大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

くノ一その一今のうち・66『天守から四方を探る』

2023-07-24 11:15:07 | 小説3

くノ一その一今のうち

66『天守から四方を探る』そのいち 

 

 

 怪しいと言えば何もかもが怪しい。

 

 甲府城とちがって、大阪城は何度も戦火に遭っている。

 単に破壊と再建が繰り返されたというだけではなくて、戦いの度に堀も石垣も姿を変え、その上に載っている建物も建て替わっている。当然、そのたびに大勢の人たちが傷つき無念の最後を遂げている。

 いまの天守閣は昭和になって再建された鉄筋コンクリートだし、そもそもは徳川の天守。秀吉の天守は、すぐ東隣の貯水施設の位置にあった。西の丸には、秀吉の死後、主のように居ついた家康が作った天守もあった。

 天守の直ぐ南には商業施設ミライザ大阪城。クラシックな中世のお城の形をしているけど、元々は旧陸軍の師団本部。

 ミライザの前は本丸広場だけれど、かつては紀州御殿があった。名前の通り紀州の和歌山城から移築された本格的な御殿だったけど、戦後大阪城を接収した米軍がタバコの火の不始末で全焼させてしまった。発火直後、大阪中の消防車が大手門の前に駆けつけたけど、米軍が入城を拒み、消防士たちも市民も唇を噛んだ。御殿の焼ける炎と煙は市内のどこからでも見えたという。

 東には市民の森、記念樹の森、市民球場、大阪城ホールが穏やかに並んでいる。だけど、元は大阪砲兵工廠の巨大な工場が並んでいた。むろん米軍の戦略爆撃で完膚なきまでに破壊しつくされ、戦後は、赤茶けた鉄骨の廃墟のまま長く放置されていたという。

 他には、これだけ広大な城址公園なので、数カ所で工事や手入れが行われている。

 現存する櫓や建造物はいずれも重要文化財なので不思議はない。大きな工事は大手門の多門櫓のようで、天守閣からでも遠望できるけど、工事は白壁の塗り直しが主で、それに合わせて内部の公開をやっている。怪しいところはない。

 

『ちょっと、やっかいですねぇ……』

 

 大阪城のあれこれを調べてくれていたえいちゃんが、通学カバンの中でため息をついた。えいちゃんは、カバンの中の手鏡みたいなのがスマホだと知ると、直ぐに操作方法を憶えて調べてくれる。

「あのレンガ造りの校舎みたいなのは?」

 大阪城ホールから西の方角に、ひっそりうらぶれたレンガ造りが気になった。

『あれは……旧砲兵工廠の化学分析場ですね。行ってみます?』

「うん、ちょっと気になる!」

 セイ!

『あ、ちょっと……キャー!』

 気にかかると後先の無い性格なので、天守閣の展望からそのまま飛び出す。

 三層目と一層目の屋根に足をついただけで、地上に降り、そのまま石垣をジャンプして山里丸。

 本丸の堀にかかる極楽橋を二秒で駆け、左に折れ、10秒後にはレンガ造りの前に立った。

『すごいです! 普通に行ったら20分かかりますよ!』

「きっと、なにかあるわね」

 まずは全景を見る。

 敷地全体が工事用のフェンスで囲まれ、フェンスと建物の間は、ひび割れた舗装部分を除いては草ぼうぼう。

 建物の窓は、全てコンパネや鉄板で塞がれ、その上を封印するように蔦が絡みついている。

『入りますか?』

「もちろん」

 フェンスを飛び越え、建物に沿って一周。

 焦って飛び込むのは下策。まずは外観と、そこから発せられる気を窺う。

『厳重ですね、センサーや監視カメラもありますし』

「よし、屋上だ」

 二回ジャンプで屋上に。

 換気塔と階段室がある。

『屋上からの侵入は想定していないようですね』

「うん、階段室は……中からの施錠だけのようだ」

『調べてきます』

「ああ、頼む」

 えいちゃんは元々はポスターのイラスト。厚みが無いから、ドアの隙間から簡単に入ってしまう。

 カチャリ

――開きました――

「ありがとう」

 えいちゃんのくぐもった声にお礼を言って中に入る。

『最後は自衛隊の地方連絡部が入っていたようで、比較的きれいな状態です』

「なるほどね……」

 

 ここからは忍者の領分。

 

 神経を研ぎ澄まして――比較的きれい――を精査する。

 どの廊下、どの部屋も埃が積もり、ペンキが剥げ、一部の天井にはシミが浮き出している。

 ガラスも所どころ割れたり抜けたりしているけど、保全の為に板でていねいに塞がれて、雨漏りや雨の吹きこみはほとんど伺えない。

『ミライザみたいに再利用を考えて保全されているんですね』

「さて、どうだろうねえ……」

『わ、暗いですね』

 階段を降りると、一階は二階よりも戸締りが厳重で、ほとんど日が差し込まない。

 でも、かまわずに進んで行く。

『え、見えてるんですか?』

「片目つぶって闇に慣れさせてあるの、忍者のイロハ」

『なるほど』

 埃の積もり具合、風化の具合に微妙な違和感がある。

「ごく最近まで人が使っていたようね……」

『そうなんですか?』

「微妙な不自然さがある……撮影所のセットにウェザリングをかけたような……」

 少しは分かる。

 百地芸能事務所の仕事の半分は道具制作の下請けだったしね。

『でも、ふつうにかび臭いですよ。セットのウェザリングって、ペンキや接着剤の臭いがしますからね』

「忍びの擬装は、本物のカビや埃を使うからね……ほら、埃の粒子にムラがある」

『え……あ、ほんと』

「それに、ここには地下がある。微妙に空気が流れている……」

 甲斐善光寺の戒壇巡りを思い出す。

 あの真っ暗な中、三村紘一こと課長代理は僅かな空気の流れから秘密の出入り口を発見した。

 それに比べれば、ここの擬装などは初歩的と言える。

 空気の流れに沿って廊下を曲がる。

『行き止まりですよ』

 確かに廊下は行き止まりになって、廊下の突き当りには自然な埃が積もっていて出入りの形跡がない。

 空気の流れもほとんど淀んでいて、他の隙間から出入りしている流れの方を強く感じる。

 しかし、なにかある。

 空気は流れずとも、気が流れた気配がする。

 曰く言い難しだけれど、数日前、ひょっとしたら昨日あたりまで出入りがあったような。

『昨日のように邪魔も入りませんねぇ』

「そうね……」

 空堀の地下道では、多田さんたちの手の込んだ妨害に遭った。

 今日、大阪城に来てからは、まったく妨害にあっていない。

 当たり前なら、見込み違いと諦めても不思議の無い状況。

 しかし、なにも無さ過ぎる。

 

 それが神経を集中させた。

 

 壁の下の巾木。巾木と床板の間には違和感のない汚れと埃が積もっている……指で擦ってみると、あっさり取れた。

 ただのウェザリングだ!

 巾木の下に爪を引っかけて手前に引くと、あっさり持ち上がった。

 そうか、巾木の裏に埃を仕込んでおいて、持ち上げて散布した後に戻したんだ。

 埃を拭いきると、とたんに空気が流れ始めた!

『わたしが見に行きます!』

 言うが早いか、えいちゃんは壁と床板の隙間に潜り込んだ……。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
  • 豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟

 

 

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くノ一その一今のうち・65『再びの秀長さん』

2023-07-19 10:54:56 | 小説3

くノ一その一今のうち

65『再びの秀長さん』そのいち 

 

 

 豊国神社の秀長さんに挨拶してから本丸に向かった。

 

 秀長さんは詫びてばかりだった。

『そうか、空堀はフェイクでしたか……いやはや、はんぱなことを教えてしまって、かえって木下に利用されてしまいましたね、申しわけない』

「いえ、お守りのお蔭で助かりました」

『少しでも役に立ったのなら嬉しいです……確かに天守の北側に抜け穴を作るという話はありました』

「あったんですね?」

『北側には、元々、大川の水を引き込んで舟入にしたところがあったんです。建築資材やら城内で入用なものを運ぶには便利です。大阪湾から直接船で運べますからね。でも、それは城の内側に作られていて、外側への連絡はありません』

「船で侵入されることは想定していなかったんですか?」

『同様な舟入は石山本願寺のころからあります。総見院様も、ここを何度かお攻めになりましたが、大手口の千貫櫓同様、最後まで陥せませんでした』

「千貫櫓?」

『はい、石山合戦で攻めあぐんだ総見院様が「あの櫓を陥した者には千貫文の褒美をやるぞ」とおっしゃって付いた名前です。今の貨幣価値で一億円以上でしょうか。櫓の名前は兄が引き継ぎ、徳川も使って今日に至っています。あ、そうそう、舟入ですね。その舟入まで、兄は秘密の通路を作っていて、一部は穴になっています』

