大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

RE・乃木坂学院高校演劇部物語・91『十二名の犠牲者』

2023-01-21 06:48:43 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

91『十二名の犠牲者』 

 

 

 障害走路場の前で西田さんは棒立ちになってしまった。

 十数人の兵士が障害物走をしている気配がする。

 しかし、降り積もった雪にはその痕跡はない。かけ声とリズムが、今の自衛隊のそれとは微妙に違う……これは、西田さんが若い日、入隊したばかりのころ教官だった旧軍時代からの叩き上げの人達のそれであったらしい。

 西田さんは、黙って直立不動の姿勢をとり、静かに敬礼をした。

 ピリピリピリピリ!

 急に警笛(ホイッスル)が鳴り響いた。

 一人でいるのに耐えられなくなった忠クンがやってきて、あまりの怖ろしさに警笛を吹いてしまったのだ。

 直ぐに、本職の不寝番や、当直の警務隊の人たちがやってきた。

「これは……」

「どうしたことだ……」

 みな、懐中電灯で、あちこち照らしてみるが降りしきる雪の中光は遠くまでは届かない。何人かが、奥の方まで見にいった。

 やがて中隊長がやってくると、声と物音……いや、気配そのものが消えて無くなってしまった。

「いったい、何があったんだ。当直責任者、状況報告!」

 みな、金魚のように口をパクパクさせるだけで、なにも言えなかった。

「自分が、ご説明いたしましょう」

 西田さんが前に出た。


 話しは連隊長まで知ることとなり、ぼんやりながら、事のあらましが推測された。


「あのかけ声、呼吸は自衛隊のものではありません。自分が現役であったころの旧軍出身の先輩たちのそれでありました」

 西田さんのこの証言が決め手になった。

 A駐屯地は、終戦まで陸軍の士官養成のための教育機関があった。終戦の四ヶ月前に、近くの軍需工場を爆撃した米軍の爆弾が外れてここに落ち十二名の犠牲者を出した。彼らはまだここに留まったままで、昼間の西田さんと教官ドノとの壮絶な障害走競争に触発されて現れたのではないかと考えられた。むろんほとんどは西田さんの推測ではあるけれど、連隊長は納得し、同時に関係者には箝口令(口止め)がしかれ、簡単ではあるけれど慰霊祭がもたれることになった。


「そう言えば、昨日は建国記念の日でありましたな」

「いかにも、昔で言えば紀元節。因縁かもしれませんなあ……あ、自分らに不寝番を命じた……もとい。勧めた教官ドノにはご寛恕のほどを」


 ということで、教官ドノは中隊長からの譴責(叱りおく)処分ということになった。

―― だから、これは内緒だよ。まどか君 ――

―― で、そこまで詳しいってことは、乃木坂さんもいっしょに遊んでたんじゃないの? ――

 乃木坂さんは、あいまいな笑顔を残して消えて、わたしは爆睡してしまった。

 朝は起床ラッパで目が覚めた。

 寝ぼけまなこで着替え終わると、ドアをノックして西田さんが入ってきた。

「あと五分で、日朝点呼。それまでにベッドメイキングを」

 三分で済ませ、西田さんのチェック。夕べはほとんど寝てないだろうに、元気なおじさん。


 朝食もいつもの倍ほど食べて、課業開始!


 営庭に集合しおえると、ラッパが鳴って『君が代』が流れた。

 みんな気を付けして日の丸に敬礼。わたしたちも不器用ながらそれに習った。昨日の五千メートル走のあとに『君が代』が鳴っていたような気がするんだけど、あの時はバテバテで、気づかなかった。西田さんを含め誰も強制しなかった。

 まだ一日足らずなんだけど、小さく言って仲間、大きく言って国というものをちょこっとだけ感じた。わたし達の前で乃木坂さんが、まるで班長のようにきれいな敬礼を決めていた。カッコイイと思った。

 ま、女子高生ってこんなもんです。

 この時、わたしの横にいる忠クンに元気がないことに気づいた。そして乃木坂さんに向けた視線の延長線上にあの教官ドノが居たことには気づかなかった……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・90『二直目の不寝番』

2023-01-20 05:51:11 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

90『二直目の不寝番』 

 


 日夕点呼(ニッセキテンコと読みます。ムズ!)

 わたし達の部屋は、たった三人なので見ればすぐに分かるんだけど、そこは自衛隊。

 部屋の真ん中に、三人並んで、名前を呼ばれる。

「仲まどか隊員!」「はい!」

 てな感じです。夏鈴が、声がナヨってしてるんで叱られる

「声が小さい、もう一度。南夏鈴隊員!」

「は……はひ(>Д<)!」

 夏鈴は叱られたことよりも(夏鈴は学校で叱られ慣れています)叱る大空さんの変貌ぶりに驚いてる。やっぱ本職、勤務と休憩時間じゃ百八十度切り替えている。

―― ハハハ、昔ならビンタがとんでくるとこだよ ――

 乃木坂さんが、面白そうに笑っている。隣りの部屋で、忠クンが同じように叱られてる。

 忠クンは、思いと現実のギャップに若干のショックを受けているみたい。

 それから、明日の朝のためにベッドメイキングを習った。

 ベッドの四隅を三角に折り込まなきゃならなかったり、案外ムズイ。でも説明は一回ぽっきり。

 日夕点呼から、就寝までの十五分のうち十分近くがここまでかかった。

 就寝までの数分間の間に西田さんがベッドメイキングのチェックをしてくれた。ほんの何ミリかの折り込みの違いを修正。

「明日の朝もチェックするが、しっかり覚えておくように」

 西田さんは、そう一言残して行っちゃった。男が、女性の部屋に入るのは禁止なんだそうです。


 ここからは、乃木坂さんが夢の中でしてくれたお話です。


 不寝番の二直目に当たった西田さんは、忠クンといっしょに一直目の企業グル-プさんから、不寝番四点セット(懐中電灯、警棒、警笛、腕章)を引き継ぎ、午前零時から二時までの立ち番。忠クンは、不安と寒さから喋りたげだったけど、西田さんは一喝した。

「不寝番は沈黙!」

 庇のあるところだったので、雪だるまになることはなかったけど、体は芯まで冷えて、忠クンは歯の根も合わないくらい震え、昼間の疲れもあって居眠りし始めた。

 バシッ!

 西田さんの平手打ちがとんだ。

「この雪の中、居眠りしたら凍えて死んでしまうぞ……!」

 それから二十分ほどして、西田さんは気配を感じ、懐中電灯であたりを照らした。

「どうかしましたか……?」

「気配がした……」

 しかし、雪の上には足跡一つない。

「気のせいか……」

 次の瞬間、障害走路場に続く道で、はっきり気配がした。十数名の声が切れ切れに聞こえてくる。

 オッチ、ニ、オッチ、ニ、ソ-レ……オッチ、ニ、ソ-レ……

「おまえはここにいろ」

 忠クンにそう命ずると、西田さんは声の方向に駆け出した!

