」

「きゃ!」

 書院番と言われるオッサンは杯を受け取ろうとして、そのまま覆いかぶさってきて眠ってしまう。

「〇〇さん、昔なら切腹ものですよぉ」「これはしたり」「ならば腹を……」「切腹は向こうでいたしましょうねぇ」「いかにも……」「はい、次の方ぁ……」

 瀬奈さんがあしらって、他のメイドさんたちが酔っぱらいを引き立てて行く。

 こんなことが十数回繰り返されて、お酒を飲まずとも参ってくる。

「ちょっと風に当たりたいわ」

「楓さん、お願いします」

 瀬奈さんが声を掛けると愛くるしいメイドさんがやってきて肩に掴まらせてくれて廊下に出してくれる。

 楓さんは廊下の角を二つ曲がったところまで案内してくれて、大広間とは庭を挟んだ反対側。廊下の幅が三倍ほどになっていて、廊下でありながら絨毯が布かれ椅子に座って休めるようになっている。

 庭を挟んだ館に光芒が屋根の輪郭をなぞるように射した。

「御屋形様がお戻りになられたようですね」

「大お祖母ちゃんが……会いたいわ」

 もう大お祖母ちゃんに会い、言うだけ言って、明日の朝一番で帰ってしまいたい。

 さっきの書院番の一言で分かる。思った通り、わたしを四十七代目に据えて後を継がせようというのだ。

「お気持ちに沿えるように……瀬奈さんがお手配されています」

「え?」

 楓さんが目配せした先は廊下のT字路のようになっていて、横棒のところを人がやってくる気配。

 縦棒の所に居る美晴には足音しか聞こえないが、交差点に来たところで姿が見えた。

「大祖母ちゃん……?」

 それは自分とは違う高校の制服を着た女生徒……その子がチラとこちらの方を見た。

 歩きながらだけど、まるで宮様のようにお辞儀をする女生徒。わたしは、咄嗟のことに、廊下で生徒会の瀬戸内美晴に会った時のように、不機嫌そうに「オス」と返しただけだった。

 女生徒は、そのまま廊下を進んで、宴たけなわの大広間に入っていった。

「さ、御屋形様のところに参りましょう」

 楓さんがニッコリと笑った。



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REオフステージ(惣堀高校演劇部)119・首席家老諏訪甚左衛門

2024-08-13 07:22:00 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
119・首席家老諏訪甚左衛門 





 部屋に戻ると、お寿司屋さんの湯呑みたいなのとオニギリが置いてあった。


「これは?」

「お食事には、お役目の方々や里の主だった方々が同席されます……」

「あ、そか。偉い人が並んでちゃ、うかうかと食べても居られないものね」

 瀬奈さんは、ちょっと困った笑顔で応えた。瀬奈さんの心づくしなんだと思った。

 おにぎりの中はシャケと野沢菜で、湯呑のお茶もたっぷりと飲み頃に冷ましてあって、なんだかホッとした。


 通されたのは、さきほどさんざん待たされた広間だ。


 百人近い人たちが、温泉地の宴会のようにお膳を前にして居並んでいる。

 みんな和やかな顔をしているのだが、醸し出されるオーラはいかめしい。

 須磨の席は上段のすぐ下、時代劇だと御家老さまあたりのポジションで、一人でみんなの方を向いている。

 須磨が収まると、広間の一同は手を付いて平伏した。よく見るとお役目らしい二十人余りの人は、それこそ時代劇のように裃を着ている。里の人たちもフォーマルない出たち、息が詰まる。

――おにぎり正解、こんな席、喉に詰まってしまう――

 須磨の前にも膳が用意されているが、これでは食べるどころではない。

「須磨姫様には、ようこそのお出まし。家老職諏訪甚左衛門喜びに耐えません、役目の者、里の者、みな同じ気持ちでございます」

 お嬢様でも収まりが悪いのに須磨姫様ときた。

「今夕は、ささやかながら宴の用意をいたしました。あいにく御屋形様はご帰還なされておられませんが、よしなにとのお言葉を賜っております。まずは、一同をご引見いただき、お言葉を賜りまする。が、なにぶん大勢でございますので、お言葉は一同の挨拶を受けられたあとで頂戴いたしとう存じます。それでは、次席家老の……」