「それが抜け穴なんですね!?」

『寧々さんは「禿鼠のヌケヌケ穴」と呼んでましたがね』

「ヌケヌケ穴?」

『アハハ、兄は通路を通ってヌケヌケと女の元に通っていたんです。抜け穴を使うことで寧々さんには内緒というサインにしたんですねえ』

「え、あ、どういうことでしょ? 関白太政大臣なんだから、なんでもできたでしょうに?」

『ポーズですよ。天下の秀吉でも女房の寧々さんには頭が上がらず、抜け道を使って女通いをしているという。ある時などは、わざと情報を漏らしましてね、会議の後、家康殿がここを通るように仕向けておいて、わざと見つけさせたんです』

「え、なぜなんですか?」

『狼狽えてみせるんですよ。わたしも前田殿もいっしょだったんですが、小袖を尻っぱしょりにして頬かむりの兄は傑作でした。「い、いや、これは違うんじゃ、大川でウナギが取れるというんでな、夜に取れるんじゃ。のう小一郎、尾張のの中村でも、よう尻っぱしょりで取ったろうがあ(^_^;)」って、顔を赤くして。「兄者、ウナギなら、そのユルフンの隙間から顔を覗かせておるぞ」と指さしてやると、みんなで大爆笑になりました』

「プ( ´艸`)」

『いちおう「寧々にはナイショ(≧〇≦)!」と言うんですが、噂は、あっという間に広まります。これで、寧々さんも兄者を責めにくくなりますし、兄の人気も上がります。それに、舟入の守りは盤石だという噂にもなります。千貫櫓と同じです。名前や噂で「あそこは責めにくい」と評判が広まります』

「え、かえって抜け道を教えることにならないですか?」

『後日、ほんとうに家康殿を誘って遊女屋に行っています。家康殿自身、舟入の守りを見て、攻略の難しさを自覚するという寸法です。そして、密かに南への抜け穴も指示し、これは秘密にします。天下は南の方こそ本物だと思います。まあ、そういう虚々実々の話でみんなを煙に巻いて楽しんでいたんです。あ、そうそう、抜け穴……いや、埋蔵金の隠し場所ですね……』

 

 気が付いたら日が傾いている。

 

 秀長さんは、昨日の失敗で、少しナーバスになりかけていたのを解してくれた。昨日のしくじりを引きずっていたら、きっとうまくいかなかっただろう。

 わたしは閉館間近の天守閣に上ってあたりを付けた。

 最後に秀長さんは、スマホのマップを見ながら、いくつかのポイントを示してくれていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
  • 豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟
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くノ一その一今のうち・64『木村重成』

2023-07-14 10:44:30 | 小説3

くノ一その一今のうち

64『木村重成』そのいち 

 

 

 朝ごはんもそこそこにスタジオに行く。

 

 相変わらず、セットはてんでバラバラの方向を向いているけど、ケーブルや道具の置き方にはルールや法則があって、憶えてしまうと気にならなくなっていた。

 真っ先に机の上に目をやるけど、今回は小道具として置かれてる古いのばかり。

『あ、あそこです』

 えいちゃんがメモのありかを教えてくれる。

 こないだは机の上に置いてあったけど、今日は天井に貼り付けてある。

 ホームズの事務所らしく、その都度メモの場所が変わるみたい。

「よく見つけたわね」

『はい、付き人ですから』

「ありがとう」

 たぶん事前にチェックしていたんだ、よくできた付き人だ。

 

――五番のセットに行きたまえ――

 

 前回とは違って、スタジオ内のセットを指定してきた。

 

『五番のセット……』

 

 これは事前には分からなかったんだろう、えいちゃんもキョロキョロする。

 真剣に探してくれているので、お風呂の時のように補正ができなくて、時どきペラペラのまま横向きになって可笑しい。

『あっちです!』

 ペラペラのまま指さすと、二つ向こうのセットに照明が入る。

 

 ザワザワザワ……

 

 林を吹き渡る風の音がして竹林の小道が浮かび上がる。

 小道は少しうねって小高くなった空き地に出る。

 空き地には、鞍の上に立った若武者が小手をかざして北の空を窺っている。

 木村重成だ。

 二十歳そこそこ……なんだけど、すごく落ち着いた感じ。

 予想通りに悪い結果が出たけど、これから先のことを考えるとこれでいい的な。

 たとえば。

 廃校が決定した野球部が最後の試合でコールド負け寸前。でも、この先転校した学校や進学した大学で、これを糧にみんな頑張ってくれと願っている部長。野球って甘いもんじゃない。でも、青春を賭けるだけの価値はある。この敗北で、みんな分かっただろ、本当に大事なものは失ってから分かるものなんだ。それが分かっただけでも、この最終試合には価値があった……有力な野球部から誘いも来ていたけど、僕は部員と共に滅びの道を選んだ。最後まで寄り添って滅びの瞬間を見届けることが、真の野球への道を指し示すことになるんだ……そんな感じ。

 

「風魔か……」

 

 後姿のまま素性を当てられてギクリとする。

「大坂城にはいろんな人たちが入っているからね。忍びの者も結構いたよ。伊賀、甲賀、百地、そして風魔。徳川や諸大名の間者もいたし、豊臣に味方して、最後まで付き合おうとする者もいた。いろいろだけど、忍者には、それぞれの匂いがあってね、それで分かるんだ」

 ウ、夕べはちゃんとお風呂入ったのに。あ、そうか、木村重成って言えば兜に香を焚き締めていたっていうくらいの匂いフェチだった。

「太閤殿下がお亡くなりになってからこっち、豊臣の家臣は天下の匂いには敏感だからね、自然と鼻が利くようになったのさ」

「…………」

「君は風魔に違いないんだけど、害意は感じない。風魔と言えば北条の忍び。忍びは主家に忠誠など誓わなくてもいいんだろうけど、豊臣は北条を滅ぼして風魔の仕事を奪ったからね……ん……君には大和大納言様の匂いも?」

「昨日、秀長さんからお守りを……」

「そうか。君は、僕の時代の忍びではないね」

 どうしよう、ここまで見抜かれているなら……。

「今の豊臣は……」

 豊臣が木下・鈴木の二つに分かれていること、木下が信玄の埋蔵金を手に入れ、それを基に海外に手を伸ばしていて、埋蔵金のかなりの部分が大阪城に持ち込まれていることを話した。

「そうか……それなら、空堀の方はフェイクだろうね」

「そうなんですか?」

「お城の南側は、真田丸を始め、いろいろ防御を固め、徳川も手は焼いたけど対策は十分整えている。去年の冬の陣の後で、南の備えは全部壊されたからね」

「そうなんだ……」

「それに、敵が殺到する南側に抜け穴なんか作るわけないじゃないか」

「え、そうなんですか!?」

「ほんとうの抜け穴は、天守北側の山里曲輪から大川の方に向けて掘ってある……おお……」

「あ、天守閣が!?」

「心配することはない、あれはね、国松さまが無事に落ちのびられたという印しの大松明なんだ」

「そうなんですか!」

「ああ、僕は、あれを待っていたんだ」

 壮大な大坂城の天守閣が燃えれば、だれでも豊臣家の滅亡を思う。

 そうか、その隙に秀頼さんの息子を落ちのびさせる。

 そして、ここから、木下、鈴木の豊臣家が始まったんだ。その幕開きを示すのがあの天守閣を燃やした大松明なんだ!

「木下が埋蔵金を出し入れするとしたら、あの北側しかないよ」

「そうだ! そうですね!」

「あ、どこへ行くんだい!?」

「お城の北側」

「慶長二十年の大坂城だよ、そっちは。君が行くべきは令和の大阪城だろ」

「あ、そうでした(;゚Д゚)!」

「ハハハ、あわてんぼうだな令和の忍びは」

「失礼しました! では、これにて!」

「うん、元気でね!」

「はい! 木村さんも!」

 セットを出て、その足で撮影所を出て、思った。

 あのあと、木村さんは、木村重成は派手に戦って討ち死にするんだ。

 少しでも、敵の目を引き付けておくために。

 それに、木村さんは、あっさりと抜け道のことも教えてくれた。

 口に出してこそ言わなかったけど、木下がやっているような海外に手を出すようなことは反対なんだ。

 うん、これでいいんだ。

  

 勇気をもらったような気がして、再び大阪城を目指した。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
  • 豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟

 

 

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くノ一その一今のうち・63『撮影所の大浴場』

2023-07-09 10:30:48 | 小説3

くノ一その一今のうち

63『撮影所の大浴場』そのいち 

 

 

 グヌヌ……

 

 思わず唸ってしまった。

 撮影所の自室に戻って、もらったマップを開いてみると、そこに地下通路の出入り口がいっぱい書かれていた。

 つまり、どこから侵入しようとお見通しということだ。

『今日は、もうお風呂に入ってお休みください。晩ご飯はお部屋の方にお持ちします』

 えいちゃんの言葉に甘えてお風呂をいただく。

 部屋にもお風呂はあるんだけど、あえて、大浴場にいく。

 大部屋俳優用の大浴場は、けして豪華ではなく、昔のお風呂屋さんという感じ。

 大浴槽にはジャグジーも付いていて、凝った背中を当てるとめちゃくちゃ気持ちがいい。

『ジャグジーなら、お部屋のお風呂にも付いてるんですよ』

 最初は『いっしょに入るなんてとんでもないです(;'∀')!』と言っていたのを説得して、わたしの横に浸かってもらっている。えいちゃんは、付き人というよりは、もう同志だ。