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・89『教官ドノの企み』

2023-01-19 07:24:16 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

89『教官ドノの企み』 

 

 

 夕食は、うな重定食をいただいて(おいしかった!)入浴。

 入浴中の描写はカット。だって、クリスマスの入浴じゃひと悶着あったしね(46『雪の三丁目』)

 ただ、「マリちゃん」の板に付いた女子高生らしさと、いっしょに入ってくれた大空さんのプロポーションがチョーイケテたとだけ申し上げておきます。

「大空助教、カラーガードのDVD見せてください」

 入浴後、里沙の一言で、DVDの鑑賞会になった。


「ワーーーーーガチイケテル、カッコイイ(≧∇≦)!」


 いつもながら、女子高生の感嘆詞は簡単であります。でも簡単な分だけ気持ちは伝わっているみたいで、大空助教は嬉しそう。で、後ろに座っていた男のみなさんも嬉しそう。

 ミニスカート、チアリ-ディングのミリタリー風のコスに、お揃いの旗を持って、『サンダーバード』と『軍艦マーチ』の曲にあわせて、器用に旗を操作しながら、いろんな風に行進。

 わたしたちは、見事に旗がヒラリするたびに――オオ!――

 男たちは、風にスカートがヒラリするたびに――オオ!――

「いやあ、いいものを見せてもらいましたが、ここの体験入隊はきついですなあ」

 企業グル-プの一人が、西田さんにグチった。

「あなたたちは、なんのための体験入隊なんですか?」

「来月、新入社員の研修でこれをやるので、下見ですわ」

「じゃあ、新入社員を連れて、もう一度来られるんですか」

「はい。もちますかねえ……」

「なあに、二度目はズンと楽になりますよ。もう靴を蹴散らされることもないでしょうし」

「あれには、たまげました」

「ま、カマシですよ、娑婆っ気抜くための。おたくの教官ドノは、いささか意地が悪そうですがね。まあ、要領覚えてしまえば難しくはないですよ」

 このヒソヒソ話は、わたしが聞き耳ずきんしてたから聞こえたんだけど、もう一人聞いてた人がいるた……その教官ドノがね。

「……西田曹長。なかなかのもんでしたね。障害走路といい、五千メートル走といい」

「おかげさまで、現役の頃を思い出して、楽しんでおりますよ」

「では、お楽しみついでに不寝番をやってみますか」

「おお、願ってもない。喜んで」

「では、女性は外すとして、男のみなさんで二人一組の四直制で」

「規範通りですな。では、組み合わせは、企業グル-プさんと相談しましょうか」

「いや、それには及びません。編成表を作っておきました。就寝前にご説明いたします。それまで、しばしの自由時間、お楽しみのほどを……」


 教官ドノは、振り向くと薄ら笑いを浮かべて行ってしまった。

 陰険なヤツ。障害走で負けたのを根に持ってるんだ。


 今日は建国記念の二月十一日、朝の天気予報では、関東平野には寒気団が居座って、夜半から大雪警報が出ている。窓から外を見ると、音もなく雪が降り始めている。

 西田さんは、元気そうだけど、もう七十歳をいくつか超えている。大丈夫だろうか。

 当の御本人は、企業グル-プのオニイサン相手にレンジャー訓練を受けたときの話しなんかしている。これで、障害走のときの「レンジャー!」ってかけ声の訳は分かった。

 でも、この不寝番で、とんでもない事件が起こることは誰にも予想がつかなかった。教官ドノも、西田さんも。そして幽霊の乃木坂さんでさえも……。

 

☆ 主な登場人物

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・88『障害走路』

2023-01-18 06:17:53 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

88『障害走路』 

 

 

 え……( ゜Д゜)!?


 同じテーブルにいた隊員の人達がいっせいに西田さんに注目した。

「自分は、北海道の機甲科におりましてなぁ。ある時、アメさんと共同訓練になりました。その日は、対空射撃訓練……機甲科じゃ珍しいことなんですけどね。幹部の偉いさんのそのまた上で決まったらしい」

「高射特科じゃないんですよね?」


 大空さんの質問は、タヨリナ三人組にはチンプンカンプン。


「六一式の車長をやっておりました。イントルーダーが吹き流しの標的を引っ張って飛んでくるんですがね……むろん最初は普通にやっとりました。車載機銃で吹き流しを撃つんでですわ」

「車載機銃で当たるものなんですか?」

「あのころは、自動追尾なんかありませんので、目視でやっとりました。みんな良い腕をしとりましたよ。八割方は当たりましたな。で、アメさんも本気になってきたんでしょうなあ。それまで水平に部隊の前を横断するように飛んでおったのですが。本式に真正面から実戦と同じ攻撃姿勢でやってきおりました。ほとんどの機銃が沈黙しました。だって、真正面からだと、曳航機のイントルーダーと吹き流しが重なって、危なくて撃てない。間違って曳航機に当たれば大ごとですからな」

「誤射したんですか?」

「そんなヘマはしませんよ。真っ直ぐわたしの六一に低空で向かってきおりました。距離一千で、微かに吹き流しが十一時時の方向に流れたのを見過ごさずに射撃しました。アメさんは、まさか撃ってくるとは思わんかったんでしょうなあ。ビックリして機首を右に降りましてな。直ぐに射撃を中止しましたが、右のエンジンをぶっとばしてしまいました」

「それじゃ、事故の原因は米軍の方じゃないんですか?」

「そのころは、ビデオもない時代ですからなぁ。部隊のみんなは証言してくれましたが。泣く子とアメさんには勝てません、ワハハハ」


 昼からは、障害走路というのをやった、要は障害物競走。


 飛び越え障害、ロープ登り、柵越え、鉄条網くぐりなんかが十一種類ある。

「かかれ!」

 教官の号令で二人一組で始めんの、西田さんは峰岸先輩とペアであっという間にゴールに着いたみたい。遠くで「完了!」って声がした。

 忠クンは、企業グル-プの先発の人といっしょ。丸太橋のところでモタツイテるんで、わたしとマリちゃん(マリ先生)が待ちきれずに出発。後に里沙と夏鈴、次に企業グループの残りが続いた。

 ロ-プ登りで、忠クンのペアを抜かしちゃった……って、わたしの運動神経がいいわけじゃないのよ。ペアはお互い助け合っていいことになっていて、わたしたちのペアが、制限時間内で完了できたのでは、ひとえに「マリちゃん」のお陰ではありました。

 企業グル-プが、忠クンたちといっしょにゴールしたのは。なんと一時間後。里沙と夏鈴はさらに、その五分後だった。

 なんと、西田峰岸ペアの記録は、駐屯地記録歴代一位だった!

「自分と、もう一度やっていただけませんか?」

 企業グル-プの教官が、顔はにこやかに、でも目は闘争心向き出しで言ってきた。

「バディー(ペアの自衛隊用語)ではなく、競技としてですな?」

 西田さんは、闘争心をみなぎらせて……る。わりには目は笑ってた。

「用意……かかれ!」

 先任教官の合図がかかったとき、西田のおじさんは、こう叫んだ。

「レンジャー!!」

 この言葉に、あきらかに相手の教官は、ギクっとした。

 勝負はあっけなかった。西田のおじさんが、十秒の差を付けてゴール。ついさっき、自分で作った新記録もあっさり塗り替えてしまった。

 それから、自衛隊体操。人の動きを見て真似るのは得意だったのであっさりクリアー。忠クンと企業グル-プは少し時間がかかった。

 そして……恐怖の5000メートル走。これはコタエました(^_^;)。

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・87『我らが助教大空真央』

2023-01-17 06:14:07 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

87『我らが助教大空真央』 

 

 

 突き当たりの部屋は、稽古場にしている談話室ぐらいの大きさがあって、なんだか健康診断の時のように机と椅子が並んでいた……実際、血圧と問診の健康診断。それから、制服が配られた。大空さんは一瞬でわたし達の体格を見極め、ピッタリのを渡してくれた。

「では、これから誓約書に署名捺印をしてもらいます。未成年の人は保護者の承諾書を提出してください」

 中隊長さんが言った……え……マリ先生が承諾書を出してる!