 穴山さんの家令という肩書でもびっくりしたのに、それより大時代な家老、次席家老には驚いた。

 それから一人二十秒余り、全員で三十分かけての挨拶を受けた。

 いつもなら五分も正座していれば、感覚が無くなるほど足がしびれるのだけど、そうはならなかった。場の雰囲気か、それとも痺れすぎて間隔がなくなったのか……まあ、どっちでもいい。大お祖母さまには会えなかったけど、きちんと気持ちは伝えなければならない。

「みなさん、ご丁寧なごあいさつありがとうございます。本当なら大お祖母さまに直接お話しなければならないことなのですが、このように、みなさんお集まりですので、申し上げたいと思います……」

「それはお控え願わしゅう……みなまで申されますな、姫様」

 家老諏訪甚左衛門が制した。

「姫様は制服にてお出ましになられました。それでお気持ちは察せられます。それは、御屋形様にお会いになられてからで良いかと存じます……これで良いのであろう、穴山殿」

 家令の穴山が無言で頷いた。どうやら穴山さんが一苦労してくれているようだ。

「さ、これからは無礼講じゃ!」

 パンパン

 家老さんが手を叩くと、奥女中のような揃いの矢絣姿のメイドさんたちが、一同の膳に汁物と熱物を添えて、それぞれの盃を満たしていく。普通の宴会なら、取りあえずのビールになるんだろうけど、日本酒のようだ。

 つい今までメイド服で傍に居た瀬奈さんも矢絣になってお酌しているのには驚いた。瀬奈さんは早着替えの名人だ。

 そう思って瀬奈さんを見ていると――大丈夫ですよ――と、控えめに微笑んだ。



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REオフステージ(惣堀高校演劇部)118・広すぎるお風呂は瀬奈さん付

2024-08-12 08:42:20 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
118・広すぎるお風呂は瀬奈さん付 





 広い……


 瀬奈さんに案内されて、少し降りたところにお風呂があった。

 これまでは日帰りだったので、ここの風呂は初めてなんだけど、あまりの広さに足が止まってしまった。

 まだ脱衣所に入ったところなんだけど、ゆうに教室一つ分は有る。

「里の人たちも利用されるので大きいんです、さ、こちらにどうぞ」

 温泉旅館のように二つの壁面が四段の棚になっていて、一段ごとに八つの籠。4×8×2=64、一度に六十人くらいは入れる。浴室に近いところが窪んでいて衝立で目隠しになっている。

「お嬢様、こちらへ」

 瀬奈さんが示したのは衝立の向こうで、入ると四畳半ほど、しつらえが高級になっている。

「こちらがお身内様の脱衣所になっております」

「ここでなきゃダメなのかしら?」

「お好きなところを使われて良いのですが、里の人たちが気を使われますので……」


 ああ、そういうことかと納得して裸になって浴室に向かう。


 え……広すぎる。

 浴室は脱衣所どころではなく、小学校の講堂くらいの広さに大小四つの浴槽がある。

 どうやら温泉で、浴室の外から掛樋が引かれて、盛大に湯煙を立てながらお湯を注いでいる。

 広場恐怖症ではないのだけど、ちょっとたじろいでしまった。

 夏休みのサンフランシスコで入った温泉も学校のプールのような広さだったけど、屋外のスポーツ施設のような感じにたじろぐようなことは無かった。だいいち、シスコのは企業が商売でやっている施設。ここは温泉旅館なんかじゃない個人のお風呂なんだ。

 壁面の一つはゴツゴツの岩壁になっていて、この浴室が、元々は天然の岩風呂だったことを偲ばせる。

 大お祖母ちゃんの家は天守閣さえあれば十分お城で通用しそうな屋敷なのだけど、このお風呂は、それに倍する歴史の重さを感じさせる。松井家の始まりは、ひょっとしたら、この天然温泉の周囲から始まったのかもしれないと思った。

「お背中を流します」

 え?