 二次元のペラペラなので、そのままわたしの横に浸かると紙のポスターを横から見たようなので、ちゃんと横向きの二次元になってくれる。

「でも、正面の鏡には、ちゃんと前向きに映ってるね」

『切り替えてるんです』

「わたしの視線に合わせて?」

『はい、カメラに合わせるのは役者の基本です』

「すごい!」

 ブンブンブン

『あ、ブンブン首振るの止めてもらっていいですか、ちょっと追随するの大変なんで(^_^;)』

「あ、ごめん。忍者なんで、つい試したくなって(^_^;)」

『お風呂の水は表の長瀬川から引いてるんですよ』

「そうなんだ」

『長瀬川は昔々は大和川だったんです。江戸時代に今の大和川に付け替えられて、その名残が長瀬川なんです。だから、源流は大和の奥の方で、とってもゆかしい水なんですよ』

「じゃあ、このペンキ絵?」

『はい、そのころの江戸時代の景色を描いてあります』

「きれいに描けてるわねえ……」

『美術さんが描いたんです。反対側は西の景色で、古き良き大阪が偲ばれるんですよ』

 なるほど、単に東洋一の撮影所であるだけでは無くて、大阪の地理や文化を偲ばれるように出来ているんだ。

『大部屋の役者さんは日本各地や外国から来てる人も居ますからね、お風呂に浸かりながら大阪のあれこれを勉強できるようになってます』

「あ、なんか光ってるところがある」

『大阪城と空堀商店街ですね。見ている人の興味でクローズアップされる仕掛けになってます』

「どれどれ……」

 ちょっと目を凝らすと、今日、半日かけて走り回ったところの映像や資料が浮かび上がってくる。

 でも、まあ観光案内程度のことで、むろん地下通路のことなどは出てこない。

 

 おや、あれは……?

 

 長瀬川沿いを北に行ったところが仄かに光っている。

『関心のある場所に関連したところが光る仕掛けなんです……たぶん、小阪のあたりですね。長瀬の前は小阪に撮影所があったんですよ』

「そうなの?」

『はい、でも微妙にズレてるかなあ……』

 

 と言うので、お風呂を上がってから所長の杵間さんに聞いてみた。

 

「ああ、あれは、撮影所の資料に直結してるからねえ、きっとロケハンしたときの……ああ、ここは『木村長門守』ってのを撮った時の資料だ。木村重成って豊臣方の若い大将なんだけどね、討ち取られて首実検したら、兜に香が焚き染めてあったんだ。討ち死にを覚悟して、臭い消しにしたんだね。なんせ夏の陣は暑い盛りだったからねえ」

「討ち死にした場所ですか?」

「いいや、討ち死にしたのは若江っていって、もうちょっと東。ここは、大坂城から煙が上がるのを見た重成が、馬の背中に立って秀頼に別れを告げた場所だよ『馬立』って言ったと思う」

「そうですか……」

「お、なにか閃いたって顔だね」

「ちょっとだけですけど」

「うん、明日の朝、またホームズの事務所を覗いて見るといいよ。なにかヒントがあるだろ」

 

 よし、果報は寝て待て!

 

 ベッドに入ったら五秒で寝てしまった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
  • 豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟

 

 

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くノ一その一今のうち・62『地下通路に映る影』

2023-07-03 14:46:35 | 小説3

くノ一その一今のうち

62『地下通路に映る影』そのいち 

 

 

『左に抜ける通路は無視していいと思います』

 

 えいちゃんがはっきりと言う。

 

「そうなの?」

『はい、空堀は大阪城の南西の位置にあります。だからお城は北東の方角、いま、わたしたちは北に向かっていますから』

「なるほど、右側になるんだね」

『お守りに紐を付けておきました、腕に通して握っていてください』

「いつの間に?」

『ノッチさんの付き人なんです、これくらいのことは当たり前です』

「そ、そうか……変わったストラップね?」

『真田紐です』

「な、なるほど(^_^;)」

『真ん中を歩くと目立ちます』

「よし、左端」

『正解です。右側の枝道がよく見えますからね』

 

 ヤモリが壁に張り付く感覚で前に進む。これなら、普通に歩いてくる者には気取られない。

 ここを通る者が普通だったらね。

 

『影が映りますねえ、ボンヤリとだけど』

「ム……?」

 照明は天井だけではなく、壁にも等間隔に付けられていて、反対側の壁に影を映している。

「気を付けて行こう……」

 気息を半分にする。走ることはできなくなるけど、これなら駆け出しの忍者には感じさせないほどに気配を消せる。

『さすがです、影の気配も半分になりました!』

「えいちゃんも、息を潜めて」

『あ、失礼しました……』

 映画人を目指すだけあって、えいちゃんはベテランの脇役が出番を待つように気配を消した。

 

 ?

 

 300メートルも進んだろうか、壁に映る影が不自然にクッキリしてきた。

 

『おやおや、大和大納言様のご加護を被っているんだね……これでは無下に扱うこともできないか……』

 

 影が喋った!

 

 影は壁を抜け出すと、わたしの5メートほど手前で多田さん(照明技師で佐助の手下)の姿を為した。

「甲府以来だね……」

 多田さんが口を開くと、背後と横の枝道からも忍びの気配。

「さすがですね、多田さんに気を取られ、囲まれていることに気が付かなかった」

「ここでは話もできない、付いて来て下さい」

 この状況では、わたしに選択権はない、大人しく右側の枝道に入って行く。

 

 え、学校?

 

 出てきたところは、学校の、たぶん昇降口。

 下足ロッカーが並んで、振り返ると掃除道具のロッカーの戸が開いていて、そこから出てきたことが分かる。

 でも、変だ。

 平日の放課後だと言うのに人の気配が無い。

 それどころか、空気が淀んで、微妙にかび臭い。

 ロッカーの戸は閉まっているんだけど、中に物が入っている様子が無い。

「府立空堀高校、この三月に閉校したんだよ」

「ああ…………え?」

 おかしい、商店街では下校途中の高校生をたくさん見かけた。

「あれは、みんなうちの手の者たちだ。ここらあたりは、木下家にゆかりのある者たちが大勢住んでいる」

 ぬかった(-_-;)。

「きみの上司、百地党も神田に似たようなものを持っているじゃないか」

「あ……」

 神田の古本屋街で採用テストを受けたことをことを思い出す。

「忍冬堂のオヤジ、あれは百地三人衆と言われた忍冬伝衛門の十八代目。まあ、その百地も徳川の配下に入ったんだねえ……ここだよ」

「え……」

 いつの間にか多田さんの後について視聴覚室の前に来ていた。

 パチン

 多田さんが指を鳴らすと暗幕が閉められ、照明がフェードアウトして、正面のスクリーンに映像が映った。

 5……4……3……2……1……

 カウントの数字が切り替わって、大柄な白人の爺さんと小柄な眼鏡のアジア人が立っているのが映った。

 二人とも見たことがある。

「当時は外務大臣だったよ、大柄な方は今でもそうだけど」

 言われてハッとした。

 眼鏡のアジア人は、今の総理大臣だ!

 なにかの会見なんだろうか、双方の通訳が両端に見える。記者会見だろう。

 

『本日は有益な会談が持てたことを感謝いたします』

『閣下も、わざわざ日本からお越しいただいて、感謝いたします』

――さっそくですが、会談の中身についてお聞きします。どのようなことをお話になって、なにか合意に至ったことはあるんでしょうか――

 どちらが喋るかで紳士的な目配せがあって、大柄の――どうぞ――というジェスチャーで日本の外務大臣が切り出す。

『本日は、両国にとって重要かつ有益な話ができました。いくつかのポイントがありますが、重要なことは、両国にとって、まだ領土問題が存在していることを確認し合えたことであります』

 日本の外務大臣が喋り終えると、通訳が訳すのを待って、にこやかに話しだした。

『おっしゃる通り、両国にとって重要かつ有益な話ができました。日本政府並びに外務大臣閣下に感謝いたします』

 うんうんと、日本の外務大臣が頷く。

『しかし、領土問題については話し合われなかった。領土問題の存在について合意したことはありません』

 ある程度、相手の言語の分かる外務大臣なんだろう『え?』と顔色を変えるが、大人しく通訳が訳すのを待って、こう言った。

『いや、両国の間には領土問題が存在し、これからも、継続して協議することで合意した……』

『そんな事実はない』

 通訳も待たずに否定すると、大柄はにこやかにグローブのような手を差し出して握手を求めた。

 小柄な方は、ムッとして、差し出された手と大柄の顔を交互に見る。

 十秒ちょっとして、大柄は催促するようにさらに手を突き出す。

 さらに数秒、小柄は手を伸ばして、大柄に振り回されるようにして握手を交わした。

 

 映像は、そこで終わって、画面は白くなったが灯りは点かない。

 

「小柄な方は、知っているよね」

「いまの総理大臣……ですね」

「頭領に言わせると『逮捕権も拳銃も取り上げて、警察にがんばれというようなもんだ』だそうだよ」

「ぐぐ……」

 

 その後、屋上に上った。

 

