大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

RE・乃木坂学院高校演劇部物語・31『ん……まだ違和感』

2022-11-21 06:58:38 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

31『ん……まだ違和感』  

 

 

 ……薄暗がりの中、ぼんやりと時計が見えてきた。

 リモコンで明かりをつける……まる三日眠っていたんだ。

 目覚めると自分の部屋。当たり前っちゃ当たり前なんだけど、なんだか違和感……。

「あ」

 小さく声が出た。

 目の前に倉庫から命がけで持ち出した衣装が掛けられている。

 わたしと潤香先輩の舞台衣装。セーラー服と花柄のワンピース。

 ベッドから見る限り、傷みや汚れはない。

 四日前の舞台が思い出された。

 なんだかとても昔のことのよう……潤香先輩もこうやってベッドに寝ている……意識は戻ったのかなあ……意識が戻ったら何を考るんだろうかなあ……

 わたしはもう起きられるだろう。二三日もしたら外出だってできるかもしれない。

 しかし先輩はもう少し時間がかかるんだろうなあ……よし、良くなったら、この衣装持ってお見舞いにいこう。

 そう思い定めて、少し楽になる。

 ん……まだ違和感。

 あ、パジャマが新しくなっている……新品の匂いがする。着替えさせてくれたんだ、お母さん。
 ……まだ違和感。ウ……下着も新しくなっている。これは、お母さんでも恥ずかしい。

「あら、目が覚めたの?」

 お母さんが、薬を持って入ってきた。

「ありがとう、お母さん。着替えさせてくれたんだね」

「二回ね、なんせひどい汗だったから。シーツも二回替えたんだよ。熱計ろうか」

「うん」

 体温計を脇に挟んだ。

「お腹空いてないかい」

「う、ううん」

「そう、寝付いてから水分しか採ってないからね……」

「飲ませてくれたの?」

「自分で飲んでたわよ。覚えてないの?」

「うん」

「薬だって自分で呑んでたんだよ」

「ほんと?」

「ハハ、じゃ、あれみんな眠りながらやってたんだ。ちゃんと返事もしてたよ」

「うそ」

「パジャマは、わたしが着替えさせたけど、『下着は?』って聞いたら『自分でやるからいい』って。器用にお布団の中で穿きかえてたわよ」 

「そうなんだ……フフ、やっぱ、なんだかお腹空いてきた」

「そう、じゃあ、お粥でも作ったげよう」

「あの衣装、お母さん掛けてくれたの?」

「ああ、『衣装……衣装』ってうわごと言ってたから。目が覚めたら、すぐ分かるようにね。今まで気づかないと思ったら、そうなんだ眠っていたのよね」

「ありがとう、お母さん」

 ピピ、ピピ、と検温終了のシグナル。

「……七度二分。もうすこしだね」

 そのとき、締め切った窓の外から明るいラジオ体操が流れてきた……ラジオ体操は工場の朝のルーチンだぞ? ちょっと変だ。

「お母さん、カーテン開けてくれる」

「ああ、もう朝だものね」

「あ……朝?」

 カーテンが開け放たれると、朝日がサッと差し込んできた。

 わたしは三日ではなく、三日と半日眠っていたことに気がついた。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・30『掛け布団を胸までたぐり寄せ』

2022-11-20 06:54:54 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

30『掛け布団を胸までたぐり寄せ』  

 

 

『ほかに、言いようってもんがあるだろう。命の恩人なんだからよ』

 帰ってきたお父さんの声が二階の部屋まで聞こえてきた。忠クンの家までお礼に行って帰ってきたところなんだ。

『でもねえ。あのときは、あの子も、ああしか言いようがなかったのよ』

 と、お母さんの声。


 そうなんだ。ひとがましい感情は家に帰ってから蘇ってきた。


 インフルエンザで、お風呂に入れないもんだから、幼稚園以来久々にお母さんが体を拭いてくれた。髪もドライシャンプー一本使って丹念に洗ってくれた。そうやってお母さんの気持ちが伝わってくる間に、フリーズしていたパソコンが再起動したように蘇ってきた。

 恐怖と安心と、忠クンへの感謝と愛おしさ、お母さんの愛情、その他モロモロの感情が爆発した。

 お母さんの胸で泣きじゃくった。

「いいよいいよ、もう怖くない、怖くないよ。なにも心配することもないんだからね」
「そうじゃない、そうじゃない、それだけじゃないの……」
「分かってる、分かってるわよ。まどかの母親を十五年もやってきたんだ。全部分かってるわよ」
「だって、だって……ウワーン!」

 このとき、襖がガラリと開いた。

「まどか、大丈夫か!?」

 兄貴が慌てた心配顔で突っ立ていた。

「このバカ!」

 と、お母さん。わたしは慌てて、掛け布団を胸までたぐり寄せた。

『ノックもしないで……!』
『だって、まどかのこと……』

 二人の声が階段を降りていく。階下でおじいちゃんが息子と孫を叱っている気配。お母さんとおばあちゃんが、それに同調している。

 嬉しかった、家族の気遣いが。

 シキタリに一番うるさいおじいちゃんが、自分でそう仕付けたお父さんを叱っている。

「お前は器量が悪いからなあ」

 と、いつもアンニュイにオチョクってばかりのアニキは、襖を開けた瞬間、わたしの顔を見た。火事で救急車で運ばれたと聞いて、やけどなんかしてないか気にかけてくれたんだ。分かっていながら、わたしは反射的に裸の胸を隠した。わたしは、いつの間にか住み始めた自分の中のオンナを持て余していた。

 注射が効き始め眠くなってきた。

 眠る前に忠クンにお礼を、せめてメールだけでも……そう思って携帯を手にする。「今日はありがとう」そこまで打って手が止まる。「愛してるよ」と打って胸ドッキン……これはフライングだ。「好きだよ」と打ち直して、戸惑う……結局花束のデコメをつけて送信。

―― 他に打ちようがあるだろ ――

 そう叱る自分がいたが、ハンチクなわたしには精一杯……で、眠ってしまった。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・29『阿弥陀さま?』

2022-11-19 06:41:06 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

29『阿弥陀さま?』  

 

 

「おーい」

 という声で目が覚めた。

 ボンヤリと白い服を着た人たちが目に浮かんできた……天使さんたちだ。

 十五歳のこの歳まで、わたしはいい子でいた……自己評価だけど。だから、わたしは天国に来たんだ……そう思った。

 真ん中に大天使ミカエルさま。両脇にきれいなオネエサンの天使がひかえていらっしゃる。

 でもいいのかな。うちって、たしか浄土宗か、浄土真宗……じゃ、これは阿弥陀さま?

 ドタっと音がして、阿弥陀さまの顔が、マリ先生のドアップの顔に入れ替わった。

「気がついた、まどか!?」

 ドアップが叫んだ。

「こまりますね。これから、いろいろ検査しなくちゃいけないんだから」

 阿弥陀さまが文句を言った。

「すみません」

 ドアップのマリ先生の顔が、視界から消えた。

 そして、ようやく気づいた。


―― わたしってば、助かったんだ ――


 頭の中がジーンと痺れている。こういう時って、その混乱のあまり泣いちゃったりするんだろうなあ……ひどく客観的に見ている自分がいた。自分でも意外に冷静。

 これが精神的なマヒであることは、あとになって分かってきた。

 阿弥陀さんだと思ったのは、お医者さん。天使は看護師のオネエサンだった。

 その向こうに、うれし涙の、お父さんとお母さん。さっきドアップになったマリ先生の顔があった。

――でも、どうして、わたし助かったんだろう……あの燃えさかる倉庫の中から……?