 夏鈴が吹きだしかけて、中隊長さんに睨まれた。

「では、それぞれの部屋に戻って、着替え。十五分後に先ほどの営庭に集合。かかれ!」

 で、着替えて入り口のところに行くと。わたし達のはあったけど、企業グループさん達の靴が一つもない。一瞬先を越されたかと思ったら、少し遅れてやってきた企業グル-プさんが慌てていた。

「おれ達の靴がない!」

 さっさと外へ出たわたし達は笑っちゃった。企業グループさん達の靴がみんな外に放り出されていた。一瞬乃木坂さんのイタズラかと思ったら、乃木坂さん、笑ってチガウチガウをしている。

「最初のハッタリ。ちゃんと脱いでいないやつをああしておいて娑婆っ気を抜く」

 そう言った西田さんの服装は、前のまま。

「助教のやつがサイズを間違えやがった。どうせ、体験者用の六五式。同じやつだからね、これで助教に貸し一つ」

「あの、マリ先生、承諾書出してましたけど……」

「ここじゃ、十七歳ってことになってんだ、君たちもそのつもりでね。それから歩きながら喋れるのは、この先の営庭までだからね」

 西田さんは、ウィンクすると、駆け足で行っちゃった。

 営庭に出ると、西田さんが中隊長さんと話しをしていた。敬礼を交わして別れたけど、ここから見ると西田さんのほうが偉く見えてしまう。


「西田さんのトラックが珍しいんで、夕方まで見せて欲しいんだって。で、西田さんが、分解しないことを条件に承諾したとこ」

 乃木坂さんが教えてくれた。西田さんが得意そうに鼻の下をこすった。

「やだー、マリのこの靴マメができそう」

 後ろで、マリ先生がブリッコをしておりました……(^_^;)。

 それから、基本動作の訓練に入った。

 基本動作って、ほんと基本。気をつけ! 休め! 右向け右! 左向け左! 敬礼!


 敬礼ってば、こんなことがあった。


「教官。貴官の敬礼は二度浅いように思われる。正対して親指が見えてはいかんと礼式にあったと思うのですが。それとも昭和三十九年に定められた自衛隊礼式に変更でもありましたかな……いや、除隊して三十余年、この世界にも疎くなりましたからな」

 と、西田のおじさんは……またもカマシました。
 
 それから、行進の練習。自衛隊では歩くとき、必ず一列。左足から出て、手はグーにして、真っ直ぐに伸ばして肩の高さまで上げる。

 かけ声は、一、二、一、二、ソーレッ! でね、一は「オッチ」って発音する。

「前に進め! オッチ、ニ、オッチ、ニ!」

 でもね、我らが助教大空真央さんのは、こう聞こえる。

「エッチネ、エッチネ!」

 思わず笑いそうになったけど、こういう場合でも自衛隊は笑ってはいけないのであります……はい。

 それから行進練習と駆け足練習をやって、昼休み。

 カツ丼におみそ汁。カツ丼は普通のお店の特盛りにワラジみたいなトンカツ。

 食事は、大きな食堂に分隊ごとに集まる。うちは大空助教が話しの中心になった。

「こんな言い方、なんですけど、大空さんはなんで自衛隊に志願したんですか?」

「そうですよ、こんなにカワイイのに」

 里沙と夏鈴が遠慮の無い質問をした……他の女性隊員がいたら怒られそうだ(汗)

「わたしの家は、おじいちゃんの代から自衛隊だったから、自然にね」

 特盛りのカツ丼をペロリと平らげて、大空さんが答えた。


「大空さん。あんた、ひょっとしてカラーガードじゃないかい?」

「あ、はい。分かりました……?」

「うん。動きがキビキビしているだけじゃなくて、イカシテおる。あれは儀仗隊かカラーガードだど思った」

「さすが、大先輩。二年前からカラーガードをやってます。よかったら今夜記録のDVDお見せしましょうか」

 カラーガードって……?

「ぜひ、お願いします。われわれが現役だったころは、まだ無かったもんでね。一度見たいと思っておりました」

「西田さんは、どうして、除隊されたんですか。自己紹介の時、八年の勤務で曹長までなられたと伺いましたが?」

「いや……演習中に、米軍機を撃墜してしまいましてね」

「「「「え……(;゜Д゜)!?」」」」

 

☆ 主な登場人物

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・86『時間厳守!』

2023-01-16 07:07:21 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

86『時間厳守!』 

 


「では、発車します」

 と自衛隊のおじさんが言うまでの五分間の間にマリ先生は秘密を話してくれた。


 マリ先生は木崎産業の社長のお嬢さん。で、会長のお孫さん。でもって、先生自体は会社を継ぐ気などサラサラなくって、好きなように生きてるってこと。

 残りは、動き出したトラックの荷台の向かい合わせになった席で聞かされた。

 正直驚いたけど、これも先生なりのピリオドの打ち方なんだと理解した。これも乃木坂さんの影響かなあ……と、心の中でくり返してみた。

「え、これ自衛隊のトラックじゃないんですか!?」

「オレも驚いたよ」

 と、峰岸先輩も応えた。

 これがスットボケであると分かるのは、この長い物語が終わってからのことなんだけど、この時は「地下鉄の駅を降りたら、このトラックに出くわし乗せてもらった」という説明に頷いた。

 運転してんのは、先生のお祖父さまの運転手さんで、西田さんといって、元は本物の自衛官。で、トラックはその西田さんが趣味で持ってる自家用車。「女性自衛官」の人は、西田さんのお孫さんで、わたしたちの先輩にあたること。むろん本物の自衛官ではなく、西田さんの趣味につき合って、わたしたちをA駐屯地まで送ったあと、空になったトラックを運転して帰る……ってことは?