「あっちが空堀商店街、向こうが大阪城。こうやって見ると、本来の大坂城の大きさ凄さがよく分かる。日本にやってきた宣教師たちは、この大きさ凄さに腰を抜かしたそうだ。信長の安土城にも目を剥いた宣教師たちだけど、大坂城は規模的にも防御の堅牢さにおいても桁違い。それに、周囲を見晴るかせばヴェニスの十倍ほどに広がる商業都市。敵わないと思っただろうね」

「なにが言いたいんですか」

「太閤殿下は、この大坂を見せつけるだけでなく、それを背景にして世界に打って出られた。世界が理不尽なのは、さっきの外務大臣の百倍もご存知であった。力を持って外交に務め、世界を導いてこそ、理非明確、公明正大で豊かな日本が作れると考えられた」

「…………」

「それを受け継ぎ発展させていくのが、木下豊臣家の道なんだ」

「…………今すぐにとは、御当主も頭領も思ってはおられない。が、いつかは鈴木豊臣家とも手を取り合って前に進みたいと考えておられる。それが実現するまで、よろしくまあや様をお守りしてあげてください……せっかくだ、晩御飯食べて行きますか、空堀商店街には美味いお店がいっぱいあるよ」

「今日は帰ります」

「そうですか…………うまいお店も面白い店も新旧取り混ぜていろいろあるから、また来るといい。商店街のマップをあげよう」

 

 その後、昇降口のロッカーから地下通路に戻り、もとの郵便ポストから出た……かと思ったら、地下鉄谷六駅の用具ロッカーの扉から出ていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
  • 豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟

 

 

 

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くノ一その一今のうち・61『商店街の秘密』

2023-06-28 14:59:38 | 小説3

くノ一その一今のうち

61『商店街の秘密』そのいち 

 

 

 商店街に出て、西に下った四辻、昆布屋の角にポストと並んで纏(まとい)が立っている。

 神田祭で神輿が担げない子どもたちが持つような小さな纏で、見通すと、商店街の辻々に立っているようで、おそらくは商店街振興のマスコットのようだ。

「うわあ、かわいい(^▽^)!」

 今や顔文字と並んで世界共通言語であるJK語で賛美の声を上げる。これさえ言っておけば、シゲシゲ見ようが写真に撮ろうが怪しまれることはない。

『先っぽに付いているのは千成瓢箪です』

 えいちゃんがチェックしてくれる。

 パッと見には鈴なりのジャガイモだが、ちょっと身を引いてみて見るとたしかに千成瓢箪。

『やっぱり太閤秀吉との関りを大事にしてるんですねえ』

 それだけではない、ポストと纏の後ろに石碑がある。

――旧町名継承碑――

 碑にはめ込まれた石板には、このあたり現在は谷町7丁目だけれど、昔は南空堀町と表記されていたとある。

 これがもう一つの鍵かもしれない!

 動画を撮るふりをしながら、もう一度観察。

 あ……( ゚Д゚)!

 千成瓢箪は真ん中に大きな瓢箪が逆立ちしていて、その周りを小さな瓢箪が取り巻いているんだけど、後ろの方、取り巻き瓢箪の一つが欠落している。

 これには意味があるはず。

 困った時の風魔の魔石。

 これまでも、草原の国やら甲府城の地下やらで、わたしを救ってくれた。

――南無八幡魔石大明神、我に、このからくりの秘密を解かせたまえ――

 密やかに念じる……んだけど、魔石は沈黙したまま。

 むむむ……魔石は謎解きとかの頭脳戦には向いていないのかもしれない。

『あ、お札の方が!』

 えいちゃんに促されてポケットのお札に触れると、ほんのりと暖かい。

――お願い、大和大納言さま、教えてください――

 念ずると、住居表示の『谷町七丁目』の七が微妙に浮かび上がって来る。

『あれですかね!』

 えいちゃんに促されて、七に触れてみるが何事も起こらない。

 あ、そうか、七はヒントだ……今度は瓢箪が欠落したところが薄く光る。

 ゲームだったら、ここに来るまでにキーアイテムの瓢箪を手に入れていて、ここではめ込む的なフラグが立つんだけど、持ってないから……そうだ!

 瓢箪列の欠けたところから七つ目の瓢箪をグリっと回してみる。

 カク

 ポンプの時と同じ手応え。

 一歩引いて見ると、横のポストの集配扉がわずかに開いている。

 ここだ!

 一瞬、周囲に気を飛ばし、人が見ていないことを確認、同時にポストの扉を全開にする。

 ポストの中は、薄暗く、地下に向かって消防士が出動で使うようなステンレスのバーが降りている。

 セイ!

 飛び込むと同時にバーを掴んで滑り降りる。

 カチャ

 同時に頭上の扉が閉まる音がする。

『キャ』

「大丈夫、人には見られていない」

 感覚的には三階分ほど下って、足が石畳を認識する。

 目を凝らすと、商店街の真下を通っている地下道のようで、横方向にいくつかの枝道が伸びて、立派な地下通路になっていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
  • 豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟

 

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くノ一その一今のうち・60『空堀商店街』

2023-06-22 13:40:50 | 小説3

くノ一その一今のうち

60『空堀商店街』そのいち 

 

 

 大手門を出て南に走る。

 少し走ると地下鉄の駅が見える……谷町……四丁目?

 

『空堀商店街はもう一つ南です、谷町六丁目!』

 えいちゃんが注意してくれる。

「阿吽の呼吸だね」

『カバンの中にスマホがありましたから』

「しかし、外堀と惣掘の間が駅一つ分、巨大な城だったんだな」

 先日の甲府城も小さくはなかったが、目算でも甲府城が四つぐらいは入りそうな広さだ。

『北の端は天満橋ですから、南北で二キロ近くあります』

 二キロ四方……ちょっと手こずるかもしれないが、やるしかない。

 

 空堀商店街の入り口は、谷六駅のさらに南100メートルのところだった。

 

 アーケード入り口、向かって右がたこ焼き屋、左がパン屋。

 いかにも日常の生活に根差した商店街。アーケードの看板も『はいからほり』とダジャレめいていて好ましい。

『ちょっと身構えてしまいます(;'∀')』

 えいちゃんの気持ちは分かる。

 商店街は西に向かっての下り坂になっている。

 むろん、アーケードの中には十分な照明があるんだけど、途中で縦にも横にも微妙に曲がっていて西側の出口が窺えない。これから木下家の、おそらくは本拠地に足を踏み込むのかと思うと、えいちゃんでなくても身構えてしまう。

「行くよ」

 身構えていては怪しまれる。

 時間はほど良く三時半、高校の授業が終わって、平均的な高校なら全生徒の半分は所属している帰宅部がそぞろ下校する時間帯。

 フッと拳一つくらいの息を吐いてアーケードに入る。

 地元民以外にも、軽観光という感じの者もチラホラ。沿道の店々も戦前からあったような古寂びたものから、占いやらカフェやら原宿めいたものも見えて、シャッターが閉まったままという店は一軒も無い。商店会の努力や情報発信が実を結んでいる感じで好ましい。

「高校生も歩いている、溶け込みやすい」

『近くに空堀高校があります。駅に行くには少し遠回りですけど』

「少し遠回りでも、下校途中に寄ってみようって気にさせるんでしょ。上出来の商店街」

 ふと、この程よい賑わいは木下家が関わっているせいかと思ったが、気の回し過ぎだろう。これまでの木下の動きを見てもリアルの世界には一歩身を引いているはずだ。

 しかし……商店街の端が見え始めたというのに、怪しい気配が無い。

 ここが本拠地の入り口であって、木下の手の者の出入りがあるのなら、どこかに気配や残滓があるはずだ。

 それを見逃さない程度には猿飛たちと渡り合ってきている。

『少し戻ったところに惣堀の遺構があります』

「よし、行ってみよう」

 ゆっくり振り返って、チラホラ歩いている空堀高校生の空気に紛れる。

 呼吸と歩速を合わせれば、少々の制服の違いなどは気づかれない。

 

『ここです』

 

 途中、下り坂の路地が見えて、えいちゃんが知らせてくれる。

 あたかも、この先に自分の家があるという感じで路地に入る。下り坂は石段になっていて、降りた先の左側に高さ5メートルほどの石垣の遺構がある。隙間をコンクリートで埋めているが様式的には野面積と打込接の混在で戦国の名残を感じさせる。

 それに、微かに木下のにおいを感じる。甲府城稲荷曲輪の井戸、甲斐善光寺の戒壇巡りで感じたのと同種のにおいだ。

「なにかある……」

 視線を石垣から下ろすと手押しポンプが目に入った。

『これですか?』

「ああ、そうなんだが……」

 手押しのクランクは囲いがされて動かすどころか触れることもできないようにしてある。

『触れませんねえ……』

「いや、そうでもない」

『え?』

 ポンプの蛇口を捻ってみる。

 

 カク

 

 小さく手ごたえがある。角度にして1度ほど動いた。

 しかし、それは鍵のあそびのようで、実際にはもっとはっきりと手ごたえがありそうに思えた。

 おそらくここだ。

 しかし、鍵を開くにはもう一つ別の鍵があるような気がした。

「もう一度、商店街に戻る」

『はい』

 石段を一段飛ばしに商店街に戻った。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
  • 豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟

 

 

 

 

 

 

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くノ一その一今のうち・59『大和大納言秀長』

2023-06-15 11:43:28 | 小説3

くノ一その一今のうち

59『大和大納言秀長』 

 

 

 地味ですが秀吉の弟です(^_^;)。

 

 直垂のおじさんが頭を掻く。

『あ、ああ!?』

 えいちゃんが思い当たったのか、声を上げたかと思うと、カバンから顔だけ出した。

『「木村長門守」って映画を撮ったんですけど、誰かの台詞にありました「ご舎弟大和大納言様御在世でありせば徳川如きの侮りを受けることもあるまいに」って。秀長さんてお名前では出てこなかったので、すみません、直ぐには気づきませんでした。あ、わたし帝国キネマで、こちらの風魔そのさんの付き人をやっております、長瀬映子と申します』

「いえいえ、わたしこそ、東京で鈴木まあやの付き人をやっています(^_^;)」

『鈴木とは……あの鈴木ですか?』

「え、あ、はい、秀頼公のあとに分かれた御双家の一つです」

『そうですか、それはお世話になっております』

『豊国神社は太閤秀吉さんが祀られているんだと思っていました』

 えいちゃんが太閤秀吉の銅像に目をやる。

『兄の他に、わたしと甥の秀頼が祀られています』

『太閤さんと……ちょっと雰囲気が違いますねえ』

 女優志望だけあって、えいちゃんは貪欲に観察している。

『兄とは父親が違うのです。わたしは兄が家出した後、母が再婚して生まれたものですから。あ、家康さんの後妻に入った旭はすぐ下の妹です』

 そうだったんだ。

「ひとつお伺いしたいんですが」

『はい、なんでしょう?』

「実は……」

 ここに至ったいきさつをかいつまんで説明する。木下家と鈴木家が争っていることには顔を曇らせる秀長さんだが、面倒がらずに口下手なわたしの話を聞いてくださる。「ご舎弟大納言様御在世であれば徳川如きの侮りを受けることもあるまいに」という台詞がむべなるかなと思われる。

『この大阪城は、兄の大坂城を埋めて作られた徳川の城。それに、豊国神社はここに遷されて日も浅く、神社以外のことはよく分からないのですが、大阪の地理のことなら少しは分かります。その空堀の坂というのは、この城の空堀ではなく、兄の大坂城の空堀を指しているのではないでしょうか?』

「秀吉さんの大坂城……」

『はい、規模は、この四倍以上もあって、城の南の備えとして南の方に大規模な総構を築造しました』

「そうがまえ?」

『外堀のさらに外の構えです、そう、様式は空堀……たしか、今でも商店街の名前で残っています』

『あ、空堀商店街!』

 えいちゃんが思いつく。

「え、そんなのがあるの!?」

『はい、地下鉄の谷町六丁目です!』

「そっちだ! ありがとうございます!」

『いや、役に立ったのなら幸いです。これを持って行ってください、ここのお守りです』

「ありがとうございます!」

『あ、谷六なら、大手門を出て南です!』

「おっと」

 来た時同様、玉造口から森ノ宮に出ようとしたら反対方向を示される。

『キャー』

 踵を返すと、その勢いでえいちゃんがカバンから出てしまう。

 危うく、風にさらわれそうになったえいちゃんをクルクル丸めると、リレーのバトンのように握って空堀商店街を目指した!

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
  • 豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟

 

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くノ一その一今のうち・58『大阪城の空堀と坂道』

2023-06-09 11:07:08 | 小説3

くノ一その一今のうち

58『大阪城の空堀と坂道』 

 

 

 …………ちょっと違う。

 

 勇んで大阪城に来てみたものの、本丸入り口の桜門の前で立ち止まってしまった。

『へんですね』

 えいちゃんも丸まった上半身をカバンから覗かせて不思議そう。

 桜門を前に見て、左側が空堀。右側の内堀もクニっと北に曲がるところまでは空堀なんだけど、それ以外は内堀も外堀も水の堀。坂道もあるんだけど、それは本丸の東側、ちょうど空堀が水の堀になってしまって――空堀の坂道――という条件からは外れている。

 念のため、入場料を払って西の丸にも入ってみる。空堀の半分は本丸と西の丸の間にあるから。

『アングル考えたら時代劇の撮影に向いてますねえ、ほら、天守が載った石垣を背景に、この御殿風の会議場のとこなんて。石垣が高いから、これをバックに太刀まわりとかもいいですねえ♪』

「あはは、でも、ロケハンに来てるわけじゃないからね」

『あ、すみません、そうでした!』

 それから、本丸東側の坂道。

 堀端の坂道としては東京の九段坂の方が大きくて長いけど、九段坂は自動車道だし北側はビルがいっぱいで、お城の坂道という感じじゃない。

 坂の上に立つ。

 見下ろした坂道は、内堀に沿った一車線ほどの幅で、六車線もある九段坂よりも、お城の中の坂道という風情。

 だけど――空堀の坂道――という条件からは外れている。

『もう、いったいどういうことなんでしょうね!』

 えいちゃんが、ちょっと癇癪気味にグチると、外人観光客の一団がちょっとビックリして、なにごとか喋りながら坂を上って行く。

 古城の坂道で女子高生が腕組みして坂の下を睨んでいる……って、なんか、アニメの名シーンのように感じたのかもしれない。

『ちょっと絵になったかもしれません』

「あんまり不用意に喋らないでね」

『あ、外人さんたちが……』

「え?」

 振り返ると、桜門の向かい側の茂みの中に入って行く。天守閣のある本丸とは逆方向だ。

 行ってみると、大きな石柱があって『豊国神社』と彫られている。

 豊臣秀吉を祀った神社だ。

『空堀の坂道』は空振りだったけど、わたしも鈴木系豊臣のまあや……その家来というわけじゃないけどガードだからね、ご挨拶ぐらいはしておこうか。

 石柱の先は短い参道になっていて、太閤秀吉の銅像に軽く一礼して鳥居を潜る。

 由緒書きを見ると、明治天皇が『大阪の基礎を築いたのは豊臣秀吉なのだから、神社を造って祀ってはどうか』とおっしゃって出来た神社であるらしい。最初は中之島のあたりにあったらしいけど、都市開発や戦災にあったりで、戦後、この大阪城内に移された。

 観光客の人たちに混じってお参り。

 ネットの情報なんだろうか、外人さんたちも、ちゃんと二礼二拍手一礼のお参りをしている。

 お賽銭投げて一礼で済まそうとしていたので、慌てて二礼二拍手一礼。

 頭を上げると、観光客の人たちの姿が無い。

 振り返ると、境内の外は花曇りのように霞んで、淡い結界が張られたようになっている。

 

『よく参ってくれた、どうもありがとう』

 

 直垂(ひたたれ)姿のおじさんがにこやかに立っている。

 これまでの経験が――尋常ならざる者――というアラームを発して反射的に警戒してしまう。えいちゃんも『キャ!』と声を上げてカバンの中に引っ込んでしまった。

『あ、これは、ちょっと驚かせてしまったかな。わたし、この神社に祀られている秀長です』

 秀長?

 なんだ、秀吉と信長の良いとこ取りをしたような名前は?

 パチモンのような名乗りに、さらに一歩引いてしまった!

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手

 

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くノ一その一今のうち・57『ホームズのメモ』

2023-05-28 11:55:18 | 小説3

くノ一その一今のうち

57『ホームズのメモ』 

 

 

 スタジオに入ると、幾つもあるセットの中、ホームズの探偵事務所だけに明かりが灯っていた。

 雑然としたところは相変わらず。でも、二回目なのか、メインのテーブルは直ぐに分かった。

 板ガラスと緑のフェルトの間には、様々なメモやら地図やら領収書やらが挟まれていて、大方は黄ばんでしまった中に、まだ白さを保ったメモが目に留まった。

――お宝は大阪城内にある模様だが、大阪城のどこであるかは不明――

 なんだ、そのことは、とっくに知っている。

「下に、もう一枚あります」

 えいちゃんが見つけたそれは、黄ばんだメモの中に紛れていて、一見しただけでは分からない。横着なのか、探偵らしく擬装したのかは判断しにくい。

――空堀の坂道で木下の連中が目撃されている――

 空堀の坂道!?

 これは有力な情報だ!