 いつの間にか瀬奈さんがセパレートの水着で控えている。

「あ、え、あの……」

「嫡流の方のご入浴は、それぞれ役目の者が付きます。いつもわたしとは限りませんが、本日は瀬奈が務めさせていただきます。こちらへ……」

 檜の腰掛に座ると、瀬奈さんがユルユルと賭け湯をしてくれる。

 お風呂で人にお世話されるなんて初めてなので、いささか恥ずかしい。

「……御屋形様と同じ肌をなさっておられます。やはりお血筋なのですね」

「え、あ、そうなんだ(#^_^#)」

「では、こちらへ」

 三杯の掛け湯を済ませると中ほどの浴槽を示された。

 入ってみると、思ったよりも熱くない。熱い風呂は苦手で、家の風呂も冬場でも三十九度度設定にしてある。

「この浴槽が一番穏やかな温度設定になっています、慣れてこられましたらお好みの浴槽をお使いください。あちらの小さいのが一番猛々しくて四十五度ございます。ちなみに、御屋形様は、あちらをお使いになっておられます」

「四十五度……( ゚Д゚)」

 ただでも近づきがたい大お祖母さまが、いちだんと化けものじみて感じられた。

 同性とはいえ瀬奈に身体を洗われるのはきまりが悪かったが、髪を洗ってもらうのはラクちんで気持ちが良い。

「えと……なんだか瀬奈さんの視線をヒシヒシ感じるんだけど」

「あ、申し訳ありません。お風呂のお世話はお嬢様の健康チェックも兼ねております。まだ未熟者ですので、ご不快でしょうね、申し訳ございません」

「あ、いえ、そんなんじゃ(;'∀')」

 自分で指摘しておきながらワタワタしてしまう。


 風呂からあがって驚いた。


 着替えが全て新しくなっている。

 いちばん驚いたのは制服だ。

 三年間着慣れた(高校八年生だが、制服は三年前に買い替えた)ものではなくて、触っただけで分かる新品に替わっていた。

「新しいものと、御屋形様からの御指示でございましたが、制服をお召しになってこられたのはお嬢様の心意気であるとお見受けいたしましたのでご用意させていただきました」

 すばやくメイド服に着替えていた瀬奈さんが、心なし口元をほころばせた。


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REオフステージ(惣堀高校演劇部)117・帰りたんですけど

2024-08-11 09:18:42 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
117・帰りたんですけど 






 トイレに行くのが先決問題だったので瀬津さん……と間違えたメイドさんの正体は分からずじまい。

 手洗いのあと通された部屋は六畳と八畳の続き部屋『こちらでお待ちください』と通されたんだけど、奥の八畳は誰かの部屋なんだ、境の襖は開いているけど、手前の六畳で待つ。

 六畳は控えの間の感じで、小振りの文机の他には押入れの襖が見えるきり。

 八畳の南向きには淡いグリーンのカーテン。カーテンを通して日差しがろ過されて淡い光に満たされて、こちらの六畳まで淡色のグラデーションに染まっている。

 窓の方を頭にしてベッド。セミダブルと言っていいほどの大きさで、硬すぎず柔らかすぎずの感じ。

 枕は、うちのと同じ低反発ピローかな。

 枕の方角にL字型に机、デスクトップのパソコンは大学に入ったら、これに買い替えようと思っている新型。

 モニターが二つと思ったら、一つは憧れの二十四インチの液タブだ。

 書架には、わたしがシリーズで読んでいるラノベが6シリーズ並んでいる。

 書架の前には小振りのコタツ。部屋の主は普段はこのコタツで寛いでいるんだろうね。

 部屋の主は女性というか女の子だろうね、さっきの謁見の間にも近いし、待機のために通されたんだ。
 八畳の方に踏み込んでみたい気になったけど、人の部屋、ちょうど座っているところにろ過された日差しもあるので大人しく座って待つ。

 日差しの柔らかさにウツラウツラ。


 トントン


 ドアがノックされた。

「ど、どうぞ」

――失礼します――

 一声あって、さっきのメイドさんが入って来た。

「今日は、申し訳ありませんが、御屋形様はお戻りになりません。時間も時間ですので……」

「あ、いいのいいの。大お祖母さまは忙しい方なんだから、わたしはこれで失礼します。穴山さんに駅まで送ってもらったら、まだ十分新幹線には間に合う、さ、急ぎましょうか」