「もう、その袋、放してもいいんじゃないかな」

 阿弥陀……お医者さんが言った。

 わたしってば、衣装の入った袋を握りっぱなしだった。そのときは……素直に……は手放せなかった。

 手を開こうとしても、袋の握りのとこを持った手は開かない。ナース(看護師って言葉は、このとき馴染まなかった)のオネエサンが、その見かけより強い力で、やっと袋を放すことができた。

 それからCTやら、なんやらいろいろ検査があった。

「大丈夫、どこも怪我はしていないよ」

 お医者さんが笑顔で言った。

――よかった。

「でも、インフルエンザに罹っている。注射一本うっとこうね」

 さっきのナースのオネエサンが注射器を、お医者さんに渡した。

「ちょっとチクってするよ……」

 チクっとではなかった。グサッ!……ジワジワ~と痛みが走る。

 お医者さんの向こうでニコニコしているナースのオネエサンが、白い小悪魔に見えた。

 やっと解放されて、ロビーに出た。みんな待っていてくれた。

「お母さん」と、言ったつもりだったんだけど。白い小悪魔にマスクをさせられていたので、「オファファン」にしかならなかった。

「こいつが、おめえを助けてくれたんだぜ。さすが大久保彦左衛門の十八代目だ!」

 お父さんが、そいつを押し出した。

「ども、無事でなによりだった……」

 ヤツは……忠(ただ)クンは、煤と泥にまみれた制服姿で、ポツンと言った。

「ども、ありがとう」

 マスクをつまんで、わたしもポツンと応えた。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
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  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・28『凛然とした禿頭』

2022-11-18 07:48:06 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

28『凛然とした禿頭』  

 

 

「ありがとう……」

 言い尽くせない感謝の気持ち、それが、ありきたりの言葉でしか出てこないことがもどかしかった。

 修学院高校の制服は、問わず語りに、あらましのことを語ってくれた。

 彼は、グラウンドに面した道路を自転車で通りかかり、倉庫の火事に出くわした。だれか人が取り残された様子に、開け放たれた通用門から一気に自転車でグラウンドを駆け抜け、中庭の池に飛び込み、全身を水浸しにして倉庫に突入。すんでのところでまどかを助けたようだ。

 ただの通りすがりがここまでやるか……?

「ところで……」

 と、聞きかけたところで救急車が消防車といっしょにやってきた。

 検査の結果、まどかは、かすり傷。修学院も無事と分かった。

 ただ、まどかはインフルエンザにかか罹っていることが分かり、注射一本うたれて、そのまんま駆けつけたご両親に付き添われ、タクシーで自宅に直行した。それを見送って振り返ると、教頭先生が怖い顔をして立っていた。

 一週間で二度も生徒を危険な目にあわせ、火事まで出してしまった。

 ただでは済まない。とにかく校長……下手をすれば、理事長の呼び出しと覚悟した。

「今から学校に戻って、ご報告を……」
「それには及びません。こちらから連絡するまで、自宅待機……なさっていてください」

 手回しのいいこと、さっそくの自宅謹慎か。


 三日は謹慎させられるかと思った。その間にわたしに関する悪い資料が集められ、理事会で、わたしのクビが決定……と、思いきや、明くる朝には呼び出された。

 職員室にいくと「気の毒に」と「ざまあ見ろ」というオーラを等量に感じた。

「貴崎さん、理事長室に直行してください」

 教頭が頭を叩きながら背中で言った。早手回しに「先生」という敬称も外している。

 理事長室には、来年には卒寿という理事長が一人で待っていた。

「大変でしたな、貴崎先生」

 来客用のソファーにわたしを誘って、理事長が言った。東向きの窓から差し込む朝日がまぶしかった。

「不徳の致すところで……」

 頭を下げかけると、テーブルの上にスポーツ新聞が四つ折りになっているのが目に入ってきた。

 頭に血が上った。

『新進俳優、高橋誠司、某私立女性教師と不倫!』

 一昨日の晩、あのホテルの前で、伸びをしている小田先輩と大あくびをしているわたしの写真が大写しで出ていた。わたしは目こそ隠されていたが、知り合いが見れば一見してわたしと分かる。記事も、学校名は伏せられていたが、二三行も読めば乃木高と知れる。

 わたしは、ほんの一二秒でそれを読み取った。

「いやあ、つまらんものをお見せしましたな」

「これは……?」

「さっき、教頭の識別子が持ってきましてね。いや、つまらんガセネタであることは分かっています。電算機で確認もしましたが、その高橋さんのプロダクションが明確に否定しておりましたよ。なんせ、あなたたちの前を通ったお巡りさんの証言も得ていることですから」

 そう言えば、あのとき二人の前をお巡りさんが通っていったっけ……。

「識別子も、つまらんものを持ってくるもんだ」

 理事長は、見事に禿げあがった頭を撫でた。

 その手を見て思い出した。「識別子」とは「バーコード」の和名である。思わず吹きだしかけた。どうも、このお気楽さは、我ながら女子高生であったころから変わりがない。

「芹沢潤香さんのことなんですが」

「はい」

 わたしは緩みかけた表情を引き締めた。

「今朝早く、お父さんが来られましてね。職員室で、ご心配のあまりなんでしょう、識別子に詰め寄られていらっしゃいました。潤香さんの意識が戻らんようです」

「え、お医者さまが直に意識は戻るだろうって……」

「ええ、だからこそのご心配なんでしょう。もって行き場のない不安を学校に持ち込んでこられたんです。いや、戦時中にもあったもんです。戦闘中に意識不明になり、半年たって意識が戻ったら、終戦になっていた奴もおりました。無論、医学上の問題はよく分かりません。しかし、ここで学校が直ちに責任をとらねばならない問題ではないと認識いたしております。そこのところは場所を、ここに移して、校長さんにも立ち会って頂いて、お父さんには了解はして頂きました」

「……わたしの責任です」

「思い詰めないでください。貴崎先生、潤香さんのことは、お気の毒ではありますが事故であったと認識しております。最初に見たてた医師が大丈夫と判断したんです。MRIでも異常は認められなかった。それに基づいて医師は判断したんです。倉庫の火災も、昨年先生から、配線の垂れ下がりを指摘されていました。これを放置していたのは学校の責任であります」

「でも、わたしも、それを忘れてしまっていました」

「貴崎先生。無理かもしれませんが、ご自分をお責めにならないようにしてください。学校も組織ですので、一応理事会にはかけねばなりませんが。わたしの考えは、今申し上げた通りです」

「ご配慮ありがとうございます。でも……では、失礼します」

 わたしは席を立った。朝日はもうまぶしくないところまで上っていた。

「貴崎先生」

「はい」

「あなたは、淳之介……お祖父さんの若い頃にそっくりだ。熱くて、一徹者で、不器用なくらい真っ直ぐだ」

「……祖父をご存じなんですか?」

「こりゃいかん……こいつは内緒事でしたな」

 上りきった朝日が、窓ぎわに立つ理事長の凛然とした禿頭をまぶしく照らしだした。

「では、失礼します」


 理事長室を出ると胸が震えた。


 怒りでも感動でもない。内ポケットのスマホが着信を知らせている。

 二秒で確認。

 高橋先輩からのメール……学校を出たら電話しよう。

 懐に仕舞った瞬間、また着信。

 一秒で確認。

 妹の咲姫、こいつは無視。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・27『まどかーーーーーーーーっ!!』

2022-11-17 06:47:26 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

27『まどかーーーーーーーーっ!!』  

 

 

 教頭からの指示ということで学校を出た。

 ニンマリするわけにもいかず、致し方なしという顔でいたが、踏みしめるプラタナスの枯れ葉が陽気な音をたててしまうのは気のせいではないだろう。


 潤香は、集中治療室から、一般の個室に移されていた。


 付き添いのお姉さんから、大人びたねぎらいの言葉をかけられ、いささか戸惑った。

 しかし、潤香の意識が回復するのも近いと聞かされホッとした。
 まどかたち三人はショックなようで、夏鈴が泣き出し里沙とまどかの目も潤んでいた。

 わたしは二度目だけど……やはりベッドの上の潤香の姿は痛ましい。

 そっと窓に目をやると、スカイツリーが見える。

 孤独に一人屹立した人格を感じさせるのは、抜きんでた六百三十四メートルという高さだけではないような気がした。


 放課後、部室と倉庫の整理をやった。


 部室はクラブハウスの一角なので、規模も小さく作業もしれたものだけど、倉庫が大変だった。夕べひととおりやってはいたんだけど、予選で落ちたショックが大きかったのだろう。あらためて見ると乱雑なものだ。
 あらゆるものが、ただ所定の場所に置いてあるだけ。道具や衣装の箱の中は、地震のあとの小間物屋のような状態。
 この有り様を予想したわけでは無いだろうけど四人がクラブを休んでいた。
 衣装係のイトちゃんがぼやいていたが、みんな黙々と、それぞれの仕事をこなした。

 そして。

 それは、部長の峰岸クンたちと「新しい倉庫が欲しい」と冗談めかしく話しているときに起こった。

「火事だあ!」

 誰かが叫んだ。

 驚いて振り返ると、倉庫の軒端から白い煙が吹き出している。

「だれか火災報知器を鳴らして! 消火器を集めて!」

 白い煙は、わたしの叫び声をあざ笑うかのように、あっという間に炎に変わった。

 そして、信じられないことが起こった! まどかが、燃え始めた倉庫の中に飛び込んだのだ!