「えいちゃん、大阪城に行くよ!」

「はい!」

 足元に注意しながらセットを出る。ホームズの事務所も散らかってるけど、スタジオのフロアは照明のケーブルや道具やらが散らばっている。隣のセットにも明かりがともったので、比較的楽にスタジオの扉にたどり着けた。

 大阪の地理には不案内だけど、大雑把には調べた。地理情報の収集は忍者の基本。

 大阪は東京に比べて300平方キロメートルも狭く、山手線と環状線の内側で比べると大阪は東京の半分も無い。

 下手にタクシーを待つよりは公共交通機関を使った方が早い。

「あ、ここから先は……」

 撮影所の門を出たところでえいちゃんが立ち止まる。

「どうした?」

「わたし二次元だから、このままリアルには出られません」

「え、あ、そうか」

 えいちゃんはポスターから抜け出したばかりで、まだ奥行きが無い。わたしには、横向きであろうと後ろ向きであろうと、平面の側を見せてくれるので、二次元だと言うことは忘れていた。

「よし、じゃあ、こうしよう!」

「え、あ、ちょ……」

 四の五の言わせず、えいちゃんをクルクル巻いてカバンに突っ込む。学校帰りにアキバでポスターをゲットしたJKの感じだ。

 撮影所の前の橋を渡ると長瀬川沿いの二車線の道路、右を向くと緩くカーブした先に長瀬駅が見える。

 とっとと歩く、ちょうど下校時間と重なって、駅に向かう高校生や大学生に紛れる。

『地味に目立ちますね』

 丸めたままのえいちゃんが心配する。わたしは東京の制服のまま、地元のK付属高校の制服とは、ちょっと違う。

「大丈夫よ、これでどう?」

 制服は変えられないけど、少しだけ背中を丸めて緊張感を抜き、歩く速さを高校生たちに合わせる。

『あ、溶け込みましたね!』

 骨柄はまあやにソックリだけど、顔のパーツは地味子そのもの。周囲の人たちは犬が歩いているほどにも気を停めない。

 面倒だけど切符を買う。ICカードだと履歴が残るからね。

 長瀬駅は先頭車両が地獄のように混む。

 スタスタ歩いてホームの後ろの方へ、ちょうどやってきた上六行きの普通に乗る。

 電車は長瀬駅を過ぎて高架になる。途中JR東線を跨ぐので、けっこう高く、進行方向左側の窓からは大阪の街が一望に見渡せる。

 ああ、あれがあべのハルカス……ビルとしては日本で一番高い。

 他に高いビルが無いので格好のランドマーク、少し北に目を向けると通天閣、ちょっと低くて地上に降りたら目印にはなりにくい。大阪城はもう少し北……これは見えない。

 ざっと見渡して環状線の内側なら、自分の脚で走っても40分もあればどこにでも行ける。

 この任務、あたりを付けるところまでなら比較的簡単に済むかもしれない。

 少し冷静になったところで、景色が回る、布施駅が近づいて電車は大きく西に首を振った。

 鶴橋に向かって環状線に乗り換えれば、三つ目が大阪城公園。

 しかし、大阪城の中心に至るには手前の森ノ宮駅で降りた方が早い。

 ざっと下調べしただけだが、もう半分済んだような気になった。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
  • えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手

 

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くノ一その一今のうち・56『付き人長瀬映子と松花堂弁当と……』

2023-05-22 12:53:38 | 小説3

くノ一その一今のうち

56『付き人長瀬映子と松花堂弁当と……』 

 

 

 八畳ほどの控室は品のいい鶯色を基調とした洋室で、区別できるほどの知識は無いんだけど調度類はアールデコとかアールヌーボーとかの感じで、仏蘭西の、それこそ漢字で書きたくなる巴里の高級アパルトメント。

「外国の俳優に来てもらうことも考えていますから」

 鍵を手渡してくれながら、杵間所長は言っていた。

 わたしも、事務所の道具帳や嫁持ちさんたちがネットでチェックしてるのを横目で見る程度の勉強なんだけど、作り込みに夢と志の高さを感じて敬服する。

 細い猫脚のソファーに腰を下ろすと、優しくドアがノックされる。

「はい、どうぞ」

『失礼します』

 きちんと断わりを入れて入ってきたのは……驚いた、さっきの募集ポスターの女の子。

「長瀬映子さん?」

「はい、ありがとうございます。さっそく名前を憶えていただいて(^▽^)」

「実在の人物だったのね!」

「あ、いえ、そのいちさんのお目に留まりましたので実体化することができました。所長から付き人を言いつかりました」

「え?」

「まだ、ほんの駆け出しというのもおこがましい身ですが、よろしくお引き回しくださいませ」

「いえ、そんな。わたしもリアルじゃ、鈴木まあやの付き人だし(^_^;)」

「まあやさま……?」

「令和じゃ、人気女優なのよ、わたしの主筋のお姫さまでもあるんだけどね」

「はい、情報は登録されています。いつか、こちらでも女優をしていただけたら嬉しいです」

「そうね、その時は付き人にまわらせてもらうわ」

「あ、それはご勘弁ください。そのいちさんが付き人になられたら、わたし失業ですから」

「あ、そうね、ごめんなさい」

「撮影所の案内を仰せつかりました。よろしければ、今からでも……」

「そうね、お願いするわ」

「はい、承りました!」

 

 で、ビックリした!

 

 なんと映子さんは閉じたままのドアの隙間から出ていった。

「え、映子さん( ゚Д゚)!?」

「え、あ、ああ……実体化が不十分なんで、体に厚みが無いようです(^0^;)」

 たしかに、彼女の横に回ると体が薄くなり、真横に立つと完全に奥行きがなくなって見えなくなってしまう。

 改めてドアを開けてくれる。

「それではご案内いたします」

 採用されたばかりだというのに、映子さんは、撮影所のことはノラネコの通り道まで知っていて、一時間余り楽しく案内してもらった。

 撮影所のあれこれは、これからの展開で触れることになると思うんだけど、一つだけ言っておくわ。

 撮影所のどこへ行っても所長の他に人は見えない。

 でも、ちゃんと気配はある。

 運ばれる途中の道具や配線途中の照明や音響のケーブルたち、塗りかけでペンキの匂いがきつい書割の背景、蓋の開いたドーランが置きっぱなしの化粧前、スタジオの外には長椅子がコの字に並んで、読みかけの台本や仕込帳、小道具なのか個人の持ち物か分からない煙管の載った煙草盆……そのどれもが、ちょっと席を外しました的に息づいている。

 それらの一つ一つに映子さんは楽しそうに説明を付け加えてくれて、その説明だけでも動画にアップすれば、すぐに数千件のアクセスは獲得できそう。

「あ、すみません、つい夢中で、わたしばっかり喋ってしまいました(^△^;)。ちょうど時分時です、お昼にしましょう!」

 

 食堂は、にの字の縦棒の上。本館の一階の西の端にある。

 

 観音開きのドアを入ると、学食ほどの広さの大食堂。

 八人掛け、四人掛け、二人掛けの他にも南側の窓に面したところには個食用のカウンターもあって、効率的な食事が出来るようになっている。

「奥の四人掛け、ちょうど空いてます」

 ちょうども何も食堂に居るのは、わたしたちだけなんだけど「ちょうど」ということでラッキーという気になる。映子さんが案内してくれたのは、西の大きな窓辺の四人掛け。食堂は一階なんだけど、土地に傾斜があって、塀の向こう側の景色がよく見える。

「杵間所長のこだわりなんです、ここから綺麗な夕陽が拝めるんですよ。茅渟(チヌ)の海って、古事記や日本書紀にも出ていて、日本でも有数の夕陽の名所で、もう少し南西に行ったところには夕陽丘って、ここよりスゴイ名所があるんです。あ、お昼は所長のお勧めで松花堂弁当なんですが、いいですか?」

「あ、うん。いつもロケ弁だから」

「ロケ弁じゃないんですよ、松花堂弁当というのは……ま、見てのお楽しみです♪」

 映子さんがイソイソと向かったのは厨房のカウンター。

 厨房は、これから忙しくなると見え、仕込みや調理の為に湯気が立ち込め、お昼前の活気に満ちている。

 湯気の中から重箱が二つ差し出され、映子さんが重ねてテーブルに持ってきてくれる。

「わあ、可愛いけど充実してる!」

 蓋を開けると、箱の中は十字に仕切られていて、ご飯で一つ、あとの三つが天ぷらと焼き魚をメインにしたおかずのブロックになっている。

「元々はお茶席で出されたもので、量も程よく中身も充実。撮影前は、これくらいがいいんだそうです。撮影後は、これに二つ三つ多い幕内もありますし、各種ランチや定食、麺類や一品ものとかが取り揃えてあるらしいですよ」

「では、いただきまーす」

 おいしくいただいて、お茶を淹れながら映子さんが、すこし畏まる。

「あのう……わたしの呼び方なんですが」

「あ、苗字の方が良かった?」

「あ、それはどちらでもいいんですけど、わたしは付き人ですから、呼び捨てにしてください」

「ええ、そんな」

「中には『先生』って自分のことを呼ばせている俳優さんもおられるんです。さん付けでは……ちょっと、申しわけないです」

 ああ、でも、まあやもわたしのことを呼び捨てにはしないし……っていうか、わたしこそ、まあやのことを呼び捨てにしてるし。

「あ、それじゃ、えいちゃんって呼ぶのはどうかな。映子だから『えいちゃん』」

「あ、はい、それならいいと思います」

 

 プルルル プルルル

 