「あ、いえ。食事になさいますか? お風呂になさいますか? というお話なんですが」

「あ、あ……えと……」

「申し遅れました、わたくし美晴お嬢様のお世話を担当いたします瀬奈と申します。お嬢様も御存じの瀬津の娘でございます。母は、いまは御屋形様の秘書を務めております。不束者ではありますが、よろしくお引き回しのほどお願いいたします」

 瀬奈さんか、やっと正体が分かった。

 そうよね、似てると思ったら親子だったのね。お辞儀の仕方なんて、もう堂に行っちゃって、アキバのメイド喫茶なんて目じゃないわ。それでこそわたしの世話係……世話係って? わたしスグにでも帰るつもり……


 スマホの呼び出し音……わたしにじゃない。


「失礼いたします」

 なんだ瀬奈さんの……あの、帰りたんですけど~(;^_^A

「お食事は、お役目のみなさまや里のみなさまが御一緒されますので、お嬢様にはお風呂の方にご案内せよとのことです。ささ、どうぞこちらへ」

 さっさとドアの外に出て行くしぃー!

「お嬢様、お湯殿にまいられますー、みなみなさま御仕度をーーーー!」

 彼方で大勢の人が動く気配、なんだかとんでもないことになって来た(;゜Д゜)。



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REオフステージ(惣堀高校演劇部)116・足がしびれた

2024-08-10 07:05:35 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
116・足がしびれた 





 ……三十分たっても大お祖母さまは現れない。

 ……だだっ広い広間なので冷える。

 トイレに行きたいんだけど、行ったら負けのような気がする。

 せめて座布団を敷きたいんだけど、大お祖母さまに会ってもいないのに座布団を使うのは無作法だ。

 むろん、こんな田舎の作法に従う気はないんだけども、大お祖母さまと勝負するまではと思う。

 声を上げれば、どこか近くで控えているメイドさん……たぶん瀬津さん(子供のころから馴染んだメイド長)が取り計らってくれる。

 だけど、そうするには瀬津さんと話さなければならないし障子や襖を開けたり閉めたり、廊下を歩いたりしなければならない。廊下などで人に会えば会釈もしなければならないだろうし。

 ここでの作法は小さいころに躾けられた子ども用の作法しか分からない。畳の縁を踏んではいけないとか、目上の前で座布団を使ってはいけないとか。だいいち、屋敷の様子は、子どもの頃に出入りしたところしか分からない。それすらおぼろで、築三百年を超える屋敷はほとんどラビリンスだ。

 大お祖母さまに会って決着を付けるまではボロは出せない。

 それに……もう、感覚が無くなるくらい足がしびれて、まともに立つこともできないだろう。

 たった三十分、大お祖母さまに会う前に悲惨なわたしだ(-_-;)。

 大お祖母さまが現れるのは、上段の向かって左側。

 おつきを従えて静々と現れるはず。

 じっと目の端でとらえているので、いまにも襖が開くような錯覚におちいる。


 失礼します


 右後ろから声がしてビックリ( ゚Д゚)。

 障子が開いたんだけど、痺れきって振り返ることもできない。

「御屋形様は急なご用事でお出ましにはなられません。まず、お部屋にご案内いたします」

 瀬津さんの声、作法通りに障子を広く開き、廊下で待ってくれている。

 ここでトチるわけにはいかない。

「承知しました……」

 かっこを付けて立とうとする。


 あわわわわ(''◇'')!


 ラノベの萌えキャラみたいな声が出た。

 バッターン!

「あ、美晴お嬢様!」

 瀬津さんが駆け寄って介抱してくれる。

「ご、ごめんなさい、ちょ、ちょっと痺れてしまって……」

「わたしの肩におつかまり下さい」

「ずびばぜ~ん」

「さ、どうぞ」

 え……?