 まどかーーーーーーーーっ!!

 みんなが口々に叫んだ!

 炎は、もう倉庫の屋根全体に広がりかけている。みんな、まどかの名前を叫ぶだけで助けにに行こうとはしない。いや、できないのだ。勢いを増した炎に臆して足が出ない。輻射熱が倉庫を遠巻きにしたわたしたちのところまで伝わってくる……。

 ドボンという音がした。わたしの中で何かが落ちるような音が。

 潤香に続いて、まどかまで……グっと苦い思いがせき上げてきた。

 させるかあ!!

 次の瞬間、わたしは倉庫に向かって走り出した。

「マリ先生!」

 峰岸クンが、わたしを引き留める。

「放して!」
「先生は、先生の身は、先生だけのものじゃないんですよ! 先生は……」

 峰岸クンは、ほとんどわたしの秘密を喋りかけていた。誰にも知られてはいけない秘密を……。

「わたしの生徒が! いやだ! 放せ! 放して!!」

 わたしは渾身の力で抗った。

 バリっと、チュニックが裂ける音がして、わたしは峰岸クンの羽交い締めから抜け出した。

 ザザザ!

 その刹那、黒い影が追い越して、炎が吹きだしはじめた倉庫に飛び込んでいった……。


 この一週間で、病院に来るのは四度目だ。


 まどかは、すんでのところで助けられた。あのとき倉庫に飛び込んだ黒い影に。

 燃えさかる倉庫から、その影はまどかを抱いて現れた。直後、倉庫の屋根が焼け落ちた……。

 黒い影は用意された担架にまどかを横たえ、わたしは、すぐに、まどかの呼吸と鼓動を確かめた。

 異常はない。

 そして、目視で、やけどをしていないか確認した。

「大丈夫ですか……?」

 黒い影が口をきいた。

「大丈夫、気を失っているだけ」

「よかった……」

 初めて黒い影の姿を見た……全身から湯気をたて、煤けた姿は、近所の青山にある修学院高校の制服を着ていた。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・26『怖い顔をしているのに苦労した』

2022-11-16 07:20:22 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

26『怖い顔をしているのに苦労した』  

 

 

 オチョクルまでもなく二行目で吹きだした。

「スカートめくり」という単語が目に入ってきたからだ。

 幼いころ、はるかちゃんという幼なじみと、どうやったらスカートがきれいにひらめくか、おパンツ丸出しにしてスカートをまくってクルクル回っていたというものだ。

 文章としては面白いが、肝心の道府県名は、その、はるかちゃんが大阪に越していったということだけ。

 でもエッセーとしてよく書けているので、わたしは花丸をつけてやった。

 ……はるかという名前が大阪という単語と共にひっかかった。

 昨日、その種のホテルの前で大伸びと大あくびしたあと、地下鉄の駅に行くまでに小田先輩が言っていた中に『はるか』という名前が出ていたような……。

 小田先輩の恩人、この業界で身を立つようにしてくださったという白羽という名プロデューサー。

 この人が、大阪のナントカはるかという新人を発掘……しかけているという話をしていた。

 あまりに嬉しいので、苗字や写真などのデータは伏せたまま、喜びのメールを寄こしてこられたらしい。

 小田先輩を可愛い身内と思ってこそのメールだったんだろうけど、先輩としてはいささかライバルの予感。それくらい白羽さんというのはすごい人のようだ。

 ま、はるかって名前は、どこにでもある。

 そう言えば、去年の学園祭。潤香に次いで準ミスに選ばれたのも下の名前は「はるか」だった。今は二年生になっているはずだが、なんせズータイの大きい私学。学年が違えば、よその学校も同様なんだ。


 次の休み時間に、廊下で里沙と夏鈴につかまった。


 三四時間目が自習になったので、潤香の見舞いに行きたいと言う。

 ついては、わたしに引率者になって病院まで付いて来て欲しいというのである。ちょうど三四時間目は空き時間ではあるけれど、なんでこいつら知ってるんだ?

 すると里沙が、おもむろにスマホをわたしに見せた……。

―― ゲ、わたしの時間割がキチンと曜日別にまとめてあるではないか!? ――

「なんで、こんなもの!?」

「そりゃ、先生はクラブの顧問ですもん。万一のときや、都合つけなきゃいけないときの用心です」

「こんなもの、舞監のヤマちゃんだって持ってないわよ」

「こんなのも、ありますよ……」

 里沙が涼しい顔で画面をスクロール。

「え……わたしのゴヒイキのお店。蕎麦屋、ピザ屋、マックにケンタに、もんじゃ焼き、コンビニ……KETAYONA(夕べ、小田先輩といっしょだったイタメシ屋)まで……里沙、あんたねえ……」

「わたしって、情報の収集と管理には自信あるんです。いわばマニュアルには強いんですけど、クリエイティブなことや、想定外なことには対応できないんです。で、そういう判断しなくちゃならないときに、いつでも先生と連絡できるようにしてあるんです」

「そんなときのために、番号教えてあるんでしょうが!?」

「マナーモードとかにされていたら、連絡のとりようありません。夕べだって……」

「夕べなにかあったのぉ?」

 これは夏鈴。

「ちゃんとした挨拶の確認できなかったから。一日は、挨拶に始まり、挨拶に終わります」

「そりゃ、そうだけどね……(-_-;)」

「正直、不安だったんです。あんな結果に終わったのに、なんかきちんとクラブが終わり切れてないみたいで」

「あ、それは、わたしも……思いました。なんか……投げやりな感じで終わっちゃったなって」

 夏鈴はめずらしく、マジな顔で、まっすぐわたしを見て言った。

「多分KETAYONAだとは思ったんですけど、先生もやっと解放されたところだろうって、ひかえました。二十二時三十分ごろです」

 ……ちょうど小田先輩と論戦の真っ最中(^_^;) 気持ちは分かるんだけどね……。

「ちょっと、スマホ見せなさいよ(`_´)!」

 返事も待たずにひったくった。

「あ、消去しないでくださいね。一応バックアップはとってありますけど……」

「あのなあ……」

 ケナゲではあるんだけど……一応チェック……よかった、わたしの裏情報までは知らないようだ。

「で、三四時間目の件は……」

 携帯を受け取りながら里沙が上目づかいで聞いた。

「だめ。自習とはいえ人の授業。勝手なことはできないわ」

 上から目線できっぱりと言ってやった。

「だめですか……」

「だめなものは、だめ!」

 二人はスゴスゴと帰っていった。

 ほんとのところは、二人のアイデアに乗りたかった。

 しかし、生徒からの希望とはいえ、申し出て許可を得るのはわたしだ。クラブで勝手が許されるのは、他のところで手を抜かない。教師としての仁義に外れたことをしないことに気をつけているからだ。

 学校って、狭い世界なのよ。ごめんね……遠ざかる二人の背中に呟いた。

 で、次の休み時間。まどかを先頭に、あの子たちはバーコードに直訴におよびやがった!