「先生達もいっしょなんですか( ゚Д゚)!?」

「元陸曹長、西田敏夫。自分を含め七名の体験入隊者を引率してまいりました。なお六五式作業服を着用しております者は、自分の孫で、五六式輸送車の後送要員であります」

 書類を見せられた門衛の隊員さんは、二昔前の自衛隊のトラックに目を白黒させていたけど、駐車場を教えてくれて、あっさり通してくれた。むろんこの人数以外にもう一人便乗者がいることは、わたし以外知らないことだったけどね(^_^;)。

 トラックを降りるとグラウンドに集められた。

 わたし達の他に、どこかの企業の十人ばかりの若いグループが来ていた。新入社員の研修にしては少し早い。
 六人の迷彩服の隊員さん達が待っていてくれていた。きっと入隊式かなんかあるんだろうと思ったけど、なかなか始まらない。企業グル-プの二人が遅れて走ってきた。トイレにでも行っていたのだろうか。

 六人の迷彩服が気を付けをして、偉そうな人が朝礼台の上に上がった。

「時間厳守!」

 という言葉から始まり、励ましてんのか怒っているのか分からない訓辞のあと、それぞれ担当の教官と助教さんが自己紹介になった。助教さんが女の人だったのでビックリした。それまでは小柄な男の隊員さんだと思っていた。

 名前は大空真央さん。なんだか宝塚の女優みたいな人。

 それから、六人の迷彩服に連れられて、体験入隊専用の宿舎に連れていかれた。ちょっと田舎の小学校の校舎みたい。

「靴は、あの連中とは離して置くように。置き方は、わたしの真似をして」

 西田さんが小声で注意。

 部屋は四人部屋だった。女子四人と男子三人……乃木坂さんは、男部屋を指差して行ってしまった。

 大空さんが来て、荷物の置き場所を教えてくれ、すぐに奥の突き当たりの部屋に行くように言われた。

 

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  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・85『体験入隊の日がやってきた』

2023-01-15 05:57:37 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

85『体験入隊の日がやってきた』 

 

 


 そうこうしているうちに体験入隊の日がやってきた。

 埼玉と東京にまたがるA駐屯地だったので、どこかの駅前に集合かと思ったら、三日前に峰岸先輩からメールが来た。

―― 当日は、午前八時半、学校裏門前集合。服装は学校指定のジャージ。携帯品は自由だけど、駐屯地に入ったら使えないから少なめがいいよ ――

 で、当日。

 こういうことにはダンドリのいいわたしは六時に起きて茶の間に降りた。

 で、びっくりした。おじいちゃんとおばあちゃんがテレビの天気予報を見ながら待っていた。

「なに、そのカッコウ?」

「国民服だい!」

 胸を張ったおじいちゃんの横に、セーラー服にモンペ姿。二人とも頭にキリリと日の丸の鉢巻き。

「あ、それ、わたしの中学のときの制服!」

「やっぱ、出征のお見送りは、これでなくっちゃ!」

 想像してみて、九十ん歳のオバアチャンのセーラー服……!

 わたしは、十五分ほどで朝のいろいろやって(女の子の朝なんて、いろいろとしか言えません)かっ飛びで、家を出……ようとした。

 おばあちゃんが、どこにそんな力があんのよって感じでジャージの裾をつかんだ。

「ちゃんと、お作法ってのがあるんだよ」

「あ、わたし未成年だから(^_^;)」

 おじいちゃんが出した盃をイラナイしたら怒られた。

「ばか、こりゃ水杯(みずさかずき)だ。作法だよ作法……ばか、そんな、事のついでみたいにやるんじゃねえ。気をつけだ、気をつけ!」

 気をつけして、行こうとしたら、また裾をつかまえられた。

「挨拶だよ、挨拶」

「行ってき……」

 まで言うと。おじいちゃんが叫んだ。

「仲まどか君の出征……もとい。体験入隊と!」

「武運長久を祈って!」

 と、おばあちゃんが受けた……そのころには、家族や近所の人たちが目をこすりながら出てきちゃった!

「ばんざーい!」

 おじいちゃんの雄たけびを合図に、わたしは横丁まで世界新ぐらいのスピードで走った。

 もちろんハズイからよ。恥ずかしいの(≧Д≦)!!


 で、早く着きすぎた。


 裏門には、まだだれもいない……と、思ったら、門柱の陰に気配。

「あ、乃木坂さん……どうしたの、その格好?」

「体験入隊、僕も付いていこうと思って」

 乃木坂さんは。ズボンのスネのとこをタイトなレッグウォーマー(ゲートルって言うらしい)みたいなのでキリリと締め上げ、制服の上からは左右二個の物入れみたいなのが付いたベルト。背中には四角いリュックみたいなのをしていた。

「これはね、軍事教練の時の格好さ。あのころは嫌で仕方がなかったけど、君たちが体験入隊をするって言うんで、付いていってみようと思ってさ……捧げ筒!」

 プっと吹き出しかけた、で、あのことを聞いてみた。稽古場じゃ、里沙と夏鈴がいるので聞きそびれていたのだ。

「潤香先輩の夢の中に出てきたのって、乃木坂さんよね?」

「……うん。意識が戻って、いきなりこの三ヶ月間の変化を知ったら、また頭の線切れそうだから。予備知識をね」

「潤香先輩、関根さんとか言ってたけど」

「紀香さんの大切な人……それ以上は言えない。言えば、君は顔に出てしまうからね」

「マリ先生も同じこと言ってた……」

「世の中には、そういうこともあるんだ。大人になるためのピリオドだと理解してくれたら嬉しい」

 寂しそうに、でも温もりのある顔で乃木坂さんが言った。


 そこへ忠クンが白い息を吐きながらやってきた。こちらは規定通りのジャージ姿。


「なんだ、まどかも早く来ちゃったのか」

「違うわよ、不可抗力なのよ……」

 朝のイキサツを話した。二人とも大笑い(むろん乃木坂さんのは、わたしにしか聞こえない)そうこうしているうちに、里沙と夏鈴がやってきた。里沙のリュックはコンパクトだけど、夏鈴のは冬山登山に行くくらいの大きさだった。

「なに、夏鈴、その冬山登山みたいなのは?」

「だって、お母さんがあれも持ってけ、これも持ってけって……」

「こりゃ、過保護か嫌がらせかのどっちかだわね」

 夏鈴が異議を唱えようとすると乃木坂を一台のトラックが登ってきた。今時めずらしいボンネットトラック。その濃緑色の車体は、素人のわたしが見ても自衛隊のトラックだった!


「八〇二五(ハチマルフタゴオ)到着」


 そう言って、「自衛隊」のおじさんが「女性自衛官」を従えて降りてきた……で、幌着きの荷台からは、峰岸先輩と……マリ先生が降りてきた(°д°)!?

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・84『稽古は暗礁に乗り上げていた』

2023-01-14 07:29:35 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

84『稽古は暗礁に乗り上げていた』 

 


「……さん」

 わたしたちには語尾しか聞こえなかったけど、マリ先生には全部聞こえたみたい。

「だれ……関根さんて?」

「あ……それは」

 マリ先生に聞かれてとぼけるのはむつかしい。潤香先輩も例外じゃない。

「……姉の元カレです。夢の中に出てきた人が……顔は見えないけど、そんな感じだったんです。わたしにも実の妹のように接してくださって……姉には内緒にしておいてください。姉には、大きなトラウマなんです」

「分かったわ……そういうことだったんだ」

「え……」

 潤香先輩をシカトして、先生は命じた。

「いまのことは口外無用。潤香も含めて……いいわね」

 はい……

 四人が声をそろえて返事をした。


 稽古は暗礁に乗り上げていた(-_-;)。


 最初の口上もそうだけど、歌舞伎や狂言的な表現には苦労ばっか。

 無対象の演技も、縄跳びなんかのレベルじゃない。見えないちゃぶ台に見えない食器、それも見えないお盆に載せて運ばなきゃならない。

 バケツに水を入れるのも一苦労。空と水が入ってるんじゃ重さが違う。

 ちゃぶ台を拭くのも、また一苦労。雑巾を水平に拭くのってムズイ!