 優しく支えてくれた、その顔は瀬津さんではなかった……。



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REオフステージ(惣堀高校演劇部)115・ちっとも変わってない……

2024-08-09 08:58:54 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
115・ちっとも変わってない…… 






 甲府の街は十分都会なのだが、車で十分も走ると凄みの有る山々が迫ってくる。


 その山々を経巡るように三十分も走ると二十一世紀の感覚が無くなってしまう。

 アスファルト舗装にさえ目をつぶれば、ここが縄文時代と言われても「そうなんだ」と頷いてしまうし、信玄公の軍勢が通られますと言われれば、馬蹄の音が木霊すような気さえする。

「ここで舗装道路は終わりです」

 家令の穴山が呟くと、それが音声入力のスイッチであったかのように土道の感触がお尻に伝わってくる。

「ちっとも変わってない……」

 須磨の小さな歓声を穴山は穏やかな笑顔で受けとめてくれる。

 林を過ぎると騙し討ちのように川が現れ、車は器用に直角に曲がっていく。知らずに突っ込んで行ったら谷と言っていいほどの流れに突っ込んでしまうだろう。

 そして見えてきた……松井家先祖伝来の城郭と見まごうほどのお屋敷が。

 屋敷の前は、先ほどの川の支流に当たる流れが堀のように横たわり、石垣の上にはしゃちほこが載った二層の楼門が聳えている。

「しゃちほこがあるのはお城なんだよね」

 そう呟いた時「しゃちほこは火除のお呪いなんですよ」と、穴山は幼い須磨に教えてくれた。

 あれから十年以上もたっているのに、ほんの昨日のことのように思い出されるのは、あまりに変わりのない屋敷と風景のせい。

 しかし、美晴には大お祖母さまの気持ちが変わっていないことの現われのように思えた。

 制服を着てきて良かったと思った。

 もう半年もすれば前人未到の九年生になるが、高校生であることには変わりはない。

 大お祖母さまは――高校生でいる間は保留にしてやろう――ということだったのだから。

 その昔、松井家が大名であったころ、家臣や領民の為に藩校を持っていた。藩校には決まった入学年も卒業年も無く、教授方頭取と呼ばれる校長が認めなければ卒業にならなかった。真に役に立つ人材を養成しなければ教育の意味が無いとされていたのだ。

 大お祖母さまに会って、なにを話のテコにするかは思い浮かばないが、制服である限り、そこから話の広げようがあるかと、須磨は思った。

 幕末の頃、何某という祐筆の子が十年学んでも卒業しなかった。始め国学を志したが、国学では動乱の時代、家のためにも藩のためにもならぬと悟り蘭学に切り替えた。が、その蘭学にも疑問を抱いて六年目にして洋学こそが次代の学問、経世済民の学であると思い定め、大政奉還の後、明治新政府の官僚になるとともに維新後の松井家の隆盛に力を尽くしたと言われている。


「それでは、仕来(しきたり)りですので、ここでお控えください」


 やっぱりと思った。

 松井家は仕来りにやかましい。
 
 須磨は通された広間の畳の縁を踏まないようにして、上段の二間前に正座して待った。

 座布団は置かれていたが大お祖母さまの指示が無い限り使ってはいけないことも承知している。

 上段は中央が間口二間の床の間のようになっている。松井家の家紋を背に厳めしい鎧が据えられて、まるで時代劇に出てくる殿様との対面のしつらえだ。

 さて、何から話そうか、どういう風に語ろうか……ここに来るまでに考えていたあれこれを反芻してみるが、そのどれも、やがて上段に現れる曾祖母には無力のような気がしてくる高校八年生の須磨であった。



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  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
 


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REオフステージ(惣堀高校演劇部)114・12年ぶりのニッキ水

2024-08-08 07:18:38 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
114・12年ぶりのニッキ水 





 一年延ばしにしてきたのがいつの間にか六年、数えて24歳になってしまった。

 車窓から見えるナナカマドの実の赤が際立ち、ダケカンバの黄葉さえ目に痛く――もう、とっくに期限は過ぎている――と責められているような気さえする。

 甲府の駅に下りてロータリーに出ると、まるで昨日の今日という感じで穴山さんが立っていた。

「お迎えにまいりました、お嬢様」

「……ご苦労です」

 ほんとは「お嬢様なんて止してください」と言いたかったんだけど、無駄だと分かっているので止した。

 抗えば、穴山さんは礼をもって「そうはまいりません」から始まってしばらくは喋ることになり、その話の内容は、ロータリーに居る地元の人や観光客の耳に留まり、場合によっては写真や動画に撮られかねない。