 どうやら、まどかの発案であるらしい。

 三人同じクラスということもあるんだけど、三人でワンセット。もし、あの三人を一人の人格にまとめることができたら。最強の演劇部員になりそうだ。

 いや、身内に一人……浮かびかけたそいつを意識の底に沈め、わたしは、職員室の端っこで、心の耳をダンボにした。

 内心、エールを送りたい心境だったけど、立場上そういうわけにもいかず。怖い顔をしているのに苦労した。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・25『寝過ごしてしまったのだ』

2022-11-15 07:07:58 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

25『寝過ごしてしまったのだ』  

 

 


 教師になって、こんなことは初めてだった。

 寝過ごしてしまったのだ。

 子どもの頃から自立心の強かったわたしは、大学で要領をカマスことを覚えるまで、無遅刻、無欠席だった。大学もおおやけには無遅刻、無欠席なんだけど、個人的心情では、代返の常習者。文学部演劇科に籍を置き、教職課程をとりながら、キャンギャルやら、MCのバイトに精を出していた。これくらいの要領はカマシておかないとやっていけない。

 え、その歳なら忌引きの一つや二つはあったろうって?

 わたしの家系は、みんな元気というか、長生き。今年メデタク卒寿を迎えたお祖父ちゃんは、まだピンピン。

 お祖父ちゃん、過剰に孫娘に構い過ぎるのよ。

 大学のときも勝手にわたし達の口座に、学費と称して、多額のお金を振り込んでくれた。でも、わたしは、そのお金にはいっさい手を付けなかった。

 意地もあったけど、そういうバイトやら、要領カマスことまで含めて勉強だと思っていたからだ。

 お祖父ちゃんのことは、訳あって、部長の峰崎クンしか知らない。

 で、わたしは乃木坂をスカートひらり……バサバサとはためかせながら、百メートルを十一秒で走れる脚で駆け上っていた。

 緩いカーブを曲がると、正門まで三百メートル。

 あと四十秒、さすがにキツイ!

 しかし目の前を走る遅刻寸前の女生徒を見て、俄然闘志が湧いてきた。

―― ガキンチョに負けてたまるか! ――

 正門が軋みながら閉め始められたところで、その女生徒を鼻の差で抜いて一等賞!

 チラっと追い越しざまに見えた女生徒は、わが演劇部の仲まどか。

 昨日のコンクールでは大活躍のアンダースタディー(主役の代役)をやった。 疲れたんだろうなあ……そう思いながら中庭を抜けて職員室へ。

「貴崎先生、遅刻されるんじゃなかったんですか?」

 教務主任の中村先生が声をかけてきた。

「なんとか間に合いましたから……今から行きます」

「そうですか、一応、自習課題は渡しておきましたんで」

「ありがとうございます……」

 と、返事をして、自分が汗みずくであることに気がついた。

 膝丈のチュニックの下はいつもコットンパンツなんだけど。走ることが頭にあったので、家を出る寸前に薄手のスパッツに穿きかえた。

 でも、この汗……ラストの三百メートル全力疾走がきいたようだ。

 ロッカーからタオルを出し、顔と首を拭き、チュニックの胸元をくつろげて、胸から脇の下まで拭いた。

 われながらオヤジである。

 まどかも今頃は……と、粗忽ながら可愛い生徒のことを思う。

 どこかで、オヤジのようなクシャミ……が聞こえたような気がした。

 教頭と目が合った。ちょうど、オヤジよろしく脇の下を拭いていたときに。

 ただのスケベオヤジのようにも、教育者の先達として咎めるようにも見えるまなざしだ。

 目線をそらし、ツルリと顔を撫でたところを見ると前者のようだ。

 クルリと背中を向けて、思い切り「イーダ!」をしてやった。


 教室へ行くと、すでに里沙が自習課題を配り終えていた。


「説明も終わりました」

 と、口を尖らすのがおかしかった。

「武藤さんの言うとおりね」

 と、あっさり自習にしてやった。

 まどかのカバンから、オヤジくさいタオルがはみ出ているのがおかしくも、親近感が持てた。

 課題は「日本の白地図に都道府県名を入れなさい」というシンプルなもの。

 レベルとしては小学校だけど、案外これがムツカシイ。関東は分かっても、近畿以西になってくると怪しくなってくる。香川と徳島、島根と鳥取などで悩んでしまう。鳥取など字の順序でも悩ましい。九州など、鹿児島以外お手上げという子もいる。

 五分たった。

「地図見てもいいよ」

 と、言ってやる。

―― チョロいもんよ ――

 と、まどかなど何人かは出来上がったようだ。

 わたしの課題は、それからが勝負。任意に東京以外の道府県を選び、それについて八百字以内で思うところを書けというところ。

 ちなみに、わたしの教科は「現代社会」だ。

 便利な教科で、頭か尻尾に「現代」とか「社会」がつけば、なんでもアリ。

 今は、「現代青年心理学」なんか教えている。「保健」と内容的には被るところもあるんだけど、わたしのはポイント一つ。「高校時代の恋愛を絶対視するな」ということ。

「たった一度、忘れられない恋が出来たら満足さ~♪」と歌なんかにはあるけど、今の高校生は簡単に、最後の一線を越えてしまう。乃木坂のようなイイ子が多い学校もいっしょ。スレてないぶん、より危ないと言えるかも知れない。

 校長や教頭は「いい学校=いい生徒」と思っているようだが、わたしは基本的には、どこも同じと思っている。管理職のところまでいく前に、現場の教師で、どれだけ問題を解決していることか……理事長は、さすがに経営者で、どことなくお分かりのご様子。

「できました(*`ω´*)」

 まどかが、正直なドヤ顔で一番に持ってきた。

「書けたら、好きなことやっていいですか?」などと言っていた奴らは、まだシャーペン片手に唸っている。

 まどかの得意顔をオチョクッテやろうと、読み始めた……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・24『幽体離脱』

2022-11-14 06:25:08 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

24『幽体離脱』  

 

 

「なんで、ちゃんとたたまないのかなあ!」

 くしゃくしゃになった衣装を広げながら、衣装係のイト(伊藤)ちゃんがぼやいた。

「ボヤくなって、大ラスで、審査長引いて……」

 と、山埼先輩。

「結果があれだったんだからな」

 と、勝呂先輩がうけとめる。

 放課後の倉庫。夕べは、とりあえずの片づけしかできなかったので、本格的な片づけと、衣装やらの天日干し。

 衣装は一見きらびやかそうにできているけど、洗濯できないものがほとんどで、天日干しにして除菌剤をスプレーする。シワの寄ったものは平台を尺高(約三十センチ)にして、その上でアイロンをかける。