 納得して、九分通り食べたところで電話の呼び出し音。

 いつの間にか、テーブルの上に黒電話が載っている。

「はい、風魔組、付き人の長瀬です……」

 間髪を置かずにえいちゃんが受話器を取る、受話器から漏れてくるのは男の人の声だ。

「はい、少々お待ちください……そのいちさん、ホームズさんです」

「え、ホームズ?」

「はい、ベイカー街のシャーロック・ホームズさんからです」

「え……?」

 戸惑いながらも、えいちゃんが両手で差し出す受話器を受け取る。

「はい、お電話替わりました、風魔です」

『すぐに事務所にきてくれたまえ』

「えと、撮影所のですか?」

『事務所と言えばベイカー街221Bに決まっているじゃないか。わたしは仕事で留守にする。詳細はテーブルの上に置いておくので、確認したらただちに現場に向かいたまえ(『ホームズ時間が……』の声がする、ワトソンだろうか)。あ、それからミス・エイコは優秀な助手だ、必ず同行させたまえ。それでは幸運を祈る』

「あ、もしもし……」

「参りましょう!」

 えいちゃんはマナジリを上げ、松花堂弁当の空き箱を重ねて返却口に向かう。わたしも、急いでお茶を飲んで席を立った。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長

 

 

 

 

 

 

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くノ一その一今のうち・55『帝国キネマ撮影所 杵間所長・2』

2023-05-11 15:39:56 | 小説3

くノ一その一今のうち

55『帝国キネマ撮影所 杵間所長・2』 

 

 

 さあ、あちらに。

 

 杵間所長は、いくつもあるセットの一つを指さした。

 セットたちは撮影に都合がいいように立てられているので、てんでんばらばらの方角を向いている。大方は、横向きや後ろ向きで、なんのセットか分からない。

 そのセットも後ろ向きで、ベニヤ板に寸角の骨組みが剝き出しになって、ケーブルやコードが床を這い支木の人形立てにまとわりついている。

「あら」

 思わず声が出てしまう。

 表に周ると、そのセットは二間続きの洋間。広さの割に写るところだけ作られた天井は低く、大小四つのテーブルの上には本やら地図やら、怪しげな、意味ありげなアイテムが乱雑に置いてある。

「ベイカー街221Bのセットです」

「ベイカー街……シャーロックホームズですね」

「ええ、ワトソンといっしょに住み始めたころの、シリーズ初期のホームズのアパートです」

「ホームズをお撮りになるんですか?」

「いつか撮りたいと、セットを組んでみたんです。将来的には『怪人二十面相』や『少年探偵団』なんかも撮りたいんですけど、そのためには本家本元のホームズをと思いましてね。いやはや、まだ脚本も上がっていないし、役者も目途が立っていません」

「でも、なんか本格的……あ……なんかいい匂いがしますね」

「ホームズはヘビースモーカーでして、一説では大麻やコカインとかもやっていたようなので、まさか本物は使えませんが、調合してそれらしい匂いをさせています……ちょっとくどいですね、窓を開けましょう」

 窓を開ける杵間所長。

 ガチャリと窓が開くと、とたんに街の喧騒が飛び込んでくる。ドアの外ではアパートの住人が階段を上り下りする気配がして、空気までが生き生きしてくる。

 振り返ると、入ってきた方も完全に壁ができていて、照明器具がいっぱいぶら下がっていた頭上も、アパートの天井になっている。もうセットではなく完全にシャーロックホームズの世界になっている。

 ええ?

 窓の外も書割ではなくて、本当に倫敦の街と空が広がって、まるでVR、いや現実の世界だ。

「これがキネマの世界なんです。観たいもの観せたいものに渾身の力を注げば、こうなります」

 すごい、これは忍術に通じるところがあるかもしれない。

「そのいちさん、こちらに来ると、すぐに撮影所の周囲を走って様子を探られたでしょ」

 う、見透かされている。

「どうでしたか、撮影所のことはつぶさにご覧になられたでしょう?」

「はい、役目の一つですから」

「でも、どうですか、撮影所の周囲の様子はご覧になれましたか?」

 あ?

 そう言えば、撮影所の中を調べるのに夢中で、その外側と言われると、道が傾斜していたことと崖があったことぐらいしか思い出せない。

「……どうやら、外の風景はお目に留まらなかったようですね」

「はい、忍者としてはお恥ずかしい限りです(-_-;)」

「いいえいいえ、それがわたしの狙いですから。そのいちさんには申し訳ありませんが、ちょっと嬉しいです」

 ちょっと癪だけど、面白くなってきた。

「それで、木下家とのことではご協力願えるんでしょうか?」

「むろんです」

「えと……」

「なぜ、鈴木家に肩入れするか……ですね?」

「あ、はい」

「ワクワクするじゃないですか。この大阪で忍び同士の戦いが繰り広げられるというのは」

「え?」

「活動屋は、ワクワクするのが好きなんですよ。ワクワク、ハラハラ、ドキドキというのは原動力です。そのために、この撮影所は外部とは完全に切り離されています。ここから出撃して、勝っても負けても、ここに戻ってきてください。敵は、キネマ橋からこっちには入れません」

「はい」

「この東洋一のスタジオには想像力の翼があります。想像力があれば、敵の正面を突くことも裏をかくこともできます。そのいちさんや、そのお仲間のワクワク、ハラハラ、ドキドキは、傍で見ているだけで我々活動屋の活力になっていくんです」

「はい」

「フフ、まだ腑に落ちないというお顔ですね」

「あ、いえ」

「そのいちさんを目の前にしていると、なんだか、有能な新人女優さんを見つけたような気がします。期待しています」

「ありがとうございます」

「お部屋は本館の二階に用意しています。『に』の字の縦棒の真ん中のあたりです。食事は一階に食堂があります。突き当りに購買がありますからご利用ください」

「はい」

 それから、撮影所のあれこれや、近隣のお話を楽しく聞かせてもらった。

 パッと見は、そこらへんのおじさんという感じなのに、喋らせるととても面白い。これも、映画という創造の世界に居るからだろう。

「では、そろそろご案内しましょう」

「はい」

 立ち上がったとたんに、ベーカー街のアパートは、セットに戻ってしまった。

 天井なんか無くって、照明器具がいっぱいだし、後ろは壁が消えて薄暗いスタジオに続いている。

 

 途中、さっきの受付の前に出ると、来た時には気付かなかった『新人女優募集』のポスターが目についた。

 いかにも女優……という感じではなく、女学校を出たばかり、緊張しながらも笑顔を見せているオカッパ頭の女の子。

 胸に願書を抱きしめて、ちょっと笑えるぐらいに初々しい。名前のところは長瀬映子と分かりやすい。

 長瀬撮影所の映画の子だものね。

「最初は、こういう真っ新な子がいいんです。女優としての色は、本人とわたしたちの化学反応で着いてきますから」

 化学反応をバケ学反応と発音、ちょっと笑ってしまう。

「むろん、そのいちさんのような、しっかり自分の色を持った中堅どころも大歓迎ではあります」

 ギシギシと木製の階段を上がる。

 油びきの匂いがして、油びきの階段や廊下なんて初めてなのに、とても懐かしい感じがした。 

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長

 

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くノ一その一今のうち・54『帝国キネマ撮影所 杵間所長・1』

2023-05-04 14:09:40 | 小説3

くノ一その一今のうち

54『帝国キネマ撮影所 杵間所長・1』 

 

 

 忍者の性で直ぐには入らない。

 

 スス……

 

 一度右に、瞬間で左に重心を移し替えて走る。

 仮にわたしに目を付けている者がいたとしても、最初の右への動作に引っ張られ、わたしが消えたように見える。

 忍者がドロンと消えて見えるのは、たいていこの手にひっかかっている。忍者が化けたり消えたりするのは、大方こういう錯覚を利用している。そうではない術もあるんだけども、それは秘密。

 撮影所の南辺に沿って走る。

 南側は緩い下り坂になっていて、150メートルほど行ったところで低い崖。

 崖の縁に塀が伸びている。塀に沿って200メートル。

 切れて右側が上り坂。上って150メートル。突き当たると長瀬川で、そのまま南に走って、もとのゲート前。

 ざっと30000平米、大き目の高校、小振りの大学程度の広さ。

 所々で、電柱や木のてっぺんに上がって様子も見た。

 二階建ての本館が東西に延びて、ゲートに至る所で「L」の字に曲がって、曲がった角のところが正面玄関。

「L」の字に向き合うように二棟の大きなスタジオ。

 上空から見れば「に」の形に見えるだろ。

 その「に」の字の内側も外側にも気配が無い。

 撮影所なら、たとえ休みでも、道具を作ったり照明の仕込をしていたりするだろうに……ここから先は入ってみなければ分からない。

 

「こんにちは……すみませ~ん……」

 

 玄関入った受付で声をかけるが、受付の中は弱く点けられたストーブの上でヤカンが湯気を上げ、掛け時計がコチコチ鳴っているだけ。

 しばらく覗き込んで振り返ると『第一スタヂオに居ります 杵間(きねま)』の張り紙。

 壁の『第一スタヂオ⇒』の案内に沿って「に」の下の横棒にあたる第一スタヂオ向かう。

 巨大な格納庫という感じ。

 正面が大きな引き戸式の扉。扉には『第一スタヂオ』と白ペンキで書かれていて、『第一』の下にドアがある。ドアの上には『撮影中』の赤ランプがあるんだけども灯ってはいないから大丈夫なんだろう。

「失礼します……」

 小さく声をかけて中に入る。

 甲府城の時と同様、片目をつぶって慣らしておいたんだけど、スタジオの中は真の闇で役に立たない。

 令和の時代なら『非常口』のランプぐらいは点いているものなのだけど、スタヂオと旧仮名遣いで書くぐらいだから、そういうヤボはしないのか。

 敵意も殺意も、人の気配さえ感じない。

 忍者になって半年、こういう気配の無さはかえって要警戒なんだけど、あえて力は抜く。

 おそらく杵間さんは、この闇のどこかに居る。

 

 カチャリ

 

 音がしたかと思うと、スタジオの床に光の柱が立った!