 お茶を飲んだら、里沙と夏鈴はともかく乃木坂さんにまで笑われてしまう。

―― それじゃ、お茶を被っちゃうよ ――

「だって、ムツカシイんだもん!」

「まどか、誰に言ってんのよ?」

「え、あ……自分に言ってんの。自分に」

「ヒスおこしたって、前に進まないよ」

 そりゃあ、幽霊役の夏鈴はお気楽よね。壁でもなんでも素通りだし、この幽霊のノブちゃんだけ無対象の演技が無いのよ。


 で、稽古場の奥じゃ本物の幽霊さんがお腹抱えて笑ってるしい~(プンプン!)


 乃木坂さんは、ときどき上手に見本を見せてくれる。無対象でお茶を飲んだり、お婆さんの歩き方を見せてくれたり。

 でも稽古中にそっちを見ていると、こうなっちゃう。

「モーーー、どこ見てんのよ!?」

「いや、その……考えてんのよ。で、遠くを見てるような顔になんの!」

 乃木坂さんは、メモも残してくれる。

 ありがたいんだけど、古いのよね……「体」は「體」だし「すること」は「す可」だし、まるで古文。むろん理沙や夏鈴に見せるわけにはいかないし。

 はるかちゃんにも聞いてみた。説明はしてくれるんだけど、やっぱ、チャットじゃ限界。

 いっそ、乃木坂さんが理沙や夏鈴にも見えたらなって思ってしまう。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・83『潤香先輩回復!』

2023-01-13 06:24:04 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

83『潤香先輩回復!』 

 

 

 それまでは心に刺さったトゲのように見えていた。

 それが今日は、晴れがましい記念碑のように青空を背に立っている。

 それってのはスカイツリーのこと。潤香先輩の病室から、いつも見えてんの。

 そのスカイツリーを窓枠を額縁の絵のような背景にして……ウフフ。

 ジャーン! 潤香先輩の笑顔がありました!!

 お見舞いに行く途中、地下鉄、駅横の宝くじ売り場の前で着メロが鳴った。
 
『今! たった今! 潤香の意識がもどったのよ!』

 普段は、明るくても、大人の落ち着きを崩すことなく話す紀香お姉さんが、まるで入試に受かった中学生みたいにはしゃいだ声で言った。


「やったー!」「やった、やったあ!」「ウキー!」

 三人は、はしゃぎまくり。宝くじを買おうとしていたオジサンが誤解した。

「そうか、当たったんか。おネエチャン、もう五十枚追加!」

 で、宝くじ売り場の売り上げを五十二枚伸ばして、わたしたちは病院に向かったわけ。

 え……二枚多いって? それはね、里沙の発案とオジサンの刺激でもって、わたし達で二枚買ったのだ♪


「まどか……里沙……夏鈴……ありがとね……」

 小さな声だったけど、潤香先輩はハッキリ言った。涙が出そうだった。

「ジャーン! 潤香先輩、回復祝いです。宝くじ、どっちにします!?」

「いいお祝いだ。君たちは気が利くね」

 お父さんが喜んでくださった。訳を話すと、その場にいたお母さんもマリ先生もいっしょになって大笑いになちゃった。潤香先輩も顔だけで笑って、あっさりと右側のを取った。

「そんなに、あっさり取っていいんですか?」

 夏鈴がつまらなさそうに言う。

「このことだったんだ。あの人が最期に――右だよ、右――って言ってた」

「あの人って……」

「潤香ったら、変なのよ。意識が戻るやいなや――悪いのは、わたし。マリ先生もまどかも悪くない。無理に笑いを堪えたわたしが悪いの――って」

 紀香さんがおかしそうに言った。

「それって、靴を履こうとしたときの……」

 わたしは、乃木坂さんの言葉を思い出した。

「どうして……」

 潤香先輩が目で、そう言った。みんなも不思議な顔で、わたしを見ている。

「いや、稽古中に先輩のマネして、カッコヨク靴を履こうとしてひっくり返って、ハデに道具を倒しちゃったことがあるんで……そのときのことかなって……」

「フフ、半分当たって、半分外れてる……」

「そうなのよ――倒れる寸前に靴を履こうとして、まどかのことを思い出してね。それで笑いそうになったのを堪えようとして――こうなっちゃったって」

 紀香さんは、笑うと微妙に鼻が膨らむ。そんな些細なことに気づけたのは、やっぱ、潤香先輩が、良くなった余裕からなのだ。

「それがね、不思議なの。潤香ったら、クラブがあんなふうになっちゃったことや、マリ先生が学校を辞めたこともみんな知っていたのよ」

「そうそう、わたしの顔を最初に見たときも『先生、次のお仕事はいかがですか?』って」

「潤香は、ひょっとして、意識不明の間に超能力がついたんじゃないかな……どうする母さん、テレビとか取材に来たら!?」

 お父さんが無邪気に言って、お母さんが突っこんだ。

「ちょっと不思議だけど、わたしたちが喋っていたことが、無意識のうちに潤香の頭に入ったのかもしれませんよ。そんなことが、たまにあるってお医者さんも言ってらしたもの」

「そうか、奇跡の少女の父にはなれんか」

「潤香はね、夢の中で何度も男の人が出てきて教えてくれたって……そうなのよね潤香」

 紀香さんが妹の顔を、イタズラっぽく見た。

「ほんとだってば……顔は分からないけど。乃木高の昔の制服を着ていた……」

「学校の玄関に飾ってある、旧制中学のころのやつですか?」

「……鋭いね。あそこ、昔から今までのが四種類もあるのに」

「あ……わたし、あれが一番好きだから」

 多分……それは、乃木坂さんだろうと思った。

「さあ、テレビ局も来ないなら、そろそろ行くよ。出張間に合わなくなるからな」

「いけない。まだなんの準備もしてないわよ。潤香の意識が戻ったって聞いてそのまま来ちゃったから」

「じゃ、母さん急ごう。飛行機に間に合わなくなる」

「あ、わたし、そこまで見送りに行くわ。みなさん、しばらく潤香のことよろしく」

 程よい挨拶を交わして、紀香さんとご両親は病室を出ていかれました。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・82『幽霊さんの生き甲斐』

2023-01-12 07:33:11 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

82『幽霊さんの生き甲斐』 

 


「なんだい?」

「……潤香先輩のこと助けたの、乃木坂さんじゃないの!?」

 ただの閃きだったけど、図星のようだ、乃木坂さんはスカートのときと同じ反応をした。


「潤香君は君のようにはいかなかった。破れた血管を暫く固定しておくのが関の山。幽霊の応急治療はMRIでも見えない。あとは自然回復するのを待つだけだったんだけどね。立て続けに二回。二回目に切れたのは何故だかわかるかい?」

「……ソデのとこで平台に頭ぶつけたからじゃ……ないの?」

「それも原因の一つだけど直接的には、まどか君、君なんだよ」

「わ、わたし(# ゚Д゚#)!?」

「あの日、潤香君は屈んで靴を履こうとして君のことを思い出したんだ。君は、あの芝居の稽古中、ずっと潤香君の真似をやっていただろう?」

「え、うん……」


 わたしは、あるシーンを思い出した。キャンプに行く前の日に真由が靴を試すシーン。で、スタイル抜群で体の柔らかい先輩は、とてもカッコヨクやるわけ。
 わたしは何度やっても、オッサンが水虫の手入れしてるようにしかできなくて、このシーンになると、箱馬に腰掛けて、パクろうとして必死。一度など仰向けにひっくり返って道具のパネルを将棋倒しにして、怒られて、笑われて、大恥だった。