 昨日の疲れと審査結果で、一年が三人と二年が一人休んでいる。そのうちの二人は学校には来ていたのに、クラブには「休みます」と舞監の山埼先輩にメールをよこしただけ。

 思えば、これが演劇部崩壊のキザシだったのかもしれない。

 里沙は峰岸先輩とマリ先生といっしょに、道具や衣装の置き場所を相談している。

「新しい倉庫が欲しいですね」

 ポーカーフェイスの峰岸先輩がつぶやく。

 たとえポーカーフェイスでも、たとえ呟きであったとしても、峰岸先輩が口に出して言うのは、わたしたちなら「やってらんねー!」と叫んだのと同じ。

「進駐軍だって、手をつけなかったってシロモノだもんね」

 マリ先生もつぶやく。

 マリ先生がつぶやくのは命令と同じなんだけど。さすがにこれは単なるボヤキでしかない。

「進駐軍って、なんですか?」

 里沙が真面目な顔で聞く。一拍おいてポーカーフェイスと、空賊の女親分が爆笑した。

―― 明るさは滅びのシルシであろうか ――

 はるかちゃんの言葉がなんの脈絡もなく思い出された。

「ま、峰岸クンが卒業して出世したら、寄付してよ」

「先生こそ……」

「ん……!?」

「失礼しました」

「え?」

 里沙一人分かっていない。わたしも、そのときは分かっていなかった。

「まあ、やっぱり大きな変更はできませんね」

 峰岸先輩が結論づけて、三人が倉庫から出てきた。

「ち、アイロンきれちゃった」

 イトちゃんが舌打ちした。

「ボロだからな」

 と、中田先輩。

「それ、去年アンプ買ったポイントで買ったから、まだ新しいよ」

 カト(加藤)ちゃん先輩。

「電源じゃないのか……」

 山埼先輩が呟いた。

「……なんか、焦げ臭くないか?」

 ミヤ(宮里)ちゃん先輩が、コードをたどって倉庫へ……。

 ストップモーションをかけたような間があった。

「火事だよおおおお!」

 ミヤちゃん先輩が駆け出してきた。

「え!?」

 みんなが同じリアクションをした。

「ヌリカベ一号が、上の方から燃えてます!」
「あ、あそこ、天井の配線が垂れ下がっていたんだ!」

 山埼先輩が思い出した。

「だれか、火災報知器を鳴らして! あとの者は消火器集めて!」

 マリ先生が叫ぶ!

「危険です。火のまわりが早い!」

 誰かが叫んだ。もう倉庫の軒端から白い煙が吹き出しかけている。

 ヂリリリリリリリ!!

 火災報知器が鳴った!

「あ、わたしの、潤香先輩の衣装!?」

 自分が叫んでいるようには思えなかった。頭に病院で見た潤香先輩の姿が浮かび、どうしても、あの衣装だけは取りに行け! と、悪魔だか神さまだかが命じている。

「だめ、もう間に合わないよ!」「やめとけ!」「まどか!」「まどかっ!」

 そんな声々が後ろに聞こえた。大丈夫、衣装ケースは入り口の近く。すぐに戻れば……。

 うそ……定位置に衣装ケースがない!? 

 そうだ、修理に出す照明器具を前に持ってきたんで、衣装ケースは奥の方だ……今なら、まだ間に合う。火はまだ天井の方を舐めているだけだ。体の方が先に動いた。とっさの判断。いや、反射行動。

 衣装は一まとめに袋に入れておいたのですぐに分かった。すぐにとって返そうと、スカートひらり……とはいかなかった。だれか悪魔みたいなのが、わたしのスカートを掴んでいる。ク、クソ……少し冷静になって見ると、スカートの端っこがパネルの角にひっかかっているのが分かった。

 他のスタッフのようにジャージに着替えていないことが悔やまれた。わたしは衣装整理の仕事だったんで、制服のまんま。

 普段だったら、こんなものすぐに外せる。でも、今のわたしってパニクってる。いっそスカート脱いじゃえば、あっさり逃げられるんだろうけど、こんなとこで半端な乙女心が邪魔をする……ワッ、パネルがまとまってわたしの上に落ちてきた! もう火は、立っていたときの頭の高さほどのところにきている! もうスカートを脱ぐどころか身動きもとれない。

「ゲホ、ゲホ、ゲホ……」

 息が苦しい……かろうじて、首にかけたタオルで口を押さえる。朝、しこたま汗を拭いて、ヨダレや鼻水も拭った。その自分の匂いが懐かしい……遠くでみんなが呼んでいる……背中が熱くなってきた。パネルに火がまわったようだ……かすむ意識……ごめんなさい、潤香先輩。先輩の衣装……燃えちゃいます……。

 その時、急に背中の重しがとれて、体が軽くなったような気がした……これって、幽体離脱……。

 わたし死ぬんだ……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・23『地下鉄で三駅行ったY病院』

2022-11-13 06:49:44 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

23『地下鉄で三駅行ったY病院』  

 

 


「そりゃ、君たちの気持ちも分かるがね……」

 予想通り、教頭先生はバーコードの頭を叩いた。教頭先生が機嫌のいいときのクセなのよね。

「でしょでしょ、わたしたちも深夜帰宅しなくてすむし。いいえ、わたしたちはかまわないんですけど、このごろ、ここから青山にかけて変質者が出るって噂ですし……親が心配しますでしょ。それに、生徒は、まだだれもお見舞いに行ってないんです。先輩のご両親もきっと喜んでくださると思うんです。なにより、わたしたち先輩のことが心配で、いてもたってもいられないんです、先生!」

「「そうなんです!」」

 里沙と夏鈴が合いの手を入れる。

「よし、君たちの先輩を思う気持ちは、まことに麗しい。ぜひ行ってきなさい。付き添いは……」

「「「貴崎先生が空いていらっしゃいます!」」」

「ああ、それはいい。貴崎先生は芹沢さんにとっても君たちにとっても顧問の先生だ!」

 職員室の向こうで、マリ先生が怖い顔をしている。そんなことは意に介さず……。

「ちょっと、すみません貴崎先生!」

 教頭先生が、頭を叩きながらマリ先生を呼んだ。


「こんな手、二度と使うんじゃないわよ」

 校門を出ると、マリ先生は横目で睨んできた。

 ちょっと怖いかも。

「でも、教頭さんに直訴するなんて、だれが考えたの?」

 二人が、黙ってわたしの顔を見た。

「まどか~!」

「すみません。でも、スケジュールなんか考えると……あ、そもそも考え出したのは里沙」

「分かってるわよ、最初に頼み込んできたんだから。でも、こんな手を思いつくとはねぇ」

 声は怒っていたけど、踏みしめるプラタナスの枯れ葉は陽気な音をたてていた。


 潤香先輩が入院している病院は、地下鉄で三駅行ったY病院だ。


 駅を出ると、青空といわし雲のコントラストが美しく。まだ少し先の冬を予感させている。

 面会時間には間があったけど、ナースステーションで訳を言うと笑顔で通してくれた。

 マリ先生は集中治療室を覗いたが、看護師のオネエサンが、今朝から一般の個室に移ったと教えてくれた。


 ショックだった。


 あのきれいな髪を全部剃られ、包帯にネットを被せられた頭。

 点滴の他にも、体のあちこちに繋がれたチュ-ブ。かたわらでピコピコいってる機械。

 なによりも、あんなに活発にきらきら光っていた目が閉じられたまま……これは、わたしの憧れ。希望の光だった潤香先輩なんかじゃない……そう信じたかった。

「どうも、わざわざすみません。姉の紀香です」

 潤香先輩によく似たお姉さんが振り返った。少し疲れた顔ではあったけど、一瞬で元気な顔を作って挨拶された。

「ほんとうに、今回は申し訳ないことをいたして……」

「もうおっしゃらないでください。先生のお気持ちは母からもよく聞いています。潤香も子どもじゃありません。自分が承知で参加したんですから。それに、母も申し上げたと思うんですけど、原因は、まだはっきりしていないんですから」

「ありがとうございます。でも、わたしも潤香さんの熱意に甘えていたところもあると思います」

「先生、そこまでにしてください。それ以上は大人の発言ですから……先生のお気持ちとしてだけ、承っておきます」

「はい、ありがとうございます。あ、この子たち後輩の……」

「えと、まどかさんに、里沙さん。あなたはオチャメな夏鈴さんね」

「「「え……!?」」」

 同じ感嘆詞が、三人同時に出た。

「いつも潤香から聞かされてました。潤香、机の上にクラブの集合写真置いてるんですよ。ほらこれ」

 枕許の小型ロッカーの上に乗った額縁入りの写真を示してくださった。その写真はアクリルのカバーの上から、小さな字で、部員全員の名前が書かれていた。

「先輩……(;▽;)」

 夏鈴が泣き出した。

「泣かないでよ、夏鈴ちゃん。意識がもどった時に泣いていたら、潤香が驚いちゃうから」

「意識もどるんですか!」

 頭のてっぺんから声が出てしまった。

「はい、お医者さまが、そろそろだっておっしゃってました」

 ホッとした。

 みんなで顔を見かわす。

 やっぱりお見舞いに来てよかった。

 しかし窓から見えるスカイツリーが心に刺さったトゲのように感じたのは気のせいだろうか。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・22『大阪に転校したはるかちゃん』