 わたしは、ちょっとしたこだわりで学校の制服を着ている。制服姿で撮られては、このネットの時代、検索に掛ける方法はいくらでもある。どこをどう経巡って惣堀高校と特定されてしまうか知れない。内外の関係者に見られたら、すぐに松井須磨と知れてしまう。

 それだけは避けなければならない。

 数日後、無事に大阪に帰ることになっても。このまま死ぬまで田舎に留め置かれることになるとしても……。


「穴山さん、ちっとも変わりませんね」


 ロータリーから車が出て、五分もすると沈黙に耐えられなくなり、自分から声をかけた。

「嬉しゅうございます、ひょっとしたらお屋敷まで口をきいていただけないのではないかと心配いたしておりました」

「穴山さんには何もありません。大お祖母様にもありません、ただ、この身体にも流れている松井家の血が疎ましいだけなんです」

「……それは、この穴山が嫌いと言われるよりも辛うございますね……お嬢様は、お心に留まるような殿方はおいでではなかったのですか」

 あ、と思った。

 穴山さん、家令としては踏み込み過ぎた物言いだ。

 穴山さんは、大お祖母様に会わざるを得ないわたしを哀れに思ってくれているんだ。松井家の宿命に呑み込まれそうな、哀れな高校八年生のわたしを。

「クーラーボックスにニッキ水が入っております」

「え、ニッキ水!?」

 甲府の街も、いま向かっている山梨の自然が目にも心にも痛いわたし。そんなわたしでも子供のころに馴染んだ飲み物、それももう飲めないと諦めていたそれを見せられると心が弾んでしまう。

「もう作っているメーカーも少のうございましてね」

「そうでしょ、わたしも十年以上前に田舎で飲んで以来だもの」

「それが、お嬢様、そのニッキ水は大阪で作っているんでございますよ」

「え、あ、ほんと」

 ボトルという今風が似合わない瓶の側面には大阪は都島区の住所があった。

「不器用なものですから、お嬢様のウェルカムに、こういうものしか思いつきませんで」

「ありがとう、穴山さん」


 わたしは、シナモンの香り高いニッキ水を口に含んだ。


 12年ぶりの大お祖母さまとの再会にカチカチになっていく肩の凝りが、ほんの少しだけ解れていく……。



 
☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)

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REオフステージ(惣堀高校演劇部)113・千歳の胸騒ぎ

2024-08-07 08:53:44 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
113・千歳の胸騒ぎ 





 主役でもないのに緊張のしまくり。


 でも、緊張していたのだと自覚したのは、家に帰ってお風呂に入ってから。

 入浴は少しだけ介助してもらう。

 脱衣も着衣も一人で出来るんだけど、やっぱり浴室でのいろいろはお姉ちゃんに介助してもらう。

 浴室にいる間は必ず介助者が居なければならないんだけど、浴槽の出入りだけ手伝ってもらう。

 浴槽に浸かっている時間が長いので、付き合っていては冬でも汗みずくになってしまうからね。

 まあ、三十分くらいは浸かっている。

 お姉ちゃんはコンビニに出かけてしまった。ATMだけの用事だから、ものの五分ほど。


 で、不覚にも居ねむってしまった( ゚Д゚)。


 バシャ! ゲホ、バシャバシャ! ゲホゲホ!

 お姉ちゃんが帰ってくるのと溺れるのがいっしょだった。

 ち、千歳(;'∀')!!

 土足のままのお姉ちゃんに救助されて事なきを得たんだけど……

 怖かったよーーーーーー(><)!!


 その夜は熱が出て、けっきょく二日も学校を休んでしまった。


 演劇部に入ってからは休んだことが無かったので、みんなからメールが来た。クラブはもちろん、クラスからも10人、美晴先輩や八重桜先生からも。

 部活以外からも来てるんで、ちょっとビックリ。知らないうちに、大げさに言うと世界が広がっていた。

 部活以外は適当に近所づきあいぐらいに思っていたんだけどね。これも文化祭でがんばれたことが大きいんだろうか……先輩たちと、八重桜……敷島先生、ほかの人たちにも感謝。

 学校辞めるためのアリバイ作り……なんて思ってたんだけどね。

 よし!