「そうさ、潤香君は靴を履こうとして、それを思い出したんだよ。ゆかしい潤香君は、たとえ本人が居ないとはいえ、その努力を笑ってはいけないと堪えたんだよ。屈み込んだ姿勢で笑いを堪えたものだから、瞬間的に血圧が高くなり、応急処置だった脳の血管が破れてしまった」

「そんな……わたしが原因だったなんて……(-_-;)」

「大丈夫だよ。潤香君は間もなく意識も回復して、もとの元気な潤香君に戻る。そうでなきゃ君に言える訳がないじゃないか」

「ほんと!? ほんとに潤香先輩は良くなるの!?」

「幽霊は嘘は言わないよ。なあ、みんな」


 乃木坂さんは、椅子たちに呼びかけた……椅子の人たちが答えたような気がした。


「僕は、空襲で死んだあの子が自分の姿をとりもどし、そして無事に往くのを、見届けるだけのつもりだった。あの子が自分の姿をとりもどしたのが去年の十一月」

「それって……」

「そう、潤香君が階段から転げ落ちた前の夜。でも、その時は、それだけで済ますつもりだった」

「それがどうして……」

「だって、そのあと立て続けだったろう。潤香君はまた頭打ってしまうし、意識不明になってしまうし。まさか君が代役やるなんて思いもしなかったし。そして例の火事……」

「あれは……」

「幽霊でも、火事を防ぐ力はないよ。垂れた電線をしばらく持ち上げて発火を遅らせるのが精一杯。だから、みんなが倉庫を出たところで力尽きて手を放した……これで、みんなを助けられたと思ったら、どこかの誰かさんが火が出てからウロウロ入ってくるんだもの」

「あ、あのことも……」

「助けてあげたかったんだけど、空襲で死んだもんだから、火が苦手でね……しかし、大久保君は大した子だよ。あの火の中を飛び込んでくるんだもの。並の愛情じゃできないことだよ」

「それは……感謝してます」

「感謝……だけ?」

 意地悪な幽霊さんだ。

「大久保君も、まだ未熟だ。大切に育んでいきたまえ。それから貴崎さんは辞めちゃうし、演劇部は解散……すると思ったら、起死回生のジャンケン……ポン。そして君達三人組が、事も有ろうに、ここで稽古を始めちゃった」

「ごめんなさい、無断で」

「いいんだよ。幽霊が言ったら可笑しいけど、僕の生き甲斐になってきた」

「ハハ、幽霊さんの生き甲斐」

「と、いうことで、宜しく頼むよ!」


 そこで、軽いめまい目眩がして、座り込んでしまった。


「まどか、大丈夫?」「保健室行こうか?」

 里沙と夏鈴が覗きこんできた……そこは、中庭のベンチ。

「あ……もう大丈夫。わたしずっとここで?」

「ずっともなにも、立ち上がったと思ったら、バタンとベンチに座り込むんだもん」

「あ、もう授業始まっちゃう!」

「なに言ってんのよ、たった今座り込んだとこじゃないよさ」

「何分ぐらい、こうしてたの?」

「ほんの二三秒だよ」

 そうなんだ……妙に納得するまどかでありました。

「元気だったら、明日のことだけどさ……」

 風の吹き込まない中庭は、冬とは思えない暖かさ……かすかに聞こえてきました。
『埴生の宿』の一番。

 のどかなりや 春の空 花はあるじ 鳥は友……♪

 その友の小鳥のさえずりのようなお喋りの中、それは切れ切れにフェードアウトしていきました。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・81『桜幻想』

2023-01-11 07:55:45 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

81『桜幻想』 

 

 

「恋人……?」

「そんなんじゃないよ……でも、その子はね、死ぬときに――お母さん――と言って……でも、そう言いながら、僕のことも思ってくれたんだ。僕も同じころに死んだから。その思いは伝わったよ。生きてたころは……なにを言わせるんだよ、幽霊に!」

「ごめんなさい、立ち入ったこと聞いて(^_^;)」

「その子は、将門様のところへ行った。ほら、千代田区のビルの間にあるだろ」

「ああ、将門の首塚。小学校のとき社会見学で、ついでに寄ったわ」

「ハハ、将門様がついでかぁ」

「ごめんなさい」

「いいよいいよ、世の中が平和な証拠だ。将門様はね、そういう霊たちを集めて面倒を見てくださるんだ」

「その子は、まだ将門さんのところに?」

「ううん、十年ちょっと前にね、僕とまどか君みたいに相性のいい女の子と出会ってね、その子がとっても心根のいい子だから、やっと元の姿を取り戻して……去年の暮れにやっと往ったよ」

「いく……?」

「あの世って言ったら分かるかな。往復の往と書く……で、往く前に挨拶に来てくれたんだ。七十何年かぶりの再会だった……」

 ひとしきり、桜の花びらが風に舞った。

 乃木坂さんがため息をついた……すると、乃木坂さんの後ろに、セーラー服にお下げの女の子の姿が浮かんだ。モンペに防災ずきんみたいなのぶらさげて、胸に大きな名札みたいなの縫いつけて、穏やかに乃木坂さんを見下ろしている。わたしの視線に気がついて、乃木坂さんが振り返った。

「あ…………」

 乃木坂さんが棒立ちになった。女の子が寄り添って、潤んで、熱い眼差しになった!

「抱きしめてあげなさいよ。抱きしめて! 乃木坂さん! わたしに遠慮することなんかいらないんだからさ! こんな時にフライングしなきゃ男じゃないわよ!」

 乃木坂さんは切なそうに見つめるだけ……その子は、その間、しだいに影が薄くなっていく……

 あ、と思った。

 その子は急に桜の花びらの固まりになって、次の瞬間、花吹雪になり、粉みじんになって飛んでいってしまい、その花びらさえも雪が溶けるように消えていってしまった。

 でも、確かに人だった。温もりと、乃木坂さんを思う気持ちで溢れていた。

「せめて、せめて……名前ぐらい呼んであげればよかったのに!」

「あれは……あれは、桜が作った幻だよ。幻に……」

「想いがあってのことじゃないの……!」

 ブン

 わたしの平手打ちは虚しく空を切り、勢い余って転んでしまった。

「意気地なし……あんなの、あんなのって無いよ……」

 泣いているわたしを、乃木坂さんが抱き起こしてくれた。

「わたしのことは触(さわ)れんの……?」

「焼き芋だって受け止められるただろ」

「わたしって、焼き芋並なの!?」

「その気にならなきゃ、なにも触れないけどね」

 椅子の背もたれを掴んだその手は、背もたれを突き抜けてしまった。まるでCGのバグだ。

「ほらね……でも、平手打ちしてくれてありがとう」

「ご、ごめんなさい。つ、ついね……」

「ううん、ああいう人間的な思いが僕たちの救いなんだよ。お礼を言うのは僕の方さ。あの……あの、もう少し、君達の側に居てもいいかなあ。今日こうやって君を呼んだのは、そのためなんだ。君の前で姿を隠しておくのが、だんだん難しくなってきて。でも、なんの前触れもなく現れたらびっくりするだろう」