 思わず後ろに飛び退ると、光の根っこから人影が上がってきた。

「あ、これは失礼しました」

 人影が口をきくと同時にスタジオの常夜灯が灯って、地下の点検口から人が上がってきたところだと分かった。

「すみません、声はかけたんですが無断で入ってきたようになってしまいました」

「いえいえ、守衛室にいたんですが、スタヂオの電気点検が残っていたのを思い出しましてね。昭和五年の火災は漏電が原因でしたので思い出すと居てもたっても……いや、失礼しました。所長の杵間です」

 ハンチングを脱いだ顔は声よりも老けていたが「さあ、こちらへ」と入り口に進む足腰は少年のように軽やかだった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
  • 杵間さん         帝国キネマ撮影所所長

 

 

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くノ一その一今のうち・53『キネマ橋』

2023-04-29 15:06:18 | 小説3

くノ一その一今のうち

53『キネマ橋』 

 

 

「土井さんですか?」

「里中満智子さん?」

「いいえ、中村その子です」

 

 猫に言われた通りにやり取りすると、助手席のドアが開けられた。

 

 大工さんとか職人さんとかが着ている薄緑系の作業着、胸元には土井造園のロゴ……植木屋さんなんだろうけど肌が白い。

「隠居した植木屋です。楽隠居だから日焼けも抜けてしまいましてね……お袋は新地で芸者をやってたんで、地は色白でして、今でいうデフォルトってやつです。まあ、すぐにお屋敷に着きます」

「お屋敷?」

「聞いていませんか、キネマ屋敷ですよ」

「キネマ屋敷……ですか?」

「はい、日本を代表する映画人杵間さまのお屋敷」

「映画?」

「はい。まあ、じきに着きますから。年寄の下手な説明よりもご自分の目で確かめてください」

「あ、はい」

 川を渡ると四車線の一本道、標識には内環状線と書いてあるから幹線道路なんだろう。

 幹線道路だから、そんなに信号は多くない……んだけど、ほとんどの信号に引っかかる。

「ごめんなさいね、あちこちにご挨拶があるもんで」

 なるほど……忍びの者か妖の類かの視線を感じる。

「交差点ですからね、信号に注意してるふりして観察してるんです。大丈夫です、立ち向かってくるようなことはありませんから」

 神田の古書店街でも似たような気配に遭った(6『百地芸能事務所・1』)けど、あの時の剣呑さは無い。土井さんも大丈夫って言ってることだし、気にしないでおこう。

 それから近鉄線が見えたところで曲がって、しばらくいくと神田川を1/4にしたぐらいの川に出くわし、そのまま川辺の道に入った。

「雰囲気のいい川ですね」

「長瀬川です。きれいな小川ですが、昔の大和川の名残です」

 関西の川なんて知らないっていうか分からないんだけど、大和川って名前が由々し気だ。

 大和は国のまほろばとか国語で習ったような気がするし、宇宙戦艦ヤマトとかあるしね。

 川には小さな橋がいくつも掛かって川の両側を繋いでいるので、川が街を隔てているという感じがしない。

「この先に見えてきますのが樟徳館という屋敷です」

「ああ、あれが」

 広壮な日本建築のお屋敷が見えてきた。

「昭和三年から五年まで、ここに『東洋のハリウッド』と呼ばれた大きな撮影所がありました。火事で焼けてしまった跡に建てられたのが、あのお屋敷です。いろんな想いが凝っていましてね、ちょっとした次元の狭間みたいなものができてしまって、そこが、鈴木様のお役に立つというわけなんです」

「はあ……」

「もうしわけありません、ついフライングした物言いをしてしまいました。あそこに橋が見えますでしょ」

「えと……あのお屋敷の角のですか?」

「いえ、あれは『帝キネ橋』と申しまして別の橋です、その手前、ちょうど樟徳館の正面の方です」

 土井さんは、アクセルをゆっくり踏み、ハンドルも微妙に回す。

 なぜか、カメラのピントを合わせているような気がした。

「あ、見えました!」

「よかった、さすがは風魔流御宗家を継がれただけのことはあります。あの橋をお渡りください、お屋敷ではない景色が見えてくるはずです。そこが、その一さんの活動拠点になります」

「はい」

 ギッ

 土井さんがサイドブレーキを入れて、二人で軽トラを降りる。

「それでは、わたしはここまでです。ご健闘を祈ります」

「はい、ありがとうござ……」

 振り返ると、土井さんも軽トラックも消えてしまっていた。

 

「さて……」

 

 小さく深呼吸して橋に足を掛ける。

「あ、え……?」

 お屋敷に、もうひとつ別の景色が滲みだすようにして重なり、さらに足を踏み出すとお屋敷は消えて別の景色だけになった。

 

 黒っぽい塀が左右に延びて、わたしが立っているそこだけ、門が八の字に開かれ、門の上には虹のような看板が渡って『帝國キネマ撮影所』のデザイン文字が煌めいていた。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下

 

 

 

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くノ一その一今のうち・52『大阪へ』

2023-04-24 14:48:47 | 小説3

くノ一その一今のうち

52『大阪へ』 

 

 

 魔石は戻ってきたようだね。

 

 高速にはいったところでルームミラーの嫁持ちさんが目を細める。

「戻ってるんですか?」

「手ごたえはあったんだろ?」

「あ、でも消えてしまって」

 セーラーの胸当てを引っ張た時の感触が蘇って顔が熱くなる。

「魔石とのキズナが深まったんだ。喜ばしいことだよ」

「そうなんですか?」

「頭領として経験を積めば、そうなるらしいよ。これは、意識しなくても魔石の力が使えるかもしれない」

「そうなんですか? っていうか、大阪で何をするんですか?」

 うすうす分かっているけども聞いてみる。

「信玄の埋蔵金、その一部が大阪に持ち込まれた」

 やっぱり。

「それが、いささか厄介なところに隠されたようで、ボクたち下忍では手が出せないようなんだ」

「わたしだって下忍です」

「でも、風魔流の頭領だ、魔石だって馴染んだみたいだし」

「…………」

「大阪までは時間がかかる。すこし寝ておくといい」

 ウワ!

 シートが勝手に倒れてベッドになる。

「大阪までは七時間。寝だめしておくのも忍術の内だよ」

「フフ」

「おかしいかい?」

「いいえ」

 忍術というのは、素人っぽい、あるいは子どもじみた言い方だ。

 嫁持ちさん的な労わりなんだ。

 そう思うと、車の振動も揺りかごのように心地よく、ゆっくりと眠りに落ちていった……。

 

 着いたよ。

 

 上体を起こすと、フロントガラスの向こうに『放出』と白地に青の標識が見える。左右からも車が走っていて交差点のようだ。

「ほうしゅつ?」

「ハナテンと読むんだ。難解地名のベストテンに入る大阪の東の外れ」

「なんか、放り出される感じ」

「うん、大坂で所払いになると、ここで放り出されたらしい」

「プ、ほんとうですか?」

「逆に言うと、ここからが大阪の核心部で、よその忍びは断りなしでは入れない」

「う……なんか、胃が痛くなります」

「ソノッチのことは話が付いている」

「え、どんな風に!?」

「下忍には分からないよ。健闘を祈る」

「は、はい。でも、一ついいですか?」

「ボクに答えられることなら」

「まあやの世話は誰が見るんですか?」

「分からないよ……でも、そんなに時間はかからないと思う。社長も平気な顔してたし」

「そうですか」

「そろそろ時間だ。ここで待っていれば迎えが来る」

「はい」

 

 けっきょく、核心に触れることはなにも聞かされず、交差点の手前で文字通り放り出される。

 時計を見ると四時前、日本中の高校生が下校の真っ最中という時間。じっさい、交差点を渡って向こうへ行く高校生たちがチラホラ。スマホのナビで確認すると、もう少し行ったところにJRの駅がある。

――そのままで聞いて――

 忍び語り、それも思念で送って来る高等なやつ。

 気配に足元を見ると、見たことのある猫がお座りしている。

――そのままでって言ったろ――

――ごめん――

――じきに軽トラックがやってくる。運転席の窓が開いてるから「土井さんですか?」って聞いて――

――うん――

――すると運転手は「里中満智子ちゃん?」と聞くから「いいえ、中村その子です」って応えるの――

――うん――

――そうしたら車に乗せてくれる、いいわね――

――了解――

 

 数秒答えがないので、ゆっくり足もとを視野の端に捉えると、もう猫の姿は無かった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
  • 多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下

 

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