 学校を休んでメールをもらうなんて初めてだったし、お礼は一斉送信なんかじゃなくて、一人一人に返事を打った。
 

 で、本題はここから。

 で、忘れてた。


 その日のあれこれを机に突っ込んで気が付いた。

 クラブの書類を生徒会に提出しなければならない。文化祭で飛んでしまっていたんだ。車いすのわたしは先輩たちにお世話になるばかりだから、部室でお茶を淹れるだけじゃなくて、書類的な仕事は引き受けるようにしてるんだ。

 それが書き終わってるんだけど文化祭のことで提出が遅れて溜まっていた。

 車いすだと事務仕事は気にならないんだけど、ちょっとした用事で移動するのは億劫で先延ばしにしてしまう。

 必要なことは記入済みなので、すぐにでも持っていこうと思ったんだけど……。

「千歳、大丈夫だった?」「もうええんかいな?」「Are you OK?」「よかったー!」「元気になったあ!」

 休み時間の度に声をかけられるんで、お昼休みになってしまった。

「失礼しま~す、演劇部です、書類を持ってきました~」

 どーぞ

 入ってビックリした。

「あ、えーーと……」

 生徒会室の本部役員が増えている。

「あ、ビックリ? おとつい選挙があって執行部は入れ替わって、引き継ぎやら申し継ぎやらやってるの」

 副会長バッジを付けた二年女子がにこやかに言う。そう言えば、向かいに座っている美晴先輩の胸にバッジが無い。二日休んだだけだけど、学校は変わり始めていた。

「あの、書類が溜まってたんで持って来ました」

「あ、ありがとう」

 書記の一年生が受け取ろうとすると、美晴先輩のチェックが入る。

「あ、それはカウンターの未決の箱」

「あ、はい」

「あ、書式とか書き洩らしが無いかチェック……わたしがやるから見てなさい……うん、千歳は、こういうのやらせるとキッチリしてるね」

「アハハ、性分で」

「あ、松井先輩には会った?」

「あ、いえ、メールの返事はしたんですけど」

「じつはねぇ……」

 瀬戸内先輩が顔を寄せてきて、ちょっと心配になった。

「先輩、しばらく学校を休みにするらしいよ。わたしの勘だけど、ちょっと時間がかかりそう」

「え、そうなんですか!?」

 用事が済むと、わたしは先輩のタコ部屋に向かった。健常者だったら、そのまま階段を一階まで降りてすぐなんだけど、車いすは校舎中央のエレベーターまで行かなきゃならない。

 エレベーターを待つ間、松井先輩のメールを再チェック。

――がんばったね千歳。ミリーもミッキーも、シャクだけど啓介も生徒会の美晴もがんばった。八重桜もやる時はやる先生だったね。わたしもがんばってみるよ――

 わたしもがんばってみるよ……これは、ただの挨拶じゃないと思った。

 エレベーターの中で気が付いて、タコ部屋までダッシュ。

 ドアを開けると誰も居なかった。

 でも、せまいタコ部屋、たった今まで人がいた温もりが、ほんのりと残っていた。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)112・キャシーへの手紙・文化祭

2024-08-06 07:08:14 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
112・キャシーへの手紙・文化祭 





 実は秘密にしておこうと思っていたんだ。


 だって、失敗するか、失敗しないまでも、とっても恥ずかしい思いをして一刻も早く忘れてしまいたいと願うに違いないから!

 キャシー、このボクが役者として舞台に立ったんだぜ!

 日本の高校がクールだってことは、いまさら言うまでもないんだけど。そのクールな中でも一番クールなのがbunnkasaiだってことに異論はないだろう。

 漢字で文化祭、なんか厳めしい字面は中国の文化大革命みたいだけど、意味はschool festivalとかCulture festivalだね。

 国際生徒会会議の前にYouTubeでも見たけどさ、じっさい体験するとずっとスゴイよ!