2022-11-12 06:35:36 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

22『大阪に転校したはるかちゃん』  

 

 

 まあ、帰ってから聞いてみよう……ぐらいの気持ちで家を出た。

 で、あとは、みなさんご存じのような波瀾万丈な一日。

 帰ったら、お風呂だけ入ってバタンキュー。

 で、今日は朝からスカートひらり、ひらめかせっぱなし。

 お父さんの「も」にかすかなインスピレーション感じながら、中味はタイトルに『大阪に転校したはるかちゃん』と、あるだけで、あとははるかちゃんとの思い出ばっかし。

 提出すると、プッと吹きだして、先生はわたしの目を見た。

「あ……いけませんでした?」

「いいわよ、文章が生きてる。仲さん、あなた、はるかちゃんて子とスカートめくって遊んでたの?」

 先生は地声が大きい。クラス中に笑い声が満ちた。

「違います!」

「だって」

「次の行を読んでください!」

「アハハ……」

 声大きいって! クラスのみんなの手が止まってしまった。

「な~る……みんな、続きがあるからねぇ。そうやって、いかにスカートをカッコヨクひらめかせるか研究してたんだって。はい、名誉回復」

 ……してないって。席にもどるわたしを、みんなは珍獣を見るような目で見てるよ(^_^;)。

 

 そうやって、恥かきの一時間目が終わって、わたしはスマホのメールをチェックした。昨日からのドタバタで、丸一日スマホを見ていなっかた。

 

「あ!」

 思わず声が出て、わたしは自分の口を押さえた。運良く、教室の喧噪にかき消されて、だれも気づかなかった。

 アイツからメールがきていた。

 一年ぶりに……。

 そこには、二つのメッセージがあった。

―― ありがとう、勇気と元気。潤香さんお大事に。

 二十字きっかりの短いメッセの中に、わたしへの思いやりと潤香先輩への気遣いがあった。

 万感の思いがこみ上げてきた……そうだ、潤香先輩。

 そこに、里沙と夏鈴が割り込んできて、わたしは慌ててスマホをオフにした。

「今日、三四時間目も自習だよ!」

 夏鈴が嬉しそうに寄ってきた。

「音楽の先生、インフルエンザだって」

 里沙が続けた。

「で、わたし考えたの……!」

 夏鈴が隣の席を引き寄せて顔を寄せてくる。

「な、なによ(^_^;)?」

 思わず、のけぞった。

「音楽の自習って、ミュージカルのDVD観るだけらしいからさぁ」

 そりゃ、急場のことだからそんなとこだろう。

「で、考えたの。自習時間と昼休み利用して潤香先輩のお見舞いにいけないかって!」

「そんなことできんの?」

「生徒だけじゃ無理だけど、先生が引率ってことなら」

 里沙がスマホをいじりだした。

「そんな都合のいい先生っている?」

「……いるのよね。マリ先生空いてる」

「里沙、先生の時間割知ってんの?」

「うん、担任とマリ先生のだけだけどね。なんかあったときのために。今日は放課後部室と倉庫の整理じゃん。それからお見舞いに行ったら夜になっちゃう」

「三日続けて深夜帰宅って、親がね……」

「でも、そんなお願い通ると思う? マリ先生、そのへんのケジメきびしいよ」

「うう……問題は、そこなのよねえ(-_-;)」

 里沙が爪をかんだ。

「……さっき、マリ先生に言ったらニベもなかった」

 二人とも、アイデアとか情報管理はいいんだけどね……。

「うん……わたしに、いい考えがある!」

 三人は、エサをばらまかれて首を寄せた鳩のように首を寄せた……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・21『……と言えば大阪だ』

2022-11-11 06:42:46 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

21『……と言えば大阪だ』  

 

 

 課題は、社会科(正式には地歴公民科っていうんだけど、だれも、そんな長ったらしい名前で呼ぶ者はいないよ)共通のもので、日本の白地図に都道府県名を書きなさいという小学生レベル。ただし、貴崎先生……(わたしまで改まっちゃった)のは――好きな道府県を(東京は地元なので除く)一つ選び、思うところを八百字以内にまとめて書くこと――なのよ。

 五分ほどで道府県名を書き終えて、考えた……気になる道府県……と言えば大阪だ。正確に言えば、大阪に転校しちゃった三軒隣のはるかちゃん。

 一昨日、なぜか、お父さん朝からイソイソと出かけていった。

 わたしはコンクールの初日だったので気にもとめなかったんだけど。フェリペから帰ってみると、南千住の駅でいっしょになった。

 なぜだか、はるかちゃんのお父さんとその奥さんも一緒だ。

 奥さんてのは、はるかちゃんがお母さんにくっついて、大阪に行ったあと一緒になった新しい奥さん。つい先月入籍して、ご挨拶に来られた。

 玄関で声がするんで、ヒョイと覗いたら。奥さんてのは、おじさんと一緒に今の通販会社を立ち上げた女の人。

 あか抜けて、どこかの社長秘書って感じ。あとで柳井のオイチャンが教えてくれた……。

 あの人は、はるかちゃんのお父さんが、まだベンチャー企業の社長をやっていたころの本物の秘書さん……なんだって。

 ドラマみたいなことが、ついご近所のそれも幼なじみのお家で起こったんでビックリ(゚ロ゚)!

 でも他人様の家庭事情にあれこれ言うのは、下町のシキタリに反する。と、柳井のオイチャンは釘を刺すのは忘れなかったのよね。だから、興味津々だったけど普通にご挨拶。

 それが、夜中の十時過ぎ。お父さんといっしょに上機嫌で南千住の駅にいるんだから、あらためてビックリ( ゚д゚ )!
 そいで、お父さん。改札出るとき、切符を出そうとしてポケットから落としたレシート、なにげに拾ったら大阪のコンビニだった……。

 ピンときた! でもお父さんから見れば、まだまだガキンチョ。わたしから聞くわけにはいかない。

 三人とも上機嫌なんで、なにか言ってくれるかな……と、期待したところで、はるかちゃんのお父さんのスマホが鳴った。

 歩きながらスマホと話していたお父さんの足が止まって、うちのお父さんが寄っていった。

「え……」

 という声がしたきり三人は黙ってしまった。

 昨日の本番の朝、出かけようとしたら、お父さんの方から声をかけてきた。

「まどか……」

「なに、お父さん?」

「あ……いや、なんでもない」

「……はるかちゃんになにかあったの?」

「そんなんじゃねえよ」

「……へんなの」

「おめえも、今日は本番だろ。その他大勢だろうけど……ま、がんばれよ」

 それだけ言うと、つっかけの音をさせて工場の方へ行ってしまった。

―― も、って言ったわよね。おとうさん「おめえも」……も ――

 まあ、帰ってから聞いてみよう……ぐらいの気持ちで家を出た。で、あとは、みなさんご存じのような波瀾万丈な一日。

 帰ったら、お風呂だけ入って、バタンキュー。

 で、今日は朝からスカートひらり、ひらめかせっぱなし。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
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  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・20『武藤さんの言うとおりね』

2022-11-10 06:22:20 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

20『武藤さんの言うとおりね』  

 

 

 下足室まで走って気がついた、今朝の一時間目はマリ先生の現代社会……。

 晩秋だっていうのに、どっと汗が流れてきた。

 職員室は、教室のある新館とは中庭を隔てた反対側の本館。授業の準備なんかしていたら、わたしよりは二三分は遅くなる。

 ゼエゼエ……ゼエゼエ……えへへ

 息を整えながらも、余裕で階段を上り始めた。

 ただね、噴き出す汗がたまんなくて、三階の踊り場で立ち止まった。タオル(クラブ用なのでタオルハンカチのようなカワユゲなものじゃない)で、顔、首、そいでもって、セーラー服の脇のファスナーをくつろげ、脇の下まで拭いちゃった……われながらオッサンであります。