「うん、びっくりする!」

「だよね」

「でも。里沙とか夏鈴とかには秘密にしとくから」

「じゃ、いいのかい!?」

「うん、三人じゃ寂しかったから。そうだ、見ていて気になることとか言ってくれる。演出とかいないから」

「任しとけ、これでも生きてる頃は演劇部……しまった」

「卒業者名簿見て、正体あばいちゃおうかな」

「そりゃ無理だよ。卒業前に死んじゃったから。それに学籍簿も空襲で焼けちゃってるしね」

「残念……あ!」

 わたしの中で、なにかが閃いた。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • 乃木坂さん       談話室の幽霊
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・80『乃木坂さん』

2023-01-10 07:34:54 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

80『乃木坂さん』 

 

 

 バルコニーに面したところに椅子とテーブル……その上には琥珀色の紅茶が湯気を立てている。

 

「いい香り……」

「春のゴーストブレンド」

 ヒラヒラと、桜の花びらがカップの中に落ちてきた。

「あら……」

「僕の演出」

「フフフ……気が利いてますね」

 長閑に二人で笑った。

「名前とか聞いていいですか。わたし……」

「仲まどか君だよね……僕の名前は勘弁して」

「どうしてですか……?」

 彼は、一見無造作におかれた椅子たちに目をやった。

「僕は、たくさんの仲間達の代表だと思っている。あちらの椅子、みんな仲間が座っているんだ。数が足りないから、立ってるやつもいる」

「え……あなたのことしか分からない」

「そう、こんなにはっきり分かり合えるなんてめったにないんだ……みんな羨ましがってる。ここにいるのは、みんな戦争で死んだ人達。僕もそうだけどね」

「そうなんだ……」

「とりあえずは、乃木坂でいいよ。この成りだから、ここの生徒だったってことは隠しようがないからね」

「じゃ、乃木坂さん」

「ハハ、みんな笑ってる。喜んでくれてるよ」

「……こ、こんにちは。みなさん」

 わたしは、空席の椅子たちに向かって挨拶した……なんの反応もない。

「構わなくっていいって、でも挨拶してくれて嬉しそうだよ。僕たちはね、年に二三回『戦没者の霊』で一括りにして呼ばれる。あれって、切ないんだよ。みんな生きてたころは、それぞれ名前のある個人だったんだからね。だから、たとえ乃木坂でも固有名詞で呼ばれるのはとても嬉しい」

 そう言うと、乃木坂さんはポッと頬を染めて、とびきりの笑顔になった。

 何年も何十年も、とてつもない孤独と切なさの牢獄に閉じこめられて、そこから、やっとぬけだせて笑顔になった……そんな感じがした。

 爛漫な春の風情と、花びら一つ入った紅茶の香りが、それを際だたせる。

 その切なさが、ぐっと胸にきて、鼻の奥がツンとしてきた。
 
「乃木坂さん……」

「ありがとう……なんだよ。君が泣くことないだろ」

「アハハ、人の名前呼んで、こんなに喜んでもらったの初めて!」

「いい人だまどか君は」

「あの……焼き芋落っことしそうになったとき、受け止めて窓辺に置いてくれたの乃木坂さん?」

「え……」

「ほら、スマホ出そうとして、ポケットに手を入れたら勢いでスカートのホック取れちゃって……」

「え……そうだっけ(,,꒪꒫꒪,,)」

「え……見えちゃったんだ!」

 恥ずかしいより、笑っちゃった。幽霊さんでも赤くなるんだ……!

「ぼ、僕は、まだ運のいいほうなんだ」

「え、スカート……?」

「ち、違うよ(#'∀'#)。ぼくはね、まだきちんとした人間の形してるだろ?」

「うん、言わなきゃ幽霊だって分からない」

「中にはね、元の姿を保てないないほど痛めつけられた人もいるんだよ」

「……ゾンビみたいな?」

「アハハ、そんなの幽霊の僕が見ても怖いよ。そんなんじゃないんだ……あまりに激しい空襲の火で焼かれるとね、骨どころか魂まで焼けてしまうんだ」

「それって……」

「幽霊になってもね、キューピーのお人形ぐらいに縮んじゃって……目も鼻も口も無くなって、幽霊同士でも意思の疎通が難しくなって……むろん焼き芋を受け止めることなんかできない……」

 乃木坂さんは、遠くを見る目になった。

「乃木坂さんは、そういう人を知ってるんだね……それも、ごく近しい人……でしょ」

「……勘もいいんだ、君は」

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・79『埴生の宿』

2023-01-09 06:29:41 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

79『埴生の宿』 

 

 


 稽古が始まって十日ほどがたった。台詞もほとんど入って、ダンドリは分かってきた。

 でも、最初読んだとき面白かったお芝居も、やってみると難しさだけが際だってくる。

 だってね、この芝居、新派、新劇、歌舞伎、狂言、吉本などなど、ありとあらゆる芝居のエッセンスのテンコ盛り。そもそも最初から、歌舞伎風の口上で始まるんだよ(^_^;)。

―― 東西東西(とざい、とーざいー……てな感じで言います)一段高うはございますが、口上なもって申し上げます。まずは御見物いずれも様に御尊顔を拝したてまつり、恐悦至極に存じたてまつります……てな感じで、かみまくり(ほんとに舌噛んじゃった)

 動画で、それらしいのを見たりして研究中。前途多難のキザシ。

 そこへもってきて、あの気配……だんだん強くなってきて、このままじゃ稽古にならない……と思い始めた昼休み。三人で、明日は潤香先輩のお見舞いしようって、中庭で相談をしていた。

 すると、聞こえてきた……あの『埴生の宿』

「ね、聞こえない!?」

 思わず口に出てしまった。

「え、なにが……?」

「歌が聞こえる……」

「まどか……」「どうしたの……」


 二人の声が遠くなっていく……そして……気がついたら、談話室の前にいた。
 

「……埴生の宿も、わが宿。玉の装い、羨まじ……♪」

 その人は、旧制中学の制服を着て、ピアノを弾きながら唄っていた。

 バルコニーの外は桜が満開。小鳥のさえずりなんか聞こえて、春爛漫の雰囲気……そよと風が春の香りを運んできた。

 春の香りは、桜の花びらになって頬を撫でていく……何枚目かの花びらが、左目のあたりをサワって感じで通っていって、わたしは我に返った。

「……おお、わが窓よ~楽しとも、たのもしや~♪」

 その人も、ちょうど唄いきって、ゆっくりと笑顔を向けてきた。

「ごめんね、こんな誘い方をして」

「あなたは……」

「あけすけに言えば……幽霊……かな」

 あんまりのどかな言いように、予想した怖さは、どこかへいって、暖かい笑いがこみあげてくる。

「……フフフ」

「よかった。怖がらせずに話しができそうだ」

「さっきまでは、怖かったんです」

「うん、だから昼間にお招きしたんだ。僕の趣味で春にしたけど、よかったかな」

「はい、わたしも、この時期が大好き」

「君は、僕の気配が分かる。このままじゃ脅かして、稽古を台無しにしてしまいそうだから、僕の方から挨拶しておこうと思って」

「でも。とても幽霊さんに見えません」

「ハハ、それはよかった」

「ノブちゃんみたいな幽霊さんもいますから」

「そうだね、ちょっと漫画みたいな幽霊さんだけど、あんな感じ」

「怨めしや~、なんてやるんですか?」

「めったに居ないよそんな人。まあ、掛けて話そうよ」

 その人が指を動かすと、音も無くバルコニーのガラス戸が開いた……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・78『旧制中学の制服』