 まず匂いだよ!

 こればっかりは動画でも分からないだろ。

 じっさいボクも本番になって感動したんだよ。
 
 mogitenなんだけど、漢字で模擬店。refreshment boothのことでさ、いろんな食べ物のブースを生徒が出すんだよ。

 たこ焼き、焼きそば、うどんヌードル、アメリカンドッグ、カレーライス、クレープ、お茶と和菓子、ポップコーン。

 そういったブースが、朝からいろんな匂いをさせてるんだ。これで校門を入った時から雰囲気マックスさ!
 
 この一週間は、自分たちの芝居のレッスンで目いっぱいだったこともあって、ほかの取り組みに目をやる余裕も無かったんだけど、二日間にわたる本番はしっかり楽しめたよ。

 アメリカンドッグとポップコーンを買って校内を見て回ったんだ。

 普段は制服ばっかだけど、この日は模擬店を出している生徒たちがいろんなコスを着てる。

 まるでハローウィンのノリだ。

 ハローウィンと言えば、USJやアメリカ村(衣料やアメリカ雑貨の店が多いミナミのブロック)でやってたけど、それはYouTubeで見てくれ。

 コスで目を引いたのはメイド喫茶だ。

 女の子たちがメイドのコスで「おかえりなさいませご主人様~(Welcome back home, Master)」をやってくれる。

 本物のメイド喫茶に行ったら最低10ドルはかかる。ドリンクと食べ物いっしょなら20ドル。それが3ドルでいいんだ。

 3ドルでパンケーキとコーヒーが出てくる。それでメイドをやってるのは本物のティーンなんだ。本物のメイド喫茶は10歳くらいサバを読んでるメイドさんもいるっていうから、ほんとに掛け値なしのキュートさだ。
 
 ソウホリ高校に限らないけど、日本の高校はとても設備がいい。清潔で、とてもカムファタブル。

 そのカムファタブルにハローウィンかレーバーデイみたいな楽しさが加わるんだから、もうスゴイよ。

 普段は穏やか……というか、ちょっと気力に乏しい生徒たちがイキイキしてるんだ。初めてボール(アメリカの高校の卒業ダンスパーティー)でダンスするときみたいにさ。

 キャシーも言ってたね、ボブ(キャシーの兄)がボールでエリサと踊った時の事。

 まるで男のシンデレラみたい!

 みんなボブみたいな目になってるんだ。

 別にダンスパーティーになるわけでもないし、こっそりとアルコールを飲んだりということもないし、スクールポリスの目の届かないところでドラッグやったりもないんだけど、とても楽しそうなんだ。


 寝落ちする前に本題だ!


 演劇部で『夕鶴』って芝居をやったんだ。

 キャシーのパパは芝居に詳しいから聞いてみるといいよ、Jyunji kinoshitaの名作で、40年前にシスコでもオペラ版が上演されてる。

 ようは、男に助けられた鶴が女の人に化けて恩返しに来るという話。

 ボクは、鶴を助ける男の役をやったんだ。

 日本語の台詞を覚えるのは大変だったけど、ボクの怪しい日本語でも通じたよ。

 有名なストーリーだったし、英語版との二部構成だったことも幸いして、とっても共感してもらえた。

 鶴の役はシカゴ出身のミリーがやった。

 ミリーはプロポーションのことを気にしていてね。

 鶴が男に無理強いされ、自分の羽を抜いてきれいな布を二度も織ってやる。できた布を持って「あー、こんなに痩せてしまって」という台詞をとても気にしていたんだ。

 ミリーは標準的なプロポーションをしているんだけど、日本人の標準とくらべると……でね。

 そんなふうには思わないんだけど、こういうことは男のボクが言うと、どこかセクハラめいて聞こえてしまう。

 で、結果的にはミリーの取り越し苦労で観客に笑われることもなく無事に終わった。

 無事どころか、二回の公演ともスタンディングオベーションだった! 

 他にも、ディレクターとプロデューサーをやったミス・シキシマのことも書きたいんだけど、今度にするよ。明日、起きられなくなりそうだからね。

 
 まだまだ書きたいんだけど、もう寝るよ。   お休み。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
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