「ヘックショ!」

 慌てて、手をあてたけど間に合わなかった。「ン」はかろうじて手で押さえられたけど、大量の鼻水とヨダレが押さえきれない手から溢れ出た。すぐにタオルで拭いたけど。だれが聞いても、今のは立派なオッサン。

 風邪をひいたか、だれかが噂をしてくれているか……。

 教室に入ると里沙がプリントを配っていた。里沙と夏鈴は同じクラスなのよ。

「運良かったね、マリ先生遅刻で一時間目自習だわよ」

 最後の一枚をくれて里沙が言った。

「でも、わたしといっしょに学校入ったから、もう来るよ」

「ええ、もう自習課題配って説明もしちゃったわよ!」

 そこに、汗を滲ませながらマリ先生が入ってきた。みんな呆然としている。

「……どうしたの。みんな起立。授業始めるよ!」

「だって、先生。もう自習課題配ってしまいました……説明もしちゃいましたし」

「でも、わたし間に合っちゃったんだから」

「教務の黒板にも、そう書いてあったし。公には自習になると思うんですけど」

 里沙は、こういうところがある。真面目で決められたことは、きちんとこなすけれど、融通がきかない。みんなは自習課題を持てあまして、どうしていいか分からないでいる。

「……そうね、武藤さんの言うとおりね。自習って届け、出したの先生のほうだもんね。じゃ、この時間はその課題やってて」

 マリ先生は、里沙とは違う意味でけじめがある。授業では、けして「里沙」とか「まどか」とかは呼ばない。自分のことも「わたし」ではなく「先生」なんだ。

「できた人は先生のとこ持ってきて。あとは自由にしてていいから。ただし、おしゃべりや携帯はいけません。早弁もね、須藤君」

 大メシ食いの須藤クンが頭をかいた。

「あの、ラノベ読んでもかまいませんか?」

 夏鈴が聞いた。

「いいわよ、十八禁でなきゃ」

 たまには芝居の本も読めよな、四ヶ月もしたら後輩ができるんだぞ。人のこと言えないけど。自分のことを棚にあげんのは女子の特権。

 ……そのときのわたしは、この名門乃木坂学院高校演劇部が存亡の危機に立たされるなんて想像もできなかった。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・19『スカートひらり!』

2022-11-09 07:01:15 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

19『スカートひらり!』  

 

 

 スカートひらり ひるがえし……愛に向かって~~いたわけじゃない。

 なんて、お母さんオハコのAKBの古い曲がリフレインしている。

 小学校から元気だけが取り柄のわたし、ひいじいちゃんのお葬式で忌引きになった以外、無遅刻、無欠席。まあ家業が零細鉄工所、従業員もゲンちゃんとマサちゃんが辞めて、柳井のオイチャン一人になっちゃったけど。日々の生活と仕事のリズムに狂いはなく、わたしも自然と身に付いた生活習慣。

 それが今日に限って……それだけ昨日のコンクールは身に応えた……と、こぼしたら、

「てめえの甲斐性でやってる部活だろ。言い訳にすんじゃねえ!」

 と、オヤジにに叱られた。

 だから、家の玄関から地下鉄の車中を除いて、わたしのスカートはひるがえりっぱなし。

 わたし乃木坂って好きだけど、この時ばかりは恨んだわよ。乃木神社を横目に坂道を三百メートル……五十秒でいかなきゃ、無慈悲にも正門は閉められ、脇の潜り戸くぐったとこで、生活指導の先生の「待ってました」とばかりのお説教受けて、入室許可書もらって、授業中の教室にスゴスゴと入って……浴びるみんなの視線。で、一時間目の先生に出席簿に/の線をいれられて、痛ましく×(遅刻のシルシ)となる。

 だいたい乃木高って、お行儀いいから、遅刻って日に一人か二人。たまに常習の子がいて、年度末には消えていなくなる……。

 わたしも転落の第一歩……かなあ。

 明くる日からは、汗と油にまみれて、慣れない手つきで溶接なんかやらされる。そのたんびに失敗ばかりやってオヤジに叱られて、さっさと大学いって公務員の道まっしぐらの兄貴。兄貴はこまめな性格とアンニュイな表情がアンバランスなんだけど、なぜかモテんのよね。で、さっさと結婚。相手は、今の彼女の香里さんか……。

 行き着く先は行かず後家の小姑……香里さんとは相性悪そうだし。こないだもデートのダシに使われて、いっしょにホテルのケ-キバイキング。伸ばした手の先に、ナントカいうスィーツ。一瞬目が合っちゃって、わたしったらニッコリ笑って取っちゃった。恨んでんだろうなあ……こんなことなら、オクユカシく譲っておくべきだった……。

 われながら、五十秒の間に、これだけ妄想できるもんだ……門だ。今まさに正門が閉じられようときしみ軋みはじめた!

 ガチャンと音がして、わたしの後で正門が閉じられた。

 やったー、セーフ! と、その横をわたしといっしょにスカートひらりとはためかせ、正門をくぐってきた人がいる……え?

 マリ先生!?

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 里沙          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・18『ブラボー!』

2022-11-08 06:51:57 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

18『ブラボー!』  

 

 

「初日、中ホリ裏の道具置き場を見に行ったよ」

「マスター、ハイボールおかわり!……で、お化けでも居ました?」

「いたね、ヌリカベの団体さん筆頭にいろいろ」

「あれはね、フェリペが中ホリから後ろ半分使わせてくれないから……」

「逆だね。あんなに飾りこまなきゃ、道具はソデに置いて舞台全体が使えた。芝居の基本は……」

 グビグビグビ……グルン!

 お代わりのハイボールを一気飲みすると九十度旋回して先輩と正対した。

「おい、大丈夫かマリちゃん?」

「大丈夫。お説拝聴させていただきます」

「じゃあ、言わせてもらうけどね……」

 互いに芝居で鍛え上げた声、店内いっぱいに響く大激論になった。

 しかし、激論しているのがテレビでも有名な(わりに、わたしは、その日まで知らなかったけど。なんせテレビ見ないし小田先輩は様変わりしちゃってるし)高橋誠司と、この界隈じゃ、ちょっとした顔の乃木坂学院の貴崎マリというので、みんな観戦者になってしまった。

 何分だか何十分だったかして、それに気づいた。

 余裕のふりして、それぞれお勘定する。お客さんが、みな拍手で送り出してくれたのには閉口。小田先輩はカーテンコールのように慇懃なポーズでご挨拶。

「ブラボー!」

 マスターがトドメを刺した。


 夜風が心地よかった。


「あの店のマスター、昔は芝居をやっていたとにらんだね」

「あのブラボー?」

「うんにゃ、あの店の内装、客席の配置。タパスの料理の並べ方。ミザンセーヌ(舞台での役者の立ち位置と、そのバランス)が見事」

「そう……ですよね」

 と、わたしは頼りない。

「酒と料理を出すタイミングは、名脇役のそれだ!」

「先輩、酔ってます?」

「程よくね……それに、あの店の名前」

「KETAYONA?」

「わからんか。まあ、暇があったら逆立ちでもしてみるんだな!」

 先輩は立ち止まって、大きな伸びをした。わたしもつられて大アクビ。

 ふと気づいて後ろを見ると……なんと、その種のホテル!