2023-01-08 07:25:47 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

78『旧制中学の制服』 

 

 

 スカートを繕って同窓会館の方に戻りかけると、理事長先生といっしょになった。

「さっきは、焼き芋の差し入れありがとうございました」

「なんのなんの、ちと多すぎやしなかったかね」

「いえ、先輩方も応援に来てくれたんで、ちょうどよかったと思います」

「そうか、そりゃよかった」

 そこへ、みんなが、ゾロゾロ同窓会館から出てきた。

「整理完了したから、お祝いの買い出しに……あ、理事長先生。先ほどはありがとうございました」


 一礼すると、里沙を先頭に、みんなで駅前のコンビニを目指して行った。


「ほう……綺麗になったね。いや、同窓生を代表して礼を言うよ」

「いいえ、とんでも。こちらこそ……」

 理事長先生は、懐かしそうに部屋を一周すると、ピアノに向かい、静かに撫でてから弾き始めた。

「……先生、この曲なんていうんですか!?」

「『埴生の宿』だよ……知っているのかい?」

「はい……ここで聞きました」

「……そうか、君にも聞こえたのか」

「人影も見えました……一瞬、シャンデリアが一瞬点いたときに、ほんの一瞬……」

「……旧制中学の制服を着ていなかったかい?」

「それっぽかった……かな。きっとバルコニーのガラス戸に映った自分の影を……」

「僕も、一瞬だけ見たことがある……このピアノに寄っかかってるところを刹那の間」

「先生……」

「そのときも、かすかに『埴生の宿』が聞こえた。そうか……君にも見えたんだね」

「その人って……」

「悪いやつじゃないと思うよ。時々物音をたてたり、椅子の場所が変わっていたり。ごくたまにこの曲を聞かせてくれたり……それは、こないだ話したね……そうか、君にも見えたんだ」

 理事長先生は、また、ゆっくりと慈しむように『埴生の宿』を弾き始めました。


 それから、たった三人の稽古が始まった。


 ほんとは、少し期待があった、先輩の誰かが見に来てくれないかって。

 だって、演出も舞監も、わたしたち役者が兼務。出番の少ないノブちゃん役の夏鈴が、稽古ごとに立ち位置や、演技のきっかけをメモってくれる。それを基に三人で、ああでもない、こうでもない。

 動画を撮ってやってみたけど、巻き戻して観るだけで稽古時間が無くなってしまう。帰りの電車の中で見ても、自分の未熟な演技って落ち込むだけだしね。

「ね、SNSに上げてコメントとかもらったら?」

「そ、そんな恥ずかしいことができるか!」

 夏鈴の提案は、一言の元に里沙が切り捨てた。さすがのわたしも、公演前の芝居を流すのはアウトだと思うよ(^_^;)。

 やっぱ、演出がいないとね……やってらんねえ! なんてヤケッパチのグチなどは言いませんでした……思っていてもね。

 それにね、役者以外誰もいない、道具も何にも無しの稽古場……これも地味に落ち込む。


 わたしだけ、もう一人分の気配を感じていたけど、それは言わなかった。


 理事長先生には言ったけど、漠然としていて、二人に言うどころか、自分で思い出すのもはばかられた……だって、怖いんだもん!!

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・77『焼き芋』

2023-01-07 07:47:53 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

77『焼き芋』 

 

 

 里沙の目算通り、談話室の掃除と整備には三日かかってしまった。

 電球は半分だけの交換……というか半分ですんだ。LEDの電球なので、少なくてすむ。むろんシャンデリアまでは直してもらえなかったけど、稽古場の明るさとしては十分だった。ヒーターは三台。べつにケチられたわけじゃない。電気容量が三台でいっぱいになるので仕方がない。でも、これでは少し寒い、今後の課題。

 不思議なことは、なにも起こらなかった。

 わたしを除いて……なーんちゃってね。

 あの男子生徒は、あれから現れない。やっぱ、なんかの見間違い……でも、ひょっとした拍子にに気配を感じる。ほんの瞬間なんだけど視線を感じる。寂しげだけど温もりのある視線。

 その日も、ピアノを拭いていて、それを感じた。おいしそうな匂いとともに……あれ?

 ふりかえったら、立っていた……夏鈴が焼き芋の入った袋を抱えて。

「フン。ヒヒヒョウヘンヘイハラ……」

「焼き芋くわえたままじゃ、分かんないでしょうが!」

「……だって、袋からこぼれ落ちそうなんだもん……あ、理事長先生の差し入れ。あとで様子見に来るって」

 それだけ言うと、夏鈴は本格的にパクつきだした。

 わたしも、一つ頂いて手を洗っていないことに気づき。手を洗いに廊下に出たところで出くわした。山埼先輩と峰岸先輩が石油ストーブを運んでくるのに。持つべきものは先輩、これで寒さ問題は解消。

 不幸なことに、わたしは夏鈴と同様に焼き芋を口にくわえたまま。それも、口の端っこからはヨダレを垂らしながら。

「まどか、おまえってほんと、三枚目なんだよな」

 峰岸先輩がしみじみ言う。

「フヒ、フハハハハ、ヘフ」

 我ながら情けない……で、ハンカチを出して焼き芋をくるんで手に持った。

「ここ、ガスは危なくて使えないから、石油ストーブ。技能員のおじさんから」

「ありがとうございます。あ、中に里沙がいます。食べきれないくらい焼き芋ありますから、先輩たちもどうぞ」

「そりゃあ、ゴチになるか」

 山埼先輩は行っちゃったけど、峰岸先輩が振り返った。

「まどか。おまえら自衛隊の体験入隊に行くんだって?」

「え、あ……はい」

「よかったら、オレも入れてくれないかなあ。学年末テストも終わっちゃったし、めったにできないことだからな」

「はい、喜んで!」

 と……言ったものの、わたしは体験入隊のことすっかり忘れていたのだ。で、片手でスカートの中の携帯をまさぐっていたら、プツンと音がしてスカートのホックが外れた。

「ウ……!」

 焼き芋を放り出し、慌ててスカートを押さえた。

 すると、なんということ。焼き芋がハンカチにくるまれたまま空中で停まっちゃった……そして、ゆっくりと窓辺の窪んだところに着地した……。

 その時感じた温もりは、焼き芋のそれだけじゃなかった。

「……というわけで、四人追加でよろしく!」


 忠クンは、まだなにか言いたげだったけど、用件をすませ、さっさとスマホを切った。

 わたしは部室に戻り、スカートを繕いながら携帯をかけていたのだ。

 念のため、下はジャージを穿いております。

 ぬるくなった焼き芋を持ち上げると、マッカーサーの机がカタカタいった。

 なんだか笑われたような気がした。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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