 視線を感じると、横で先輩がニンマリ。あわてて首を横に振る。パトロ-ルのお巡りさんが、チラッと見て通り過ぎた。その後をたどるようにわたしたちは歩き出した。

「ハハ、そういうリアクションが苦手なんだよな。マリッペは、芝居作りよりレビューってのかな、そういうものとかプロデュースの方が向いてるかもな」

「わたしは、現役バリバリの教師です!」

「はいはい、貴崎マリ先生」

「あのね……」

 その時、人の気配に気づかなかったのは、やっぱり二人とも酔っていたのかもしれない。


 明くる日、わたしは珍しく遅刻してしまった。

 

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 里沙          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・17『KETAYONA』

2022-11-07 06:50:21 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

17『KETAYONA』  

 

 

 それからの片づけ作業は敗戦処理のようになってしまった。

 

 わたしも、どこか気が抜けていたのだろう。なんせ広いだけが取り柄の倉庫。進駐軍が、この学校を接収したときも、この倉庫だけは除外したというシロモノ。ちょっと気を抜くとコウモリが巣くったり、野良猫が住み着いたり。いつもなら隅々までチェックするんだけど、この時ばかりは……。

「ヤマちゃん、オーケー?」

 ヤマちゃんも……。

「里沙、オーケー?」

 と、伝言ゲーム。

 ルーキーの里沙はチェックシートを見てオーケーサイン。

 そのチェックシートは去年のコピーで、この春にみつけた欠陥は書かれていなかった……。


 生徒達を解散させたあと、北畠先生に電話した。まだ病院にいるようなら交代しなければならない。なにより潤香の様態が気がかりだった。

――大丈夫ですよ、潤香の様態は安定しています。お医者さまも「危険な状態じゃない」っておっしゃって、わたしも、もう家に帰ってきたんです……ええ、お母さんも、そうおっしゃって家に戻っていらっしゃいます、お父さんも。念のため、お姉さんが付き添っていらっしゃいます……ええ、大丈夫ですよ。

 わたしは切り替えが早い。それなら一杯ひっかけて明日に備えよう。

 柚木さんも誘おうかと一瞬思ったけど、玄関ホールのガラスに映った自分の顔を見てやめた。

 こんなくたびれ顔のオネーサン(柚木さんとは四つっきゃ変わんない。けしてオバチャンではゴザイマセン)と飲んでも気を遣うだけだろうと、あえて声をかけなかった。


 お店は六本木と乃木坂の間あたり。


 街の喧噪からは程よく離れている。いちおうイタメシ屋だけど、客のわがままなオーダーに気楽に応えているうちに国籍不明なお店になった。

 お決まりのゲソの塩焼きと、ハイボール。乙女には似つかわしくない組み合わせだけど、学生時代からの定番。これ、最初は虫除けだった。リキュールのソーダ割り(いまは、リッキーとか言う)にサラダとチーズのセットなんか乙女チックにやってると、すぐに虫が寄ってくる。で、この組み合わせ。

「ア イ カ ワ ラ ズ ダ ナ」

 二つ向こうの席で宇宙人みたいな声がした。

「ん……あ、小田先輩!」

 そう、今日の審査で乃木坂を落とした審査員の高橋誠司こと小田誠が、当たり前のような顔をして座っていた。手には、アニメの少年探偵が持っているような、蝶ネクタイ形変声機……?

「実写版やったとき小道具さんにもらったんだ。市販品のオモチャなんで、本物みたいなわけには……いかないのよネ」

 今度は女の子の声になってきた。

「ハハハ、もう、やめてくださいよ。キモチ悪い」

「でも、こうやって、女の子とは仲良くなれる」

 と、席を一つ寄せてきた。

「まだ、女の子ですか。わたし?」

「誉め言葉のつもりなんだぜ」

「わたし、もう二十七ですよ」

「まだまだ使い分けのできる歳だぜ」

「大人です。もう五年も教師やってんだから」

「ほう、そうなんだ……と、驚いたほうがいいんだろうけど、とっくに知ってた。ほら……」

 と、コンクールのパンフレットを出した。

「ああ、なーる……」

「ネットで、ときどき検索もしてたんだぜ。おれも一応高校演劇出身だからな」

「おまたせしました。『イチオウ・タパス』です」

 マスターがタパスもどき(スペインの小皿料理)をカウンターに置いた。

「おう、本物じゃないですか。マスター……ソースも本物のサルサ・ブランコだ」

「筋向かいがスパニッシュなんで、時々食材の交換なんかやってるもんで」

「サルのブランコ?」

「「ハハハ……」」

 わたしのトンチンカンに、オッサン二人が笑い出した。

「スペインのサン・セバスチャンて街の、特製ソースだよ」

 で、白ワインで乾杯することになった……ところで大疑問!?

「なんで、わたしが、ここに居ることがわかったんですか?」

「だって、アドレスの交換やったじゃないか」

「は?」

「おれのスマホは最新型でね、相手の電源が入っていればGPSで、居場所が分かるって優れもの」

「うそ!?」

「ほら、現在位置」

 差し出されたスマホには、まごうかたなきイタメシ屋「KETAYONA」のこの席あたりに緑のドットが点滅していた。

「わ、消してくださいよ。これじゃおちおちトイレにも行けないじゃないですか!」

「大丈夫だよ、通話にしてなきゃ音が聞こえるわけじゃないし」

「わたしのほうで消去しちゃうから!」

「待てよ。これはただのGPS。点滅してんのはオレのドットだよ」

「またまた……」

「ほんとだってば、ここは、学校の警備員さんに聞いたんだよ」

「なんで警備員さんが?」

「キミがそれだけ注目されてるってことだよ……良く言えばね」

「普通にいえば?」

「自信が強すぎて、周りが見えない……ほらほら、そうやって、すぐにとんがる」

 先輩の手が伸びてきて、わたしの頬を指で挟んだ。「プ」と音がして自分でも笑ってしまった。

「乃木坂を落としたのは、オレなんだよ」

「先輩に気づいたとき、ヤバイなあとは思いましたけど。まあ、わたし本番観てませんし」

「乃木坂は、貴崎マリそのものだったよ」

「やっぱし」

「パワフルで、展開が速くて、役者も高校生ながら華があった。とくにアンダースタディーやった、まどかって子は可能性に満ちた子だ。学生時代のキミに似ている……いや、キミが似せさせたんだ」

 わたしは、ワインに伸ばしかけた手をハイボールに持ち替え、オッサンのように飲み干し、氷を口に含んで、ガリっとかみ砕いた。

「キミの芝居は、一見華やかでパワフルだけどドラマがない。役者が一人称で、台詞を歌い上げてしまっている。パフォーマンスとしては評価できるけど、芝居としては評価できない」

「それだけですか……」

「登場人物が類型的だ。他の審査員なら等身大の高校生とか言って誉めるんだろうけど。オレには、そう見えなかった。主人公の自衛隊への使命感みたいな入隊希望。彼女の彼への気持ちの変化。彼女の不治の病。みんな最後のカタルシスのための作り物だ。あの芝居、最初にラストシーン思いついたんだろ。マリッペのことだからバイクかっ飛ばしてるときか、なんか食ってる時にひらめいたんだろ?」

 ゴリッ!

 わたしは、もう一個、氷をかみ砕いた……ちょっと歯が痛かった。でもポーカーフェイス。

「そのカタルシスもなあ……」

「なんですかぁ!?」

 思わず声が尖った。

「彼女の最後『あとは……あとは、最後は自分で決るんだよ……研一君』で、彼氏が彼女を抱きしめて『真由……!!』と、慟哭。もったいぶった台詞の羅列。劇的だけどもドラマが無い。人間が関係しあってないんだよなあ……コロスたちの『イカス』の繰り返しのシャウト……コロスにイカスなんて笑えるけどね。そいで大河ドラマの最終回のラストみたいな曲とコーラス。ステレオタイプの典型」

「わたし、大学で習った『共振する演劇』を実践したつもりなんですけど!」

「あれは平田先生だからできた荒技さ。オレが反発してたの知ってるだろ」

「天才は量産できるもんじゃない……でしょ。あのタンカしばらく学部で流行りましたよ。主に単位落とした学生の間にですけど」

「それと、自衛隊への目線に偏りがある。『暴力装置』って言葉は思想的すぎるよ。ま、反体制的ってのは拍手しやすいけどな。ちょっと前世紀の遺物だな」

 コトリ

 半ば溶けた氷が音を立て、グラスの中ででんぐりかえった。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 里沙